第74話:交差する目的
散らばった石片と黒煙の残滓が漂う広間に、静寂が戻っていた。
敵の術者たちが撤退した後、男――ガルドは短剣を引いたものの、俺たちから一定の距離を保ったまま、すぐさま壁際の崩れた石組みへと歩み寄った。
「……あいつら、逃げるためだけにここへ来たんじゃない」
ガルドは屈み込み、壁の溝に残された微かな擦れ痕を指でなぞった。
「見てみろ。さっき壊した仕掛けのすぐ脇だ。……逃げる前から、この石壁の奥を開けようとして作業していた痕がある」
「……ほんとだ」
ミリスが魔導灯の光を合わせ、小さく息を呑む。
「壁の内部にだけ、新しく魔術の結線が追加されてる……。表面の仕掛けは、作業を隠すためのカモフラージュだったんだ」
「あのままだったら、まんまと裏をかかれて逃げ切られていたところだな」
バルドが大剣を肩に担ぎ直し、低い声で言った。ガルドは武骨な手で額の汗を拭うと、腰の革袋から一冊の古びた手帳を取り出した。
「……礼なら要らん。俺はただ、自分の追っているものの足取りを確かめているだけだ」
使い込まれた手帳のページには、細かな文字や不揃いなスケッチがびっしりと書き込まれていた。
「俺が追っているのは、ここ数ヶ月で王都から消えた、ある不審な部材の足取りだ」
ガルドが手帳を指で示してみせる。
「俺は以前、王都の治安隊で現場の鑑識をやっていた。……数ヶ月前、街の外縁部で物資の不審な持ち出しがあった時、現場の痕跡を調べて手帳に記録を残したんだ。『魔導工具十二点、特殊金具八点、魔術伝導線三十束』とな」
ガルドの目奥に、くぐもった泥臭い執念が宿る。
「だが……数日後、上に上がった公的な記録を確認してみたら、『一般工具一式、事件性なし』とだけ書かれていた」
レオンが眉をひそめた。
「それって、ただの記録の簡略化じゃないのか? 量が少ないから一括りにしたとか……」
「違う。『一般工具一式』だと、何が消えたのかすら分からなくなっているのが問題なんだ」
ガルドが手帳のページをめくる。
「こっちは搬出した荷車の記録だ。俺が現場で確認した数と一致してる。……だが、その後の記録では荷車そのものが『工具類の運搬』という曖昧な表現に置き換わっていた。盗まれた量じゃない。記録から消された『品物の種類』と『情報の粒度』の不自然さが、どうしても許せなかったんだ」
ガルドは自分の不器用さを自虐するように短く吐き捨てた。
「隊を辞めて一人で追った。消された部材の型番と、それを運んでいた職人の足取りを拾い集めて……この地下まで辿り着いた」
その手帳に書かれた部材の型番と手口を見た瞬間、ミリスがハッと息を呑んだ。
「……これ、型番だけじゃない。扱われ方まで似てる……!」
「……なに?」
ガルドが眉を跳ね上げる。ミリスはカバンから地上の小口仕入れの控えを取り出し、手帳の隣に並べた。
「あなたが追っていた部材……少量に分けて、別々の品名で名義を偽装して運び込まれてる。表向きは『一般工具』として偽装して、最終的に全部、この地下の回路に組み込まれてるんだわ」
「……この記録、誰がまとめた?」
「リィネ。私たちの仲間」
「仲間……? ここにはいないようだが」
「うん。基地で地上の帳簿や取引記録を整理してくれてる」
ガルドは一瞬だけ黙り、俺たちを見回した。
この場にいない人間まで、それぞれの役割を担っている。
ガルドの目に、わずかな警戒が浮かんだ。
一人で拾い集めてきた小さな違和感が、王都の地下に広がる巨大な魔導回路へと繋がっていた。
「俺が追っていた小さな不審が……こんな不気味な計画の一部だったというのか……?」
ガルドの手帳を握る手に、力が入る。
互いが追ってきた点と点が、この暗い地下でひとつに交差した。
「……目的は違っても、行き着く先は同じみたいだね」
俺が言うと、ガルドは手帳をゆっくりと腰の袋へと戻した。
「……勘違いするなよ。俺は、お前たちを信用したわけじゃない。群れて動く気もない」
「うん」
「だが……自分が追ってきたものの正体がこの先にあるなら、俺自身の目で最後まで確かめなきゃ気が済まん」
「じゃあ……一緒に行こう」
ガルドは短く息を吐くと、俺たちより半歩先を歩き始めた。
仲間になったわけではない。ただ同じ場所を目指して進む足取り。だが、広間の奥の突き当たりで、ガルドが不意にピタリと足を止めた。
「……待て」
「どうしたの?」
リゼリアが尋ねると、ガルドは壁際へ近寄り、石組みの継ぎ目をなぞった。
「……ここだけ、石畳の縁が擦れてる。最近、何かを動かした跡だ」
シィもすっと隣に寄り添い、壁際を見つめる。
「……足跡が、ここで途切れてる」
「……やっぱりな」
ガルドが壁の表面を指先で丹念に探り、わずかな石の噛み合わせのズレを見つけた。短剣の先をその隙間に差し込み、慎重に奥へ押し込む。
ゴトン。
石の奥で、何かが外れる音がした。
直後、壁の一部がゆっくりと奥へ沈み込み、人ひとりが通れるほどの隙間が開いた。そこから、湿った冷たい風が吹き出してきた。
「……俺が見る」
ガルドが短剣を握り直して隙間へ向かおうとすると、シィが影のように横に並んだ。
「……私も行く」
「魔力の仕掛けがあるかもしれない。危険がないか、確認するわ」
ミリスが魔導灯を差し入れ、隙間の奥を照らした。
光の先には、地下深部へと斜めに落ち込む狭い石造りの隠し階段が続いていた。
「……階段がある。罠は……今のところ動いてなさそう」
「よし。みんなで行こう」
俺の言葉に仲間たちが頷き、ガルドも一瞬だけ俺たちを見返した後、静かに階段の闇へと踏み込んでいった。




