第80話:供給網の切断
ガルドが腰のポーチから取り出した小ぶりな工具を、石柱の基部にある金属具の隙間へ滑り込ませた。
「……そこを外すと、魔力が一気に流れるわ」
後ろで魔力の揺らぎを見つめていたリゼリアが、声を潜めて警告する。
ガルドは無言で頷き、指先の感覚だけで別の固定ボルトへと手元をずらした。
息を殺した数秒の静寂。
やがて、小さな金属同士が離れる手応えとともに、導線を支えていた金具が滑り落ちた。
――カチッ。
導線がわずかに垂れ下がり、南西ノードを巡っていた魔力の流れが、その一角で途切れていた。
爆発も、警告の魔導音もない。音のない静かな停止だった。
だが、高所の石段に立つ指示役は、取り乱す素振りすら見せなかった。
停止した導線を冷徹な視線で見下ろし、低く言い放つ。
「……不具合か。手を止めるな。予備を持ってこい」
指示を受けた二人の工作員が、停止した導線の前へ戻った。一人が工具を構え、外れた固定部の状態を確認し始める。指示役はその様子を見下ろし、淡々と短く付け加えた。
「……復旧を急げ。予定を遅らせるな」
もう一人の工作員が無言で深く頭を下げ、壁際の暗がりに積み上げられていた木箱へと向かった。
工作員は予備の金具を取り出し、外れた固定部を手早く交換した。垂れ下がっていた導線が元の位置に戻ると、途切れていた魔力の流れが再び壁の奥へと走り始めた。
(……動揺しない……?)
敵の組織的な冷徹さに、俺の背筋を冷や汗が伝う。
施工上の不具合や部材の不良すら想定内として、あらかじめ予備を常備し、即座に復旧させる体制を整えているのだ。
作業員が蓋を外した木箱の中には、真新しい金具や導線が整然と並んでいた。
新しい部品を取り出した工作員が木箱を脇へ寄せると、高所の指示役の視線がそちらへ向いた。
「……予備の金具を一つ使った。地上へ補充の手配を回せ」
「了解」
小柄な男が短く答え、連絡通路の奥へ向かって足早に消えていった。
影の中から、シィが細い指で箱の側面を指し示す。
「……あの印。さっきの部材にもあった」
木箱の木肌に、薄く刻まれた簡略化された荷印――三本線と小さな半円。
ガルドが目を細め、紐の結び目や木箱の状態をくまなく観察した。
「荷印か……。体に染みついた習慣が出やがる。それに、紐の擦れ方が違う。地下で何度も開け閉めした箱じゃねぇ、最初に組んだ状態のまま運ばれてきてる。底の木肌も湿気を吸ったばかりだ。……これ、地下に置かれていた時間も短ぇな。荷をまとめる場所が、別にある」
ガルドの鑑識に、俺は胸元のアミュレット――ミリスの念話器を起動した。
(……リィネ、聞こえるか。三本線に半円をあしらった荷印だ。仕入れ記録に心当たりはあるか?)
(……少し待ってください)
そこで一度、リィネからの念話が途切れた。
数十秒の沈黙の後、リィネの言葉が再び脳内に届いた。
(……ありました。過去二か月、工房や商会など複数の異なる名義で購入された部材ですが……納入時の荷印が、すべてその三本線と半円で統一されています)
(別の名義で買われたものが、同じ印で処理されているのか?)
(はい。つまり、仕入先から直接この地下へ運ばれたのではありません。複数の正規取引に紛れ込ませて買い集めた部材を、一度どこかの中継地点でまとめているはずです)
リィネはさらに手元の記録を追い、真剣な思考を送ってくる。
(ただ……一箇所とは限りません。複数の仕入先から集めた部材を、さらに別の場所へ移している可能性もあります。帳簿上では、その途中の取引も正規の資材として処理されています)
リィネが導き出した流通構造。
敵は地下で作業を行っているだけではない。地上で正規の物流を悪用し、物資を密かに集積・梱包する『裏の供給網』を張り巡らせていたのだ。
連絡通路の奥を見つめていたガルドが、低く言った。
「……俺たちも出るぞ」
「今の奴を追うの?」
シィが尋ねる。ガルドが短く首を振った。
「いや。近すぎれば気づかれる。だが、あいつがどこへ補充を取りに行くのか分かれば、荷の出どころを辿れる」
俺たちは息を殺して地下通路を戻り、旧職人街の路地裏へと這い上がった。
昼下がりの日差しが落ちる路地裏。ガルドが地面に目を落とす。
「……この通路、普段から荷車が出入りしてるな。古い車輪痕の中に新しいやつがある」
「……さっきの男の足跡もある」
シィが路地の土に残された、歩幅の狭い履物跡を指差した。
ガルドが路面の痕跡を読み、シィが人を追う。二人の観察が噛み合い、男の進行方向が明確になっていく。
路地を二つ曲がった先。建物と建物の隙間から、ガラガラと荷車が軋む音が届いた。
シィがすっと手を挙げ、全員が壁の陰に身を伏せる。
路地の奥で、地下から上がってきたあの小柄な男が、荷車を牽く別の男と合流していた。荷車には、一般資材の布で覆われたいくつかの木箱が積み込まれている。
(……予備を使わせたから、あいつ自身が供給元まで案内してくれたんだ……!)
俺の胸の中で、点と点がカチリと組み合わさる。
男たちが荷車の布を掛け直し、重そうに車輪を動かし始めた。
路地の湿った土に、沈み込みの深い新しい車輪の痕跡が刻まれていく。
「……追える?」
シィが低く尋ねる。
ガルドが立ち上がり、腰の短剣の柄を叩いた。
「ああ。今度は荷が重い。痕跡がしっかり残る。……行くぞ」
路地の奥へ伸びる、くっきりと残された車輪の痕跡。
俺たちは息を殺し、敵の供給網を辿るべく、その『足跡』を追って走り出した。




