第75話:七つの星
狭い隠し階段を下りきった先に広がっていたのは、旧大聖堂の真下に位置する巨大な円形空洞だった。
ひんやりとした湿気と、肌を刺すような濃い魔力が満ちていた。
空間の中央には、昨夜あの設計図で目にした二重の円環構造――巨大な石柱と金属フレームを組み上げた、異質な集積装置が佇んでいる。
装置の周囲からは、不気味な脈動音が重低音となって響いていた。
地下回路を通って王都各地から吸い上げられた魔力が、幾条もの光の束となって集積部へとなだれ込み、どこか遠くの地点へ向けて連鎖的に送り出されようとしていた。
「……もう、魔力が流れ始めてる……!」
ミリスが魔導灯を握り締め、青ざめた顔で装置を見上げた。
装置の周囲には、黒い仮面をつけた術者たちが数名、不気味な詠唱を響かせながら警戒の陣を敷いている。
「止めるぞ」
バルドの低い一言に、誰もが即座に己の役割へと散った。
クロノが逐一指示を出すことなんて、誰も待っていなかった。
ガシィンッ! と凄まじい鉄打音が空洞に響く。
前衛へ躍り出た仮面の術者たちの魔術を、バルドが巨躯と大剣の角度で真正面から受け流し、その影からレオンが滑り出すように地を蹴った。長剣の鋭い一閃が術者の詠唱を打ち砕く。
「逃がさないわ……!」
リゼリアが掲げた手から極寒の氷の帯が走り、装置へ近づこうとする敵の足を石畳ごと凍りつかせる。
シィは暗がりを影のように滑り、敵の動きや魔力の乱れを拾っては、短く仲間に伝えていた。
「右、術式の予備動作。間合い二」
「分かった!」
命令も指示もない。
誰かが動けば、別の誰かがその隙を埋め、足りない部分を補い合う。
あの階段前で見せた動きは、実戦の中でも変わらなかった。
だが、装置へ駆け寄ったミリスが、複雑に入り組んだ金属フレームの前で立ち尽くした。
「……駄目、構造が入り組みすぎてる! この導線を力任せに外したら、溜まった魔力が逆流して爆発する……!」
「ミリス! 魔力の流れを止めるなら、どこの固定具を外せばいい!?」
ガルドが泥のついた短剣を構え、装置のフレームへ駆け寄りながら叫んだ。
「……あの、中央の赤い石を抱え込んでる金属枠! あそこを外せば魔力の循環が切れる! でも……あそこを無理に外したら、上部の巨大な石柱が崩れ落ちてミリスを押し潰すわ!」
「構造の保持なら、俺に任せろ!」
ガルドは武骨な目を鋭く光らせ、フレームの接合部と支点を見極めた。
「この装置、重量の支点はあの黒い楔だ! ミリス、お前が金属枠の固定具を解く間、俺がこの支柱の楔に短剣を噛ませて構造を固定する!……これなら崩れん!」
「……! 分かった!」
ミリスが解体作業に取りかかり、ガルドが泥臭い現場の判断でフレームの重量を支える。
ミリスが魔力の流れを読み、ガルドが構造を支える。二人の仕事が、ひとつの装置を止めるために自然と噛み合っていった。
カチンッ、と硬質な音が響き、不気味な明滅を繰り返していた中央の核が静かに光を失った。
轟音を立てていた魔力の脈動が止まり、円形空洞に静寂が戻る。
残された敵の術者たちは、装置が停止したことで動きを乱し、闇の奥へと逃走していった。
静まり返った空間で、息を整えていたガルドが、呆然とした様子で俺たちを見回した。
「……お前たち、一体何なんだ」
ガルドが武骨な手で額の汗を拭い、俺をまっすぐに見つめた。
「……命令も指示も出されていない。誰一人として命令を下していないのに、なぜお前たちは迷わず動ける? なぜお前たちは、互いの背中を迷いなく任せられるんだ……?」
俺はみんなを見回してから、答えた。
「命令なんていらないよ。……みんな得意なことが違うから、自分の判断で動いてるだけさ。俺はみんなを信じてるだけだよ」
ガルドは一瞬だけ黙り、それから低く鼻を鳴らした。
「……信じてる、か。不条理な組織に嫌気がさして一人で歩いてきた俺に、そんな言葉を吐くか」
「……じゃあ、俺たちは戻るよ」
俺はガルドを見た。そう言って踵を返しかけた、そのときだった。
「……待て」
ガルドの声が背中から飛んできた。
俺が振り返ると、ガルドはしばらく黙ったまま俺たちを見ていた。
やがて、半ばあきれたように息を吐く。
「……お前」
「うん?」
「……七人目、空けてるんだろ」
俺はポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出した。
そこには、六人の名前が並んでいる。
『七星:六人』
その最後の空白を指差すと、ガルドは短く息を吐いた。
「……七人目は、俺がやる」
俺は少しだけ笑って、ペンを取り出した。
そして、七番目の空白に、ガルドの名を書き加えた。
『七星:七人』
王都の地下の闇の中で、ついに七つの星がひとつに集った。




