第59話:五人目の七星
王都東区の静かな路地裏にある元材木倉庫へ、俺たちはリィネを案内していた。
「……あの、一つ聞いていいですか?」
周囲の建物を観察しながら歩いていたリィネが、ふと足を止めて尋ねてきた。
「なんだ?」
「この場所、アルヴァース商会から近すぎませんか? 歩いて十五分もかかりませんよ」
「え? 近いほうが買い出しとか便利じゃん」
「……秘密組織なのに、立地がずいぶん雑ですね」
「うっ……」
初手からの容赦ないツッコミに、俺は思わず言葉を詰まらせた。
◆
重い木製の扉を開けると、リィネは用心深そうに足を踏み入れ、ぐるりと室内を見回した。
高い天井、太い梁、そして壁際に広がる作業スペース。
「……思ったより広いですし、建物自体の作りの良さは見事ですね。元材木倉庫ですか」
「そうだ。強度と動線は俺が補強した」
腕を組んだバルドが応えると、リィネは感心したように頷いた。ここまでは高評価だった。
だが――奥の作業スペースへ進むにつれて、リィネの顔から急速に生気が失われていった。
「……ちょっと待ってください」
リィネは棚の前で足を止め、引き出しから魔導ペンを取り出した。
「この薬品は誰が管理していますか?」
「ミリス」
「使用量は?」
「……その都度」
「記録は?」
「……してない」
「…………」
リィネが無言になり、次の棚へ移動した。
「この金属素材は?」
「ミリス」
「購入時の単価は?」
「……たぶん」
「…………」
質問するたびに新しい地雷が発掘されていく。
リィネは深く深く溜め息をつくと、手提げ金庫を開けて完全に固まった。
「……金貨と銀貨と銅貨が交ざって放り込まれている……。小口出納帳もなければ、日々の引き出し記録もない……。あなたたち、本当に今までどうやって活動してきたんですか?」
「ハッ! 我らはこれまで、よくぞ奇跡的に生き残って参りましたな!」
「威張るなレオン」
頭を抱えたリィネは自前のペンを走らせると、腕をまくった。
「……この箱、空いていますか?」
「え? うん、空いてるけど……」
リィネは返事も待たずに、棚の伝票を手際よく仕分けし始めた。
その様子を見て、リゼリアが呆れ顔で囁いた。
「……始まったわね」
◆
リィネの整理整頓は止まらなかった。
「ミリスさん。この金属素材、購入単価の記録が途中で変わっていますね」
「……それは純度が少し違います。安かった方は不純物が多いです」
「なら、分けて保管しましょう。混ざると試作品の精度に影響が出ます」
「……分かりました。棚の右側に区画を作ります」
素材の知識を持つミリスと、在庫と価格を管理するリィネ。二人の手が淀みなく動き、素材棚があっという間に美しく整理されていく。
続いてリィネは、壁際に積まれた重い木箱を指差した。
「レオンさん。この箱、あちらの壁際まで運べますか?」
「無論! この程度、我が身には造作もないことです!」
レオンが重い箱をヒョイと持ち上げ、指定の場所へドスンと運んだ。
「……助かります。重厚な運搬能力ですね」
「な、何と! 我が力が認められた……!」
誇らしげに胸を張るレオンに、俺は「いや、普通に荷物運びだけど……」と苦笑した。
さらにリィネが、出入口付近の棚を見て眉をひそめた。
「この棚、出入口を半分塞いでいますね。緊急時に邪魔です」
「それは俺も気になってたんだ。逃げ道が潰れる」
バルドが頷くと、リィネは即座に指を差した。
「では、奥の壁際へ移動しましょう」
「おう」
危険管理のバルドと配置効率のリィネが、手際よく棚を移動させた。
◆
作業の途中で、リィネが作業台の奥にある小さな木箱を手に取った。
「ところで……この箱に入っている紙束は?」
「あっ、それは俺の大事なもの!」
俺が慌てて手を伸ばしたが、リィネはすでに箱を開けて中身を覗き込んでいた。
そこに入っていたのは、俺が考えた『格好いい組織の紋章案』や『カッコいい作戦名一覧』のメモだった。
「…………これは?」
「組織の重要書類!」
「ただの遊びの記録よ」
「我が組織の歴史書でございます!」
三者三様の回答に、リィネは引きつった顔で沈黙した。
「……そちらは、後で整理しましょう」
一通り室内を動かしたリィネは、俺たちに向き直ってハッキリと言った。
「……私が見ていないと、本当に危ないですね。この組織」
「え?」
「私はアルヴァース商会を辞めません。ですが……外部の顧問として、定期的にここへ立ち寄ります。帳簿の監査と仕入れの指定、管理の指導を行います」
リィネは俺をまっすぐに見つめ、手を差し出してきた。
「……私に任せてください。無駄な出費も、ズサンな管理も、全て正してみせます」
「ほんと!? よろしく頼むよ、リィネ!」
俺が握手を交わすと、リィネは少し照れくさそうに「……商会の仕事の合間だけですからね」とそっぽを向いたのだった。
「では、本日はこれで失礼します」
「おう、気をつけてな!」
◆
リィネが商会へ戻っていった後。
俺は壁に貼られた羊皮紙の前に立った。
墨をつけた筆を持ち、ゆっくりと書き換える。
『七星:四人』
その『四人』の文字を二本線で消し、力強く新しい数字を書き込んだ。
『七星:五人』
「よし!」
墨が乾く前に、俺は筆を置いた。
「あと二人だ!」
戦うレオン、魔法と薬草のリゼリア、道具を作るミリス、危険を察知するバルド、そしてお金と物資を正しく管理するリィネ。
俺たちの『クロノ・ヴェール』は、また一つ確かな形となって前へと進み始めていた。
――そして、後日。
久しぶりに基地の作業台へ向かった俺は、そこに並べられた見慣れぬ「三冊の新しい帳簿」を見て固まった。
「……なにこれ?」
一番上の帳簿には、綺麗な文字でこう書かれたメモが添えられていた。
『本日より、品目ごとに分けて使用してください。リィネ』
「リィネが置いていったのよ。買い出しの伝票、全部書き直すようにって」
リゼリアが薬草を磨きながら、事もなげに言った。
「いつの間に!? 帳簿三冊って……」
「ハッ! さすがは五人目の七星! 我らのたるんだ管理に喝を入れられるとは!」
「感心してないで手伝ってよレオン!」
俺の叫び声が、今日も秘密基地に響き渡っていた。




