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第73話:闇の中の先触れ

暗く静まり返った地下回廊を、俺たちは慎重に奥へ向かって進んでいた。


足元には時折、罠を無効化した痕跡が現れる。

壁際には小さな金属の楔が残され、別の場所では魔導糸の結線が丁寧に切断されていた。それらを目にするたび、シィとミリスが小さく息を呑む。


「……仕掛けの構造を見て、止める場所を選んでる」


ミリスが壁の低い位置に残された痕跡を指で辿った。


「魔力の流れを乱さないように、必要なところだけ外してる……相当な場数を踏んだ人の手口」


「……足跡を残しにくい場所を選んでる。角を曲がる前には、周囲を確認してる」


シィが闇の奥を見つめながら付け加えた。シィは静かに人間の行動痕跡だけを辿っている。


先行する「誰か」の凄みが、残された僅かな痕跡から不気味に伝わってきた。


だが、回廊をさらに深く進み、古代の石造建築が広がる開けた広間へ差し掛かった時だった。

不意に、暗闇の奥から激しい金属音と、短く荒い息遣いが響いてきた。


バチンッ! と空間を切り裂く不気味な魔力の破裂音。


「……戦闘か!?」


バルドの低い呟きと同時に、俺たちは影に身を潜めながら広間の縁へと滑り込んだ。


リゼリアが掲げる魔導灯の光の届かない闇の中――そこで、一人の男が複数の不気味な仮面の術者たちと対峙していた。


男は四十代半ばほど。泥のついた武骨な装備を纏い、片手に使い込まれた短剣を構えている。

強い戦士というより、周囲の構造と敵の動きを読み、現場そのものを利用して戦う男だった。


敵が掲げた魔導具の可動域を一瞬で見抜き、術式が発動する寸前に軸足をずらして斜めに回避する。敵の懐へ飛び込むと、攻撃ではなく壁の構造を支える木枠を蹴り飛ばし、瓦礫を崩して敵の詠唱を物理的に遮断していた。


だが――敵の数が多すぎた。

仮面の術者は五人。狭い回廊ならともかく、四方から同時に赤黒い魔力弾を放たれる開けた広間では、回避にも限界がある。


「チッ……数が多すぎるか……!」


男が毒づき、背後の死角から迫る第二の魔力弾を悟って歯を食いしばった、まさにその時だった。


誰も号令なんてかけなかった。


ガシィンッ!


重厚な金属音が広間に響き渡る。

男の背後へ滑り込んだバルドが大剣を斜めに差し込み、飛来した魔力弾を受け流した。


「……なっ!?」


男が驚愕に目を見開くのと同時に、シィの冷徹な声が暗がりから響く。


「……右の二人、詠唱の予備動作。間合い、三」

「任せろ!」


レオンが低い姿勢のまま影を切り裂いて地を蹴った。驚く敵術者の前へ一瞬で肉迫し、長剣の腹で腕を打ち払って術式を瓦解させる。


「凍てつきなさい……!」


リゼリアが掲げた手から冷気の波動が放たれ、後方へ逃れようとした残りの術者たちの足を石畳ごと凍りつかせた。


さらに、男が対処に苦慮していた壁の防衛魔導具に対し、ミリスが走る。


「……あの魔導具、左の結合部が核になってる! そこを叩けば止まる!」

「……そこか!」


ミリスの助言を聞くや否や、男は迷うことなく短剣を投擲した。正確に穿たれた金属の結合部が砕け散り、不気味に明滅していた壁の仕掛けが一瞬で沈黙する。


誰かが指示を出したわけじゃない。

シィが敵の位置を読み、バルドが死角を護り、レオンが敵を崩し、リゼリアが動線を縛り、ミリスが構造を見抜き、男がその隙を突く。


互いの足りない部分を補い合う無言の連鎖が、一瞬にして乱戦を制していた。


残された敵の術者たちは、予想外の乱入に動きを乱し、黒煙を炊いて闇の奥へと逃走していった。


静寂が戻った広間で、男は短剣を構え直したまま、荒い息を整えて俺たちを激しく睨みつけた。


「……何者だ、お前たち。……俺の足を引っ張るつもりなら、容赦はせんぞ」


警戒を露わにする男の前に、バルドが大剣を収め、レオンが剣を引いた。

俺はゆっくりと一歩前に踏み出し、まっすぐに男の目を見つめた。


「助けるつもりも、邪魔するつもりもないよ。……俺たちは、この地下で起きている異変を追ってきただけだ」


男は不審そうに眉をひそめ、俺たち六人の姿を順番に観察した。

指示を出す者もいないのに、自然と互いの呼吸を読み合って動いていた異質な集団。その歪で噛み合った不気味さに、男の目が小さく見開かれる。


「……お前たち、何者だ」


男の問いに、俺は胸を張り、静かに口を開いた。


「俺たちは――クロノ・ヴェールだ」


その名を聞いた男は、不思議そうに反芻するように呟いた。


「……クロノ・ヴェール……聞いたこともない名だな」


男はなおも警戒を解かないまま、しかし短剣をゆっくりと鞘へと収めた。

その視線だけが、俺たち一人ひとりを確かめるように動いている。


地下の闇の中で交わった二つの目的が、この先どこへ繋がっていくのか。

その時の俺たちには、まだ分からなかった。


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