第66話:最初の点
王都東区にある元材木倉庫。その静かな薄暗がりの中に、靴音が響いていた。
使い古された作業台の周囲には、俺と七星の六人が集まっていた。
「よし! シィ、さっそく最初の仕事だよ!」
俺が作業台をバンと叩き、身を乗り出して言った。
シィは外套のフードを深く被り直し、冷めた目で俺を見つめ返した。
「……私はあなたたちの部下じゃない。命令で動く気はないよ」
「えっ、じゃあお願い!」
「そういう問題じゃない」
シィの即座のツッコミに、バルドが可笑しそうに鼻で笑った。
俺が苦笑いしながら頭を掻いていると、シィは外套のポケットから折りたたまれた小さな紙片を取り出し、作業台の上へ静かに置いた。
「……南市場で、少し変な動きがあるの」
俺たちは紙片を覗き込んだ。そこには、シィの細い文字でいくつかの物品名が書き記されていた。
「これって……ただの資材?」
「単価が安くて、普段は少量しか動かない低等級の導線資材と、特定の鉱石粉末。この数日、南市場と周辺の店で、不自然に買われてる」
シィの言葉に、棚の奥から羊皮紙の帳簿をめくっていたリィネの手がピタリと止まった。
眼鏡の奥の小さな瞳を細め、リィネは棚から別の記録用紙を引き寄せた。
「……確かに。この素材は普段なら、こんなに大量には動きません。それも、一つの店がまとめて買っているのではないですね。複数の店から、少量ずつ購入されています」
「……なんで、そんな面倒な買い方をするんだ?」
俺が尋ねると、リィネは指先でいくつかの数値を辿りながら答えた。
「一括で大量購入すれば目立ちませんが、少量ずつなら店側も特に気にしません。……結果として、誰がどれだけ集めたのか、分かりにくくなっていますね」
リィネの鮮やかな商流の分析に、バルドが顎をさすった。
「小分けにして、誰が買ったか分かりにくくしてるってことか。ずいぶん用心深い連中だな」
ミリスが小さな手で紙片を指でなぞり、ぽつりと呟いた。
「……導線と鉱石粉末……単体では意味がない……でも、並べると……小さな伝導回路……あるいは、陣の基盤……」
「陣……? 何か危ない魔法でも使う気かしら」
リゼリアが眉をひそめると、シィがさらに言葉を重ねた。
「資材を受け取っている男たちが、妙な合言葉を使っている噂がある。『導く者の導線』だとか」
俺は「導く者……導師……?」と首を傾げた。
(……導く者の導線? まさか『漆黒の導師』的なやつか? 俺が前世でノリでノートに書いてた黒歴史の設定と、名前が被ってないか……?)
俺の見当違いなデジャヴを他所に、レオンが凄まじい気迫で長剣の柄を握りしめた。
「むおっ……! 『導く者』だと……!? まさしく闇の残党が蠢く気配! 我ら『クロノ・ヴェール』の光をもって打ち払う刻でございます!」
「また大げさに……でも、放っておくわけにはいかないわね」
リゼリアが呆れたように溜息をつきつつも、表情を引き締めた。
バルドが壁に立てかけていた大剣の柄を軽く叩く。
「シィが言ってた南市場の荷揚げ業者なら、俺に心当たりがある。シィの情報と突き合わせりゃ、運ばれた大まかな行き先くらいは割り出せるぜ」
「本当!? さすがバルド!」
「よし! 俺とバルドでその運送業者から荷の行き先を聞き出す。ミリスとリィネは、集められた素材がどんな規模の陣になるか計算しておいてくれ」
俺の指示に、全員が静かに頷いた。
シィだけが、腕を組んだまま首を傾げている。
「……本当に行くの? ただの怪しい資材買い集めかもしれないのに」
「ただの買い集めならそれでいいじゃん! でも、もし誰かが困るようなことしようとしてたら、止める!」
俺がニッと笑うと、シィは深めにかぶったフードの奥で、あきれたように小さく息を吐いた。
「……ほんと、変な組織」
◆
それから数時間後。
シィの市場情報とバルドの聞き込みを突き合わせ、俺たちは東区の廃区画にある古い倉庫の物陰に身を潜めていた。
夕闇が迫る街角で、一台の荷車が静かに倉庫の裏口へ横付けされる。荷車には、商会や店を示す印が一切なかった。
中から出てきた灰色の衣服の男たちが、周囲を警戒しながら、小さな木箱をテキパキと運び込んでいた。
「……あった。あの箱、シィが言ってた導線資材のマークと同じだ」
物陰から覗き込んだ俺が囁くと、隣にしゃがんでいたリゼリアが氷の魔力を指先に宿しながら呟いた。
「小分けにして買っていた資材を、ここに集積しているのね……」
そのとき、男たちの一人が木箱を持ち上げた拍子に、積まれていた箱の角が滑り落ちた。
ガタッ!
湿った石畳に箱が傾き、隙間から中身の一部がこぼれ落ちる。
導線や粉末の袋に混じり、見慣れない鈍い色の金属片がいくつか転がり出た。
「おい、手元を狂わせるな! 『導く者』のお手元へ届ける重要物資だぞ!」
「す、すみません……! すぐに積み直します!」
低い怒鳴り声と共に、男たちは焦った様子で木箱を拾い上げ、倉庫の奥へ消えていった。
「……あんな金属片、普通の導線資材には入ってない……」
物陰で息を殺していたミリスが、不思議そうに首を傾げて呟いた。
「……ただの材料じゃない……何かのパーツ……」
「やっぱり、ただの買い物じゃないわね……」
リゼリアが緊張した面持ちで唇を噛む。
バルドが低い声で短く促した。
「おい、倉庫の巡回が来る。長居は無用だ、一度引くぞ」
俺たちは息を潜めたまま、音もなく倉庫の陰から離れた。
追っ手に気づかれることなく路地裏まで撤退したところで、シィが静かに声をかけてきた。
「……南市場は、これで確かめられたね」
「うん、バッチリだよ! でも、あのパーツ何だろ?」
「……気になるなら、もう一つ行く場所がある。工房街だ」
◆
俺たちはそのまま、夜の静けさに包まれ始めた工房街へと向かった。
鍛冶や魔導具の職人が集まる区画は、昼間の喧騒が嘘のように冷ややかな空気が漂っている。
リゼリアとリィネの手引きで、親交のある小さな魔具店の裏口を叩いた。
出てきた老職人にリィネが丁寧にお辞儀をし、ここ数日の取引の記録を見せてもらう。
「……ほら、ここを見てください」
リィネが差し示した帳簿の品目を、ミリスが小さな指先でなぞった。
「……接続金具……特定のものだけ……ここ三週間で、急に買われてる……」
リゼリアが神妙な面持ちで囁く。
ミリスはポケットからメモを取り出し、さっき倉庫で落とされた金属片の形と、帳簿の金具の数値を照らし合わせた。
そして、じっと二つの数値を交互に見つめた。
「……これ……さっきの倉庫のパーツと……形が似てる……」
「同じものなの?」
「……たぶん。でも……まだ、分からない。……導線と、この金具……一緒に使うものかもしれない……」
ミリスはメモをそっと握りしめ、眉をひそめた。
夜風が吹き抜ける路地裏で、シィがフードの奥から静かに俺たちを見つめる。
「……それと、西区の大きな問屋街でも、似たような不自然な購入があったらしいよ」
俺は二つの点を確認した自分の手を固く握りしめた。
南市場と工房街。俺たちが自分の足で確かめた二つの違和感。
王都の暗がりの中に落ちた「最初の点」は、一つだけではなかった。




