第5話:地下水路の決戦
ひんやりとした湿気と、泥と鉄の臭いが漂う地下水道。
壁に掛けられた松明の火が揺らめき、不気味な影を水面に落としていた。
(うわあぁぁ……!! すっげぇぇ!! 本物の地下水路だ!!)
俺――クロノ・アルヴァースは、黒い特注ローブのフードを深々とかぶり、胸の中で大歓声を上げていた。
足元を流れるドブ水の音、静寂に響く自分たちの足音。前世で夢見た「闇の組織の地下潜入ミッション」そのもののシチュエーションに、興奮で鳥肌が止まらない。
俺の後ろでは、レオンハルトが鋭い眼差しで周囲を警戒し、リゼリアも緊張した面持ちでついてきている。
やがて、水路がいくつかに枝分かれする複雑な分岐点に出た。
「ボス。水路が分かれております。どちらへ進まれますか?」
レオンの問いかけに、俺は腕を組み、ふーっと息を吐いてみせた。
(よし……ここはボスらしく、格好良く道を指示しないとな!)
俺は前世のフィクションで得た「悪の組織のセオリー」を思い出し、分岐の奥をすっと指差した。
「……こっちだ」
「なぜこちらを?」
「フッ……こういう奴らは、人目につかない場所から裏で何かを運び込む。なら――一番暗く、目立たない道を使うはずだ」
(いや、完全に雰囲気だけで言ってるけどな! こういう敵の秘密ルートって、絶対に一番地味な道なんだよ!)
俺の内心のメタな直感を、レオンは感極まった表情で受け止めた。
(……なんと……! 街の構造と水流だけでなく、敵の逃走・搬入心理まで完璧に計算し尽くしておられる……!)
「ハッ! ボスの仰る通りに!」
レオンを先頭に一番暗い通路を進むと――果たしてその奥の開けたろ過槽で、運命の光景に出くわすこととなった。
◇
「なに奴!?」
松明の明かりの下、漆黒の法衣を纏った男たちが跳ね上がった。
中央の大きな水槽には、すでに紫色の禍々しい液体――『魔力伝導毒』が注ぎ込まれ始めており、水面が怪しく発光している。
(来たあぁぁぁぁぁっ!! 敵組織の幹部と戦闘員だ!!)
俺はテンションを最高潮に爆発させつつ、微小魔法で顔に深い影を落とし、重厚な低音を発動させた。
「……問うまでもないだろう」
「なに……!?」
「……闇に潜む者だ」
(言えた! 前世で100回練習した『闇に潜む者だ』の台詞、完璧に言えたぁぁぁ!!)
一人で大満足している俺に対し、仮面の男は顔を歪ませた。
「くっ……我らの計画を察知していたというのか!? 構わん、毒の投下を急げ! 邪魔者は殺せ!」
敵の戦闘員たちが剣を抜き、襲いかかってくる。
「ボスの前だ。無様な姿は晒させぬ――!」
一閃。
レオンが疾風のごとき踏み込みで前に出た。銀光が走り、一瞬にして敵二人の武器が弾き飛ばされ、悲鳴とともに倒れ込む。11歳とは思えぬ圧巻の剣技だ。
「な……なんだこのガキどもは!? 魔法を撃て!」
残りの戦闘員がリゼリアに向かって詠唱を始める。
リゼリアは恐怖と緊張で紫の瞳を揺らし、肩を震わせた。
「っ……来ないで……!」
彼女の感情の乱れに反応し、地下水道の壁と天井がミシミシと重低音を立てて崩れかける。強大すぎる重力魔法の暴走の兆候だ。
「リゼ、大丈夫だ!」
俺はすかさず声をかけた。
「君の魔法は頼りになる。自分を信じろ!」
その声に、リゼリアの身体から恐怖がすーっと消え去った。
(恐れられていない……。私を、信じてくださっている……!)
「……はい、ボス!」
ズンッ!!
透明な重力の波が叩きつけられ、襲いかかろうとした敵たちが一斉に地面へと縫い付けられた。壁を破壊することなく、敵の動きだけを完璧に封じ込めた圧巻の重力制御。
「ば、バケモノか……っ!?」
苦しむ敵を横目に、俺は中央の水槽で紫色の液体が広がっていくのを目撃した。
(うわっ! あの不気味な毒の小道具、もう水に混ぜ始めちゃってるじゃん! レオンたちの劇の演出とはいえ、あんなの放っておいたら本当に街の井戸水がおかしくなっちゃうだろ!)
俺は慌てて叫んだ。
「こんなもの、水路に流したら街の人が困るだろ! レオン、リゼ、とにかくあれを止めろ!」
「「ハッ!!」」
レオンが跳躍し、水槽の上に設置されていた毒の塗布装置の弁を剣で正確に叩き切る。
さらにリゼリアが重力魔法の波を優しく広げ、ろ過槽へ流れ込みかけていた毒の液体を固まりごと押し戻し、水流から完全に遮断・回収してみせた。
ほんの数秒の、完璧な連携。
街全体を滅ぼすはずだった『漆黒の導師』の大計画は、この瞬間に完全粉砕されたのだった。
「ひ……ひぃぃぃっ! お前たちはいったい……何者なんだあぁぁっ!?」
重力に潰されながら恐怖に叫ぶ仮面の幹部。
俺は微小魔法で影を深め、フッと不敵に笑って見せた。
「……ただの、影だ」
(完璧だ……! 初任務、100点満点すぎる決め台詞だ!!)
勝ち誇る俺の横で、仮面の男は絶望に顔を蒼白に染めていたのだった。
◇
深夜の地上。
ボロ倉庫の前に戻ってきた俺たちは、夜空を見上げて息を吐いた。
「……ふぅ。いやぁ……楽しかったな!」
俺が疲れたように笑いながら本音を漏らすと、レオンとリゼリアが感無量といった様子で俺を見つめた。
「はい。すべてはボスの完璧なご采配のおかげにございます」
「私……初めて、この力を誰かのために使えた気がします……」
少し照れくさそうに微笑むリゼリア。
俺は彼女の頭をポンポンと撫で、笑ってみせた。
「そっか。じゃあ、これからも一緒にやろうぜ」
「……っ! はい……! どこまでもご一緒いたします、ボス!」
瞳をうるませて嬉しそうに頷くリゼリアと、誇らしげに胸を張るレオン。
(最高の友達が二人もできて、本物みたいな闇の組織ごっこができて……俺の『クロノ・ヴェール』、マジで最高すぎるだろ!!)
俺は満ち足りた歓喜に浸っていたのだった。
◇
――同刻。荒野の地下アジト。
「……何だと? 地下水路の計画が完全粉砕された……!?」
教団の最高幹部が、激怒とともに机を叩き割った。
命からがら逃げ帰ってきた末端の構成員が、ガタガタと全身を震わせながら報告する。
「は、はい……! 正体不明の『影の組織』が現れ、我らの搬入ルートを正確に突き止め、毒の塗布を阻止いたしました……! その中心にいた少年は、我らの動きをすべて見抜いており……」
「……何者だ。その少年は……一体何者なのだ……!?」
狂信者たちの恐怖と混乱の声が、暗闇の中に響き渡る。
盛大すぎる認識のズレを世界に刻みつけながら、僕たちの『闇の組織ごっこ(※本物)』の第1章は、幕を閉じたのだった。




