第71話:残された設計図
「ボス? どうかなさいました?」
レオンの気遣わしい声に、俺は弾かれたように両手を横へ振った。
「えっ!? あ、いや! なんでもない! なんでもないよ!」
「……そう? 顔色がずいぶん悪いけれど」
リゼリアが不審そうに眉をひそめたが、俺は無理やり口角を上げて笑ってみせた。冷や汗が首筋をひとつ滑り落ちていく。
逃げた男が残していった言葉――『大いなる導き』『導師』という響きが、頭の中で不気味に反響し続けていた。偶然だと思おうとしても、胸の奥のざわめきは収まらない。
その横で、ミリスが砕けた仮面の破片を魔導灯の光にかざしていた。指先で裏側の細い金具をなぞり、小さく呟く。
「……この仮面、ただの金属じゃない。魔力を通しやすく加工された……特殊な合金」
「合金……? 既製品じゃねぇのか?」
バルドが覗き込むと、ミリスは静かに首を横に振った。
「ううん。削り出しの痕がある……手作業で加工された特注品。それと、裏のこの細い接続部材……地下で見つけた導線と、同じ系統の素材だと思う」
ミリスはそのまま胸元の念話器にそっと指を添えた。
「……リィネ。聞こえる?」
『はい、ミリスさん。聞こえています。何か分かりましたか?』
基地にいるリィネの落ち着いた声が、頭の中に直接届く。
「……敵が残した仮面の部材……それと地下の導線。どちらも魔力を通しやすい特殊な合金みたい。これと似た特徴の金属が、最近の仕入れ記録にないか調べてほしい」
『了解しました。過去数ヶ月の仕入れ記録を照合します……少々お待ちください』
しばらくして、リィネの声が戻ってきた。
『……ありました。ここ二ヶ月ほど、補修用金具や工具部材として、似た性質の加工部材が少量ずつ分散して仕入れられています。……仕入先も、以前の「蛇の刻印」の荷と重なっています』
「……小口の仕入れか」
バルドが低い声を漏らした。シィが暗がりの中から静かに頷く。
「表向きは別々の工具として買って、地下でひとつの道具に組み立ててたんだね」
地上の奇妙な仕入れと、地下の不気味な設備。二つの点が、リィネの分析によって不気味な一本の線で繋がった。
「……奥を、見よう」
ミリスの促しで、俺たちは男が逃げていった重い石門の先へと足を踏み入れた。
そこは暗く湿った回廊とは異なり、男が使っていたと思われる地下深部の作業場だった。棚には使いかけの試作部材や削り屑が散乱し、壁際の一角には、大きな作業机がぽつんと置かれている。
リゼリアが掲げた魔導灯の光が、奥の石壁をパッと照らし出した。
「……何かしら、これ……?」
そこに描かれていたのは、壁一面を覆うほど巨大な羊皮紙の図面だった。
王都の地下水路や古層の回廊が網の目のように細かく描かれており、その上の何箇所ものポイントに、黒いインクで丸い印がつけられている。
「なんなんだ、この図面は……? 王都の地下全体に線が引いてあるぞ」
バルドが図面へ近づき、太い指先で壁の羊皮紙をなぞった。
ミリスがその隣に並び、図面に引かれた複雑な曲線をじっと見つめる。
「……これ、ただ魔力を吸い上げるだけの装置じゃない」
「どういうこと、ミリス?」
「……地下の複数箇所から集めた魔力を、一箇所に運ぶ……ううん、ただ運ぶんじゃない。何度も、同じ経路を通るように設計されてる」
「何度も……? 同じ場所を巡らせているの……?」
リゼリアが不思議そうに問うと、ミリスは図面の線を指で辿りながら小さく首を傾げた。
「……うん。吸い上げた魔力を巡らせて……どこかへ向かわせてる。何のためかは、まだ分からないけれど……」
仲間たちが真剣な表情で図面を見つめる中、俺は壁の図面から目が離せなくなっていた。
(……待て……待て待て待て……!)
心臓が、耳元でうるさいほど大きな音を立て始める。
各所に配置された吸引ポイント。そこから伸びる多層的な導線。直列ではなく、あえて格子状に組まれた複雑な循環経路。
(この線の繋ぎ方……この、無駄にややこしい魔力の巡らせ方……!)
頭の中の記憶が、勝手に図面と重なっていく。
言葉(大いなる導き)や紋章(双頭の蛇)だけじゃない。この『仕組み』そのものが……俺が昔、ノートに書いた『広域魔力循環集積回路』と、恐ろしいほどに重なっていた。
(……偶然……なのか……? だが、俺のノートにあった構造が、どうしてこんな地下の図面に描いてあるんだ……!?)
全身の毛穴が開くような、恐ろしい寒気が突き抜ける。
「……クロノ、見て」
シィの静かな声で、俺はハッと正気に戻された。シィの細い指先が、図面の中央――多数の導線が集まる最深部のポイントを指していた。
「……ここに線が一番多く集まってる」
そこに描かれていたのは、他のポイントとは明らかに異なり、二重の円環で囲まれた特別なマークだった。
「この場所なら知ってる」
バルドが図面を覗き込み、腕を組んで頷いた。
「旧大聖堂の地下跡地だ。地上はもう崩れて使われてねぇが、地下にはかなり古い構造が残ってるって話だ」
「旧大聖堂の地下……そこに、この線が全部向かっているのね」
リゼリアが緊張の混じった息を吐き出す。
地下全体に張り巡らされた回路。その導線が向かう先にある、旧大聖堂の地下跡地。
仲間たちが不穏な目的地へ意識を向ける中、俺は図面の中央に刻まれた二重の円環を見つめたまま、立ち尽くしていた。
(……旧大聖堂の地下……)
そこへ、これだけの線が集まっている。
いったい……そこに、何があるんだ。
背中にまとわりつく冷や汗を拭うこともできず、俺はただ、胸の奥で渦巻く底知れぬ恐怖に呑み込まれそうになっていた。




