第67話:点と点
夜が明け、王都東区にある元材木倉庫の秘密基地には、朝の冷ややかな空気が満ちていた。
作業台の上には、昨日までに俺たちが集めた手がかりが並べられている。南市場で見つけた導線と鉱石粉末のメモ。工房街の魔具店で確認した接続金具の記録。
そこへ、早朝から出かけていたバルドとシィが戻ってきた。
「ただいま。西区の大きな問屋街も回ってきたぜ」
バルドが大剣を壁に立てかけ、外套のフードを払った。
シィがポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、作業台の端へ置く。そこには、西区で買い集められていた物品の名が並んでいた。
「……やっぱり、西区でも同じだった。絶縁塗料と、鉄製の固定枠。ここ数日で、複数の店から少しずつ買われてる」
俺は作業台に並んだ三つの記録を見比べた。
「南市場、工房街、そして西区……。本当に、王都のあちこちで同じような買い集めが起きてるんだね」
リゼリアが神妙な顔で眉をひそめ、作業台の周りに集まった全員を見回した。
「でも、これだけで何かがわかるのかしら。買われている品物も、場所もバラバラよ」
「ふーむ……リィネ、どう思う?」
俺が振り向くと、棚から過去数ヶ月分の市場全体の記録を持ち出してきたリィネが、眼鏡の位置を静かに直した。
「……少し、おかしいですね」
リィネは指先で、三つの区画の購入記録を交互に指し示した。
「何が?」
「時期です。南市場での買い集めが始まったのが約三週間前。工房街で金具が動き始めたのが二週間前。そして西区の問屋街で塗料と固定枠が買われたのが、ここ数日です」
作業台を囲む全員の視線が、リィネの指先に集まる。
「一括で揃えれば目立ちますし、集めるのにも手間がかかります。……ですが、この買い方は意図的です。時期をずらし、少量ずつ買い進められている。偶然のまとめ買いではありません」
リィネの言葉に、シィが静かに頷き、作業台に広げられていた王都の地図へ指を置いた。
「……それと、買った店の位置」
シィの細い指が、地図上の三つの地点をなぞる。
「南市場の露店、工房街の裏手にある魔具店、西区の問屋。どこも表通りから外れていて、荷車を裏手から出せる場所ばかり。それに、受け取った男たちは店ごとに別の荷車を使ってた。だから足がつかなくて、追いづらかったんだと思う」
情報屋としてのシィの観察に、バルドが地図を覗き込み、不意に手元を止めた。
「……ちょっと待て」
バルドは太い指で、地図上の道をなぞり始めた。
南市場から伸びる路地。工房街からの抜け道。西区からの裏道。
「こいつら、好き勝手に運んでたわけじゃねぇぞ。表通りを避けて、荷車が通れる細い道を選んでる。で……こっちから来た荷と、こっちから来た荷が……」
指先が、地図の一点に重なった。
「……この辺りで合流してる」
「そこって……?」
「東区の古い区画だ。昔使われていた地下水路の跡が残ってる場所だ」
作業台の空気が、じわりと重くなる。
そのとき、それまで黙って部品の記録を見つめていたミリスが、ぽつりと呟いた。
「……地下……?」
ミリスは作業台の上に置かれていた金具と固定枠の手本を引き寄せ、小さな手で組み立て始めた。
カチッ、と静かな金属音が響く。
固定枠に金具を嵌め込み、導線を通す。さらに、不気味な鉱石粉末を指先で少量すくう。
「……これ」
「ミリス、何か分かったの?」
リゼリアが身を乗り出すと、ミリスは小さな首を横に振った。
「……導線だけなら、ただの導線。金具だけなら、ただの部品。でも……こうやって固定枠に組んで、塗料と粉末を使うと……意味が変わる」
ミリスが組み上げた簡易的な構造体を見つめ、リゼリアが指先にわずかな魔力を灯して触れた。
ほんの一瞬、導線の表面が淡く青白く発光する。
「……っ! これ……回路よ」
「回路?」
「ええ。でも、目の前で道具を動かすためのものじゃないわ。遠く離れた場所から、魔力を送るための……起動用の回路……」
リゼリアが言葉を切り、ハッと息を呑んで地図と組み上がった部品を交互に見つめた。
「……待って」
「リゼリア?」
「さっきバルドが言った場所に……この回路が設置されているとしたら……」
バルドが地図の東区を指で叩く。
「……地下水路」
リィネが帳簿の数値を追う。
「購入時期のずらしも……組み立ての順番に合致しています」
シィが静かに重ねた。
「南市場で聞いていた『導く者』っていう言葉も……」
ミリスが組み上がった部品をそっと握りしめ、呟いた。
「……全部……同じ……」
作業台の周囲から、一切の音が消えた。
バラバラに散らばっていた点と点が、作業台の上で一本の不気味な線となって繋がった瞬間だった。
リゼリアが静かに、震える声で呟く。
「……全部、同じ場所へ向かってるわ」
「……別々じゃない」
「購入も」
「運送も」
「情報も」
「……魔術も」
沈黙が室内を支配する。
大人たちがその企みの不気味さと規模に息を呑み、固まっていた。
だが、その重苦しい静寂を破ったのは、パッと目を輝かせた俺の声だった。
「……これってさ!」
全員の視線が俺に集中する。俺は拳を力強く握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
「俺たちが裏で追ってる『巨大な秘密組織の陰謀』ってやつじゃない!?」
レオンが凄まじい気迫で大きく頷き、胸を叩いた。
「然り! 我らが撃滅すべき闇の結社にございます! 我が主の眼光、流石でございます!」
「……は?」
シィが信じられないものを見るような目で俺を見つめた。
「なに面白がってるの? 冗談じゃないんだよ?」
「え?」
「今、私たちが目撃したのは……ごっこ遊びじゃない。誰かが、王都の地下で本気で何か危険な仕掛けを作ろうとしてるんだよ?」
シィの低く冷めた声に、俺はパチパチと瞬きをした。
フードの奥にあるシィの瞳は、本気の警戒と真剣さに満ちていた。
リゼリアも深く息を吐き、表情を引き締めた。
「……そうね。シィの言う通りだわ。もし地下水路で何かを動かされれば、王都全体にどんな影響が出るか分からない。……放っておけないわ」
「ふん、危険だからこそ俺たちの出番だろうが。地下水路の抜け道なら、俺が案内してやる」
バルドが大剣を肩に担ぎ直した。
俺はシィの真剣な目を見つめ返し、小さく、けれどしっかりと頷いた。
「……うん。ごめん、冗談で言ったんじゃないんだ。ただ、みんなで調べたら、こんなにすごい手がかりが繋がったからさ。……行こう、東区の地下水路へ!」
六人の七星が静かに頷き、作業台の上の地図と記録をまとめた。
自律した彼らの能力が初めて一つに噛み合い、『クロノ・ヴェール』は不気味な暗がりが待つ地下へと、確かな一歩を踏み出した。




