第79話:忍び寄る侵食
暗闇の奥、巨大な石柱の基部で、工作員の手によって最後の導線が接続された。
――カチッ。
小さく硬い音が響いた、その直後。
石柱に巻きつけられた導線の一部が、淡く明滅した。
激しい爆発も、地鳴りのような轟音もない。
だが、空洞内を照らしていた魔導灯の橙色の光が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
(……何だ?)
胸の奥に不気味な違和感が走る。
石壁の表面に浮いていた幾つもの水滴が、細かく微かに震えていた。床の隅に溜まっていた細かな砂が、石柱の方向へ向かって、わずかに擦れる音を立てる。
「……魔力の流れが変わったわ」
隣で目を細めていたリゼリアが、声音を低くして呟いた。
「さっきまで、この空洞の周囲に滞留していた不規則な魔力が集められている。……流れているわ」
「どこへだ?」
レオンの低い問いに、リゼリアは静かに首を振った。
「分からない。ただ、石柱の中へ引き込まれて、その先へ向かって走っている」
「……壁の振動も変わったな」
ガルドがそっと壁に手を当て、手触りを確かめるように言った。
「さっきまで響いていた古水路特有の歪みじゃねぇ。地下の奥に向かって、一定の周期で何かが伝わっていってる」
シィの視線は、石柱の足元から動かない。
結線を終えた工作員たちが次の工具を手に取り、新たな部材を運ぼうとしていた。
「……また、運ぶ」
その様子を見つめながら、俺の頭の中で思考が繋がっていく。
(……完成じゃない。あの施工は、まだ途中なんだ……!)
俺は胸元のアミュレット――ミリスの念話器をそっと起動した。
(……ミリス、聞こえるか)
(ええ、聞こえてるわ。……今、地下の魔力の流れが変わったわね)
地上から、ミリスの張り詰めた声が脳内に直接響いてくる。
(さっきまでの乱れとは違うわ。魔力が……一定の方向へ整列させられるように動き始めているわ)
(ミリスさん、私の方でも確認が取れました)
リィネの念話が重なる。手元で帳簿を照合している紙の擦れる音が聞こえるようだった。
(今回使われている金具と導線、過去二か月に分散して小口購入されていた記録と完全に一致します。そして……まだ帳簿上に同じ規格の部材が残っています)
(残っている……?)
(はい。これまでに運び込まれた量から計算しても、施工はここだけで終わる規模ではありません。同じ部材が、まだ別の場所へ供給される段取りになっています)
リィネが示した仕入れ記録と、ミリスの魔術的分析が噛み合う。
この場所の施工は、巨大な構造のほんの一部分に過ぎない。
現場では、高所に立つ指示役が低く声を張り上げた。
「……次だ。西側の導線を繋げろ」
指示を受けた工作員たちが、太い導線を伸ばして移動を始める。
「……西側?」
シィがその動きを追う。ガルドが巨大な石柱から伸びる太い導線の行方を目で追った。
「……あの溝だ。さっき俺たちが通ってきた壁沿いの溝を通って、さらに奥の区画へ伸びてる」
「……導線が、地下の奥へ続いているのね」
リゼリアの言葉に、俺は息をのんだ。
南西の旧地下水路。ここは単なる隠し倉庫ではない。地下の別の場所へ魔力を繋ぐ、重要な接続点になりつつある。
「……つまり、こいつらが全部繋げ終わるまで待ってたら、もっと面倒なことになるってわけだろ?」
レオンが大剣の柄を握り直し、足元へ視線を落とした。
「そういうこったな」
バルドが太い腕を組み、重々しく頷く。
「だが、今ここで正面から斬り込むのは悪手だ。敵の正確な数も見えねぇし、警戒役もいる。狭い地下で騒ぎを起こせば、他の区画へ逃げられるか、逆に退路を塞がれる」
バルドの冷静な判断に、俺は石柱の基部を見つめた。
淡く明滅を繰り返す導線。放っておけば、この地下の不気味な侵食はさらに広がり、不穏な構造を完成させてしまう。
(……分からないことは、まだ多い)
(でも、これ以上進めさせるわけにはいかない……!)
俺は仲間たちを見回し、静かに口を開いた。
「……ここで止めよう」
レオンが振り向く。
「やるのか?」
「うん。でも、正面から戦うんじゃない」
俺の言葉に、全員の視線が集中した。誰かが細かく指示を出したわけではない。だが、それぞれが自分のやるべき仕事を一瞬で理解していく。
「施工したばかりなら、固定具もまだ新しい。導線を支えている金具なら、俺の道具で大きな音を立てずに外せる」
ガルドが腰のポーチから小ぶりな工具を抜き出した。
「……見張りの巡回は一定。次にこの通路から視線を逸らすまで、少し時間がある」
シィが闇の中で身を低くする。
「切るなら、魔力が集中している結線口を避けてね。流れの結び目を急に外すと、滞留した魔力が一気に逆流して暴走するリスクがあるわ」
リゼリアが注意を促す。
「退路の確保は俺とレオンでやる。万が一勘づかれたら、俺が前を抑える」
バルドが太い柄を押し戴くように構えた。
誰も誰かに指示を出していない。
それぞれの判断が、ひとつの作戦へと繋がっていく。
「……よし。それぞれの得意なところでいこう」
俺の言葉に、全員が短く頷いた。
通路の奥で、見回りの男が背を向け、カンテラを掲げて奥へと歩き出す。
「……今」
シィの低く短い声。
ガルドを先頭に、俺たちは息を殺して石柱の陰から滑り出した。
南西ノードの切断へ向けて――。




