第62話:気になる客たち
王都東区の裏通り。
人通りの少ない日陰の路地に入ると、少女はいつもの木箱に腰掛けていた。
自身の身体よりも二回りも大きな、使い古された灰色のフード付き外套に身を包み、膝の上には小さな木彫りの動物を置いている。
手にしたナイフで表面を少しずつ削っていた少女だったが、俺たちの足音に気づいてピタリと手を止めた。
「いた!」
「やあ!」
「……また来たの」
「うん!」
俺が嬉しそうに手を振りながら近づくと、後ろからリゼリア、ミリス、バルド、レオンも続いて路地へ入ってきた。
少女は木箱から降りることなく、じっと俺たちを眺めている。
「今日は何?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
俺がそう言うと、少女はナイフを木箱の脇へ置いた。
「何の情報?」
「薬草の保存に使う箱を探してるんだ。湿気に強くて、できれば安いやつ」
少女は少しの間、顎に手を当てて考えた。
「……南市場の大通りから一本裏に入ったところ。古い木箱を扱ってる露店がある」
「そこがいいの?」
「蓋の噛み合わせが悪くない。値段も、そこまで高くないはず」
「へえ!」
俺は目を輝かせた。
「じゃあ、そこに行ってみよう!」
「……それだけ?」
少女がぽつりと尋ねてきた。
「え?」
「もっと安い店を探すとか。他に条件を聞くとか……」
「うーん?」
俺は首を傾げた。
「だって、聞きたいことはそれだけだし」
少女はしばらくの間、無言で俺を見つめた。
「……そう」
それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、情報料!」
俺が懐から銀貨を取り出すと、少女は受け取った硬貨を指先で確かめ、外套の内側へ滑り込ませた。
「ありがとう!」
「……別に」
「そうだ!」
俺は何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、今日はパンいる?」
「……いらない」
「そっか!」
俺があっさり頷くと、少女は少し不思議そうな顔をした。
「じゃあ、またな!」
「……うん」
俺たちはそのまま路地を出て行った。
少女はしばらく俺たちの背中を見送っていたが、やがて木箱の上へ戻り、ナイフを手に取り木細工へ再び刃を入れた。
◆
しばらくすると、別の足音が路地へ近づいてきた。今度は大人だった。
身なりの整った男が、周囲を油断なく確認しながら路地へ入ってくる。
「情報屋。聞きたいことがある」
少女は顔を上げた。
「……何?」
「西から入ってくる荷がある。明日の朝、どこを通る?」
「……銀貨三枚」
男は舌打ちしながら銀貨を取り出した。
「ほら」
少女は受け取った。
「西門から入る。大通りじゃない。北側の倉庫街を通る」
「それだけか?」
「……それ以上は知らない」
「チッ」
男は踵を返し、そのまま路地を出て行った。
少女は去っていく男を追わず、手元へ視線を戻して黙々と木細工を削った。
◆
南市場の裏手。
少女に教えてもらった露店を見つけた俺たちは、並べられた木箱を一つずつ確認していた。
「これかな?」
「……少し違う」
ミリスが箱の蓋を開け、内側の状態を確かめる。
「木が乾いている。隙間も少ない」
「じゃあ、こっちは?」
「……そっちは駄目。湿気を吸っている」
「なるほどなぁ」
バルドが感心したように箱を覗き込む。
「情報だけじゃなく、現物を見ればもっと分かるってわけか」
「……少女が言っていた通りの品なら、これが一番いい」
ミリスが一つの箱を手に取った。
店主に値段を聞くと、提示された金額は予想していたより安かった。
「これください!」
俺が代金を支払うと、箱を抱えたレオンが満足そうに頷いた。
「見事な采配でございました、クロノ様!」
「俺は何もしてないぞ?」
「それこそが深謀遠慮――」
「はいはい。行くわよ」
リゼリアがレオンの首根っこを引っ張っていく。
俺は笑いながら、その後を追った。
◆
買い出しを終えた帰り道。
俺たちは再び南市場を抜け、裏通りへ差しかかった。
「あ」
俺が足を止めると、リゼリアが振り向いた。
「どうしたの、クロノ?」
「あの子に言ってなかった! 箱、ちゃんと買えたって」
「……わざわざ言うの?」
「だって教えてもらったんだから! 良い箱が買えたって分かったら、あの子も嬉しいだろ?」
「……どうかしらね」
リゼリアは苦笑した。
路地へ入ると、少女はまだ木箱に座っていた。
「いた!」
少女が顔を上げる。
「……また来たの」
「うん!」
俺は買ったばかりの木箱を見せた。
「教えてもらった店、すごく良かったぞ!」
少女の視線が箱へ移る。
「……そう」
「蓋のところがぴったりしてて、ミリスが喜んでた!」
「……保存には使えそう」
ミリスも静かに頷く。
「……良い箱だった」
少女は二人の顔を順番に見比べた。
「……そう」
それだけだった。
「じゃあ、またな!」
「……うん」
俺たちは今度こそ路地を出て行った。
少女は木箱の上に残ったまま、しばらく動かなかった。
やがて、膝の上の木細工へ手を伸ばし、ナイフを握る。
遠ざかっていく足音が、路地の向こうへ消えていく。
少女の手が、一瞬だけ止まった。
誰もいなくなった路地の出口へ視線を向ける。
そして、何事もなかったように木細工へ刃を入れた。
「……変なの」




