第6話:七星の空席
ボロ倉庫の丸テーブルの上。
俺――クロノ・アルヴァースは、一枚の羊皮紙を広げて一人、頭を抱えていた。
羊皮紙には、俺のヘタくそな字でこう書かれている。
『クロノ・ヴェール最高幹部・七星』
一席:空席
二席:空席
三席:空席
四席:空席
五席:空席
六席:空席
七席:空席
(…………)
全部、空席。
いや、正確には俺とレオンとリゼの三人はいるのだが、まだ誰がどの席か決めていないし、そもそも――。
(……『幹部は最低でも七人欲しい(七星)』って言ったの、俺じゃん!! あと四人どうすんだよこれ!?)
第1章でノリノリで口にした自分の厨二設定が、ブーメランとなって俺の頭に突き刺さっていた。
そこへ、ギィとボロ倉庫の扉が開き、レオンハルトが入ってきた。
「ボス。……その紙は?」
「あ、いや……なんでもない」
俺は慌てて羊皮紙を懐に隠したが、レオンの鋭い眼差しは誤魔化せなかった。
「……ボス。例の『七星』の空席についてですが」
(きたぁぁぁ!! ツッコまれた!!)
冷や汗が背中を吹き出す。だが、前世で鍛え上げたハッタリの演技力で、俺は静かに首を横に振ってみせた。
「……まだ早い」
「……!」
「七星は、ただ人数を揃えればいいというものではない。真に相応しい者が現れるまで、席は空けておく」
(助かった……! 格好いい台詞でなんとか誤魔化せたぞ……!)
胸の中で安堵する俺の前で、レオンは感服したように頷いた。
「……なるほど。ボスの見識、恐れ入ります。……ですがボス、実は一人、気になる者がおります」
「……何?」
「街の裏通りで情報を売って生計を立てている、12、3歳の少女です。戦闘能力は皆無に近いようですが、人の顔や会話の記憶力が異常で、裏社会や商人の動きを驚くほど把握しております」
(情報屋……!! 来たぁぁぁぁ!! これぞ闇の組織の『情報担当』じゃん!!)
俺の内心がガッツポーズで満たされる中、レオンはノートを開いた。
「最近、その少女の周りでも気になる噂が流れております。特定の商人たちが夜間に不自然な出入りを繰り返し、黒い荷馬車を走らせているとのこと。……漆黒の導師との関連は不明ですが、街の裏で何かが動き始めております」
(うわぁぁ……第1章が終わったばかりなのに、もう次の不穏な事件の予兆が始まってる! 闇の組織っぽくなってきた〜!)
俺は肘を突き、組んだ手の上に顎をのせて不敵に微笑んだ。
「……しばらく泳がせよう。相手が何者か分からないうちに動く必要はない。……だが、情報は集めておけ。そして――その情報を集めている少女とも、一度話をしてみたい」
(いや、情報が少なすぎて何も判断できないだけなんだけどな!)
内心の素直な言い訳など知る由もないレオンは、恭しく頭を下げた。
「……やはりボスは、あの少女が我らの情報網において極めて重要な存在になると、最初から見抜いておられたのですね」
(え? いや、今お前から聞いたばっかりなんだけど!?)
すれ違ったままの絶賛を背に受け、俺たちは夕闇の街へと足を向けたのだった。
◇
街の東地区、薄暗い裏路地。
生活感のない石畳の陰で、一人の銀髪の少女が、大人相手に淡々と口を動かしていた。
「――東通りの薬種商が昨日買った麻袋の数? 銀貨二貨ね。……嫌ならいいよ、別の情報屋から買って。まあ、あの商人の裏帳簿の保管場所まで知ってるのは私だけだけど」
「ぐっ……分かったよ、払う! ほらよ!」
大人が毒づきながら銀貨を投げつけると、少女はそれをすばやく手で受け止めた。
手の中で銀貨を転がし、指先で刻印と表面の傷を確かめる。
「……うん。問題ないね」
彼女には、まだ名前がなかった。ただ路地裏で『情報屋の少女』と呼ばれている。
12歳ほどの華奢な体躯。だが、その瞳には同年代の子供のような無邪気さは一切なく、どこまでもドライで冷めた色を宿していた。
彼女にとって、人間関係とはすべて「損得と売買」だ。
好かれようとも思わないし、信じようとも思わない。ただ生きるために情報を売り、金を稼ぐ。それだけのドライな現実が彼女の世界だった。
大人が立ち去った後、路地の影からすっと人影が現れた。
「――君が、噂の情報屋か」
黒い特注ローブを羽織った三人組。
中心に立つのは、顔に薄っすらと影を落とした同年代の少年――クロノだった。
少女は眉ひとつ動かさず、冷ややかな視線を向けた。
「何? 情報が欲しいの? 私の情報は高いよ。お金はあるの?」
大人相手と同じ、ビジネスライクな態度。
だが、クロノは怖がるどころか、彼女の顔をまっすぐ見て、親しみやすい笑顔を浮かべた。
(うわぁぁぁ!! サバサバしてて大人相手にも動じない情報屋の少女!! これぞ闇の組織に絶対に一人は欲しい『裏情報担当』の仲間じゃん!! 最高すぎるだろ!!)
大興奮のクロノは、真っ直ぐな目を向けながら言葉を続けた。
「情報も欲しいけどさ。君のその記憶力と観察力、すごいな。……俺たちと一緒にやらない?」
少女の動きが、ぴたりと止まった。
「……は?」
少女は眉をひそめ、信じられないものを見るような目でクロノを見た。
「何言ってるの? 情報が欲しいんじゃないの?」
「ううん、君と一緒に活動したいんだ。君みたいな凄い情報担当が仲間になってくれたら最高だからさ」
「……何をやるの?」
「まだ分からない!」
「…………は?」
少女は呆れ果てて息を吐いた。
利害関係でも、買い叩くための甘言でもない。ただ「凄いから一緒にやろう」という突拍子もない無邪気なスカウト。
少女は肩をすくめ、吐き捨てるように言った。
「バカじゃないの。断るわ。私はお金にならない仕事はしないの」
「そっか。まあ、急に言われても困るよな」
断られても、クロノは嫌な顔一つせず、あっけらかんと笑った。
「また来るよ! あ、俺たちは『クロノ・ヴェール』って言うんだ。よろしくな!」
去り際、少女の瞳がわずかに見開かれた。
「……クロノ・ヴェール?」
「ん? 知ってるの?」
少女は腕を組み、冷めた、だが探るような視線をクロノに向けた。
「……最近、裏通りで変な噂があるのよ。黒い服を着た子供たちが、地下水路で何かをしたって。その連中の名前が――『クロノ・ヴェール』」
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
クロノは内心で猛烈なガッツポーズを決めた。
(本当に噂になってる!! 俺たちの初任務が、裏社会で『謎の黒い組織』として都市伝説化してる!! すっげぇぇぇ!!)
大歓喜するクロノの横で、レオンは「やはり……ボスはこの少女が噂を握っていることまで織り込み済みだったのか」と深々と感服していた。
少女はクロノの不思議な高揚感を不気味がりながらも、冷ややかな声で付け加えた。
「……だから、あなたたちがそうなのかなって思っただけ。……あなたたち、本当に変な人たちね」
「はは、よく言われるよ! じゃあ、またな!」
手を振って去っていくクロノたち三人。
一人路地に残された少女は、投げ渡された銀貨をポケットに仕舞いながら、ポツリと呟いた。
「……何なのよ、あいつら。……友達って……何をすればいいのよ」
損得のない「仲間(友達)」という未知の言葉に、ドライな少女の心がほんの少しだけ揺らぎ始めていたのだった。
◇
ボロ倉庫に戻る道中。
レオンが真剣な顔で尋ねてきた。
「ボス。……あの少女を、『七星』の一席にお迎えになるおつもりですか?」
クロノはふと考え、首を横に振った。
「……まだ決める必要はない」
「……!」
「彼女がどのような道を歩むのか、それを見てからだ」
(だって、まだ会ったばっかりだしな! 七星枠が余ってるからって、適当に決めるわけにはいかないだろ!)
仲間を駒として扱わないクロノの誠実な想い。
だがレオンは、「やはり……七星とはそれほどまでに重きを置かれた最高幹部枠……!」と、さらに神格化を深めていた。
こうして、本人の知らないところで組織の名声(都市伝説)が勝手に独り歩きを始める中――『クロノ・ヴェール』の第2章が、静かに幕を開けたのだった。




