第7話:影を追う者たち
月明かりすら届かない、深夜の裏通り。
石畳の物陰に身を潜めながら、俺――クロノ・アルヴァースは、興奮で胸を高鳴らせていた。
(うわあぁぁぁ……!! 尾行任務!夜の街で謎の『黒い荷馬車』を影から追跡するとか、めちゃくちゃ闇の組織っぽいじゃん!!)
黒い特注ローブのフードをかぶり、俺は口元を緩ませていた。
隣には、鋭い眼差しで荷馬車の動きを注視するレオンハルト。そして、緊張しつつも俺の横にぴったり寄り添うリゼリア。
「……ボス。荷馬車が速度を落としました。東地区の廃棄倉庫へ入っていく模様です」
レオンが低く囁く。俺は微小魔法で顔に重厚な影を落とし、不敵に頷いてみせた。
「……フッ、そこが奴らのアジトか」
(いや、ただ荷馬車についてきただけだけどな! でも言ってみたかったんだ、この台詞!)
大満足の俺の横で、レオンは感極まったように息をのんだ。
(……やはり……。ボスは最初から、敵の潜伏場所がこの廃棄倉庫であることを見抜いておられたのか……!)
一方――。
そんなクロノたちの少し後方。路地の物陰から、彼らの様子を窺う少女がいた。銀髪の『情報屋の少女』だ。
(……あいつら、なんなの……?)
彼女は数日前から、裏社会で違法な薬物や魔道具を密輸している組織の『黒い荷馬車』を追っていた。売れば金になる情報だからだ。
だが、そこに突然割り込んできた『クロノ・ヴェール』の三人組。
危険な裏社会の現場に潜入しているというのに、中心にいる少年――クロノの顔には、恐怖など微塵もなく、むしろ不敵で嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
(なんで笑ってるの……? あそこは本物の悪党どもの拠点なのよ? ……なんなのあの余裕。本当に、底が知れない奴ら……)
少女が物陰から様子を探っていると、倉庫の扉が開き、強面の男たちが現れた。
「おい、裏の荷揚げは済んだか! 早く運ばねぇと衛兵に見つかるぞ!」
密輸組織の男たちだ。
それを見たクロノは、前世からの夢だった「闇の組織ごっこ」の最高潮を迎え、不敵に言い放った。
「……レオン、片付けようか」
「ハッ!」
次の瞬間、銀光が跳ねた。
疾風のごとき踏み込み。レオンの一閃によって、密輸組織のリーダー格の剣が一瞬で粉砕され、悲鳴とともに男たちが吹き飛ぶ。
「な、なんだこのガキどもは!? 殺せ!」
「リゼ」
「はい、ボス……!」
ズンッ!!
透明な重力の波が叩きつけられ、襲いかかろうとした男たちが一斉に地面へと固定された。殺すことなく、一瞬で全員の動きを封じ込める完璧な制圧。
物陰で見ていた情報屋の少女は、紫の瞳を極限まで見開いていた。
(……は? ……私が何日もかけて情報を集めてた密輸組織を……たった数秒で……!?)
圧倒的な戦力。そして、一切の無駄がない手際の良さ。
だが、当のクロノは内心で、
(すっげぇぇぇ!! レオンもリゼも強すぎる!! これぞ闇の組織の圧倒的武力だよ!!)
と、子供らしい大歓声を上げていたのだった。
◇
密輸組織をあっさりと無力化し、その場を後にした帰り道。
静まり返った路地の暗がりから、すっと人影が立ちふさがった。
銀髪の、情報屋の少女だ。
「……あんたたち」
クロノは足を止め、親しみやすい笑顔を向けた。
「お、君か! こんな夜遅くにどうしたの?」
少女は腕を組み、冷めた、だが複雑な視線をクロノに向けた。
「……今日の荷馬車。私も追ってたの」
「へえ、そうなの? じゃあさ、情報交換しようぜ!」
少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「……交換?」
「うん。俺たちも君から聞きたいことがあるし、俺たちが知ってることも教えるよ」
「……私が、あなたたちの情報を欲しがってるように見える?」
「え?」
「私は情報を売って生活してるの。欲しくもない情報をもらっても、商売にならない」
ハッキリとした少女の理屈に、クロノは「あー……なるほど!」と手を打った。
(そっか! 情報交換って、相手も情報を欲しがってないと成立しないのか! 勉強になるなぁ!)
「じゃあさ、黒い荷馬車について教えてほしいんだけど、いくら?」
クロノがあっさりと引き下がって尋ねると、少女は少し拍子抜けしたように瞬きし、すぐに商売人の顔に戻った。
「……あなたたちが欲しい情報なら、銀貨二枚」
「分かった、はい!」
クロノはポケットから銀貨二枚を取り出し、素直に手渡した。
少女は手の中で銀貨を転がし、指先で刻印と表面の傷を確かめる。
「……うん。問題ないね。……あの荷馬車は、少なくとも私が調べた限りじゃ『漆黒の導師』との繋がりは見つからなかった。ただの密輸商人よ」
「そっか!」
クロノが素直に頷くと、少女は少し意外そうに首をかしげた。
「……それだけ?」
「うん?」
「あなたたち、あれだけ派手に暴れておいて? 『漆黒の導師』の手がかりじゃなくてもいいの?」
「だって、悪い奴らだったから片付けただけだしな!」
「…………」
少女は呆然と口をつぐんだ。
裏通りでは『漆黒の導師』を阻んだ恐るべき影の組織と噂されている『クロノ・ヴェール』。だが、目の前にいる少年は、ただ「悪い奴らだったから」というあまりにも単純で無邪気な理由で、密輸組織を一瞬で粉砕していたのだ。
(……この人たち、噂と全然違う……? 一体、何を考えて動いてるの……?)
底の知れなさに、少女の胸の中に新しい疑問と好奇心が芽生えていた。
クロノは銀貨を仕舞った少女に向かって、屈託のない笑顔を向けた。
「情報ありがとな! お金も払ったし、次は美味いものでも奢るよ!」
少女はハッと正気に戻り、眉をひそめた。
「……は? お金を払ったのに、なんで奢るのよ。……バカじゃないの」
利害関係で完結した取引のあとに、なぜか返ってくる無償の親愛。
少女は呆れたように肩をすくめたが、背を向けて歩き出す際、小さく呟いた。
「……本当に奢りなさいよ」
「おう! 今度な!」
手を振るクロノと、背を向けたまま去っていく少女。
レオンがノートを閉じながら、静かに口を開いた。
「……ボス。あの少女、我らに興味を持ったようですね」
「まあ、仲良くなれたら嬉しいけどな!」
(情報屋の友達ができるとか、最高じゃん!)
クロノの無自覚な無邪気さは、損得だけで生きてきた少女の中に、小さな疑問を残していたのだった。




