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第68話:七星の役割

王都東区の元材木倉庫。地下水路への出発直前、作業台の前でミリスが二つの小さな金属製の道具を取り上げた。


手のひらに乗るほどの大きさで、中央に魔石が一つ嵌め込まれている。


「……リィネ。これ」

「これは……?」


リィネが両手で受け取ると、ミリスはもう一つの道具を胸元へしまった。


「……試作の念話器。二つで一組」

「これで……連絡を取るのですね」

「……うん。言葉を送れる」


ミリスが念話器にそっと魔力を流し、言葉を念じる。

その瞬間、リィネの頭の中に、ミリスの言葉が直接響いた。


『……聞こえる?』


リィネは驚いたように目を丸くし、嬉しそうに眼鏡の位置を直した。


「……本当に聞こえます。これなら、声を出せない場所でも即座に取引記録を照合できますね」

「……成功。作戦、行こう」


◆


東区の裏手にある古い石造りの水路入口。使い古された鉄格子をバルドが力任せに押し広げると、暗がりの中に湿った地下道が口を開けた。


「よし、入るぞ。足元に気をつけろ」


バルドを先頭に、俺、レオン、リゼリア、ミリス、そしてシィの六人が地下へ足を踏み入れる。


暗く不気味な通路をしばらく進んだところで、シィが不意に足を止め、壁に背をつけた。闇の奥へと耳を澄ませる。


「……止まって」


俺たちも息を殺して立ち止まる。


「前にいる。話し声……四人くらい」

「敵か?」


バルドが声を潜めて尋ねると、シィはさらに耳を澄ませた。


「……作業してる。金属の音がする」

「……誰かが作業してるんだね」

「……うん。行くなら今。手前の四人を静かに抑えよう」


シィの言葉に、バルドが不敵に笑って大剣を構えた。


「よし、俺とレオンで前を張る」


シィが小さく頷くと同時に、バルドとレオンが闇の中へ疾走した。

男たちが振り向く間もなく、レオンが剣の腹で一人を打ち、バルドが巨体ごと別の男へぶつかっていく。残った二人も、すぐに二人の前から石畳へ崩れ落ちた。


だがその直後、奥の石板の紋様が青白く輝き始めた。


「リゼリア、止められる!?」

「やってみる!」


リゼリアが手を伸ばすと、青白い氷が石板を覆い尽くした。

走りかけていた光が、氷の結晶の中でピタリと止まる。


「……なんとか止まったわね」


リゼリアが息を吐く間もなく、俺たちは空洞の最奥に辿り着いていた。壁一面に、巨大な魔導回路が姿を現す。


南市場の導線、工房街の金具、西区の固定枠と塗料。それらが複雑に組み合わされていた。

ミリスが近づき、魔導工具を回路へかざした、その瞬間だった。


ドクン、と不気味な脈動が走り、回路の表面が赤黒く光り始めた。


「……待って。これ、起動しかけてる」

「えっ!?」

「……この回路、逆流防止がない……無理に外したら……魔力が逆流して暴走する……!」


ミリスの青ざめた声に、リゼリアが素早く回路へ手をかざした。


「私が一時的に魔力の逆流を抑えるわ! でも……長くは持たないわよ!」


リゼリアの額に、じわりと汗が浮かんだ。結界にも、新たな亀裂が走る。

さらに通路の奥から、駆け寄ってくる靴音が響いた。


「……さっきの連中とは別の足音。二人来るよ!」


シィが暗がりから小石を転がした。カラリ、と音が響き、敵の一人がそちらを振り向く。

そこへバルドが狭い通路を塞ぐように大剣を横たえた。


「ここは一歩も通さねぇ! レオン、右を固めろ!」

「応っ! 我が主の背は、我らが絶対の盾とならん!」


入口で激しい打ち合いが始まり、ミリスの指先は複雑に交差する導線と金具の前でピタリと止まったままだ。


「……ダメ……切れない……どこで回路が迂回してるのか……分からない……!」

「じゃあ、どうすればいいの!?」


俺が焦りで息を呑むと、ミリスは胸元から念話器を取り出し、魔力を流して意識を集中させた。


『……リィネ、聞こえる!?』


その問いかけに、地上のリィネの声が即座にミリスの頭の中へ届いた。


『はい! 今、記録を確認しています! ……ありました! 同じ種類の導線なのに、一件だけ規格が違います! 数量は一本。通常より細いものです!』

「……細い……導線……!」


ミリスの視線が、太い導線と金具が乱立する陰で止まった。

一筋だけ隠されるように這わされた、極細の線。


「……あった」


ミリスの小さな指先が、隠された細い導線を捉えた。

工具を滑り込ませ、その線だけを慎重に切り離した。


カチリ。


静かな手応えと共に、壁一面の赤黒い脈動が急速に衰え、やがて赤黒い光が消えた。


リゼリアが膝をつき、激しい息を吐き出す。通路側でも、バルドたちが敵を打ち倒したところだった。


「……止まった?」

「……うん。もう、動いてない」


ミリスの返事に、手元の念話器から声が届く。


『……皆さん、無事ですか?』

「うん! 止まったよ、リィネ!」

『……それはよかったです』


頭の中に直接届いたリィネの言葉に、俺はそっと息を吐き出した。


リゼリアは壁に手をついて息を整えている。

通路では、バルドとレオンが倒した男たちを確認していた。

シィはまだ影の中で鋭い警戒を維持し、ミリスは止まった回路をじっと見つめている。


俺一人じゃ、絶対無理だった。みんながいてよかった。


「……俺たち、ちゃんと組織になってるんだ」


俺はみんなの顔を見回した。思わず、笑っていた。


だが、停止した回路を調べていたミリスが、ふと壁の隙間に視線を止めた。


「……クロノ」

「どうしたの、ミリス?」

「……この回路、ここで終わってない」


ミリスが指さした壁の亀裂の奥で、細い導線が一瞬だけ青白く光り、さらに暗い地下の奥へと消えていった。


バルドが地下水路の古い図面を広げ、眉をひそめた。


「この先は……古い地下水路の記録だと、まだ先まで続いてるな」

「……まだ、続きがあるんだ」


地下の奥から、かすかな水音だけが返ってきた。


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