第76話:新しき星と基地の朝
旧大聖堂の地下から戻り、短い休息を取った翌朝。
王都東区にある元材木倉庫――俺たちの秘密基地には、いつものように朝日が木材の隙間から細く差し込んでいた。
作業台の隅では、ガルドが壁に背を預けて佇んでいる。
深い色の短外套を羽織った細身の男。黒混じりの短髪と鋭い目元が、無言のまま周囲を見渡している。革帯やベルトには小ぶりな短剣と、工具や手帳を詰めた幾つもの革ポーチが下げられていた。
朝の基地でそれぞれに動く仲間たちの姿を、ガルドはただ黙って見つめていた。
手前の長机では、リィネが昨夜持ち帰ったメモと仕入れ帳簿を猛烈な勢いで照合している。
その隣では、ミリスが小型の念話器をバラし、小さなドライバーで緻密な術式回路の調整を黙々と進めていた。今後の連絡手段として、より遠距離でも通じるように改良しているらしい。
薄暗い影の差す壁際では、シィが気配を消したまま、小さな砥石で短剣の刃を滑らせている。
そして奥の搬入口からは、バルドとレオンが重い物資の木箱を「せーの」で運び込み、決まった棚へと手際よく積み上げていた。
誰も言葉を交わさない。
誰も誰かに指示を出していない。
ただ、それぞれが自分のやるべき仕事を当然のように理解し、淡々と手を動かしている。
その光景を作業台の隅から眺めていたガルドが、低く吐息を漏らした。
「……誰も指示を待ってねぇのか」
ガルドの呟きに、お茶の入った木製のカップをトレーに乗せて運んできたリィネが、静かに足を止めた。
「おはようございます、ガルドさん。……指示なら、誰も必要としていませんから」
リィネはガルドの前の机にお茶を置くと、静かに微笑んだ。
「ここでは、クロノさんが何でも命令するわけではありません。各自が得意なことを見つけて、勝手に動いているだけです」
「……勝手に、な」
ガルドは不器用に鼻を鳴らしながらカップを受け取った。
「ガルドさん。昨夜は助かりました」
リィネが丁寧に頭を下げると、ガルドはどこか気恥ずかしそうに目を逸らした。
「礼を言われる筋合いはない。俺は自分の追っているもののために動いただけだ」
そのやり取りを見ていた俺は、作業台の真ん中に広げられた王都の大型地図へと歩み寄った。
「ガルドさん。昨夜の手帳……もう一度見せてもらってもいいかな?」
「……これか」
ガルドは腰の袋から古びた手帳を取り出し、作業台の上にポンと置いた。
すぐさまミリスとリィネが近寄り、ガルドの手帳のページと、リィネがまとめた小口仕入れの明細、そしてミリスが描いた地下回路の構造図を並べ合わせた。
三つの異なる場所で集められた資料が、一つの大きな作業台の上に重なり合う。
「……この手帳に書かれた部材の型番……やっぱり、地上の小口仕入れで消えていた品目と対応しているわ」
ミリスが魔導ペンで地図上の特定の地点を指した。
「昨夜私たちが停止させたのは、旧大聖堂の地上近くに設置されていた一次増幅器……いわば小型のノードに過ぎなかったの。あそこに運び込まれていた部材は、この小口仕入れの全体の一部でしかないわ」
「一部……? じゃあ、本丸はまだ地下の奥に残ってるってことか?」
レオンが運び終えた木箱の上に腰掛け、汗を拭いながら身を乗り出した。
「ええ。ですが小型ノードを止めたことでバイパスが途切れ、敵の増幅効率は落ちているはずです。……そして、問題は残りの部材の行き先よ」
「それなんだが……」
ガルドが指を地図の上に伸ばし、二つの地点を叩いた。
「俺が隊にいた頃、不審な部材の持ち出しがあったのは旧大聖堂の近くの北東区画だけじゃない。南西にある古い地下水路区画と、北西の廃貴族邸の地下だ」
「……え?」
ミリスがハッと息を呑み、ガルドの指した二地点と、リィネの仕入れ明細の残りの配送先を重ね合わせた。
「……待て。ガルドさんの言う通りだわ……! 地上で小分けに買い付けられた部材、この三箇所へ分散して運び込まれてる……!」
リィネが赤いインクのペンを取り、王都の地図上の三地点――北東の旧大聖堂、南西の旧水路、北西の廃貴族邸に小さな丸を描いた。
そして、その三つの丸をまっすぐな赤線で結ぶ。
王都の市街地に、大きな三角形が浮かび上がった。
「……単独の装置じゃない」
ミリスの声が低く響いた。
「昨夜の旧大聖堂の装置は、この巨大な構造のほんの一部……。三つの地点を結んで、王都全体に何か大きな循環構造を作ろうとしてるわ……!」
その赤い三角形を見た瞬間、俺の胸の奥で、冷たい汗が背中を伝った。
(……三つの地点を結ぶ循環構造……。それって……俺がノートに書いた、三極魔力循環陣の構想と似ている……)
前世の自室でノートにペンを走らせていた記憶が頭をよぎる。
なぜ、俺の妄想の設定と似た何かが、そのまま現実の王都で進行しているんだ――。
不気味な寒気が背筋を走り、手が小さく震えかけた。
だが、その時、隣で地図を覗き込んでいたバルドが言った。
「……なるほどな。一つ叩き潰したと思ったら、まだ二つ残ってたってわけだ」
「……なら、行こうぜ。今度はクロノ・ヴェール全員で」
レオンが大剣の柄を叩き、静かに口元を緩めた。
仲間たちの言葉を聞いているうちに、さっきまでの寒気が少しずつ引いていった。
そうだ。俺はもう一人じゃない。
「……よし。次は、まだ魔力が本格的に流れ込んでいない南西の旧地下水路区画を調べよう」
俺の言葉に、ガルドが短く息を吐き、地図の南西部分を指でなぞった。
「……南西の旧水路なら、警備の薄い抜け道を昔使ったことがある。案内してやるよ」
ガルドの言葉に、レオンが満足そうに頷いた。バルドも腕を組んだまま、静かに地図へ視線を送っている。
八人になったクロノ・ヴェールの、新しい朝が始まった。




