↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/121

第58話:アルヴァースの若手商人

「……は? 秘密組織……?」


引きつった顔で後ずさりする彼女に、俺は慌てて両手を振りかざした。


「待って待って! 秘密組織って言っても、悪いことをする怪しい集団じゃないから!」

「十分怪しいです! 申し訳ありませんが、お断りします!」


サッと身を引いて逃げ出そうとする彼女に対し、俺は思わず前へ出た。


「えっ、まだ何も頼んでないよ!?」

「秘密組織でしょう!? 犯罪や危険な取引に巻き込まれるのは御免です!」

「だから悪いことする組織じゃないってば!」

「秘密組織なのに、悪いことをしないんですか?」

「……しない」

「では、なぜ秘密なんです?」

「……カッコいいから?」

「…………」


彼女は完全に引きつった目で固まった。

後ろからリゼリアが呆れ果てた溜め息を吐きながら、俺の肩を叩いた。


「クロノ、余計なことを言わないの。……あなた、安心して。この子の言う『秘密組織』っていうのは、ただの子供のごっこ遊びみたいなものだから。あなたが考えているような犯罪組織じゃないわ」

「ハッ! 我らはボスを頂点とする高潔なる暗躍組織! 決して下悪な盗賊の類では――」

「レオン、お前は黙ってろ!」


レオンを押し下がらせると、横からバルドが深々と溜め息をつき、一歩前に出た。


「……落ち着け、お嬢さん。俺も元はギルドに所属する普通の冒険者だ。このガキどもは見ての通り頭のネジが数本飛んでるが、悪党じゃねぇよ。お前に危害を加える気もねぇ」


無骨なベテラン冒険者のバルドが落ち着いた声でフォローすると、彼女は少しだけ警戒を解き、怪訝そうに眉をひそめた。


「……本当に、怪しい犯罪に加担させようというわけではないのですね?」

「絶対に違う! 俺たち、本気で買い出しやお買い物の管理で困っててさ。……ねぇ、人目の多いあそこの茶店で、少しの時間でいいから話を聞いてくれない?」


彼女は俺たち五人を順番に見比べ、しばらく迷った末に頷いた。


「……人目の多い茶店で、短時間なら」


 ◆


商会の近くにある落ち着いた茶店に入り、俺たちは壁際のテーブル席に腰を下ろした。


温かい茶が運ばれてくると、彼女は姿勢を正し、改まった様子で口を開いた。


「私はアルヴァース商会で仕入れと帳簿を担当している、リィネと申します。それで……困っていることとは?」

「俺はクロノ。で、こっちがレオン、リゼリア、ミリス、バルドさん」


簡単に自己紹介を済ませると、リゼリアがカバンから作業台のメモを数枚取り出し、テーブルの上に広げた。


「これを見てほしいの。私たちが王都の市場で買った薬草や資材の記録なんだけど……」


リィネは差し出されたメモに目を落とした瞬間、ピクッと眉を動かした。

そして次の瞬間、引き出しから自前の魔導ペンを取り出すと、メモを指差し始めた。


「……なんですかこの記録は! 仕入れ先の店舗名が書かれていませんよ!?」

「え? だって市場の露店で買ったし……」

「購入した日付は!?」

「たぶん……三年前」

「たぶん!? 数量の正確な記録は!?」

「えーっと……一袋くらい?」

「記録がない……!」


先ほどまでの警戒心はどこへやら。リィネは、乱雑な記録を見つけるたびに質問を重ねていった。


「仕入れ先も日付も数量も曖昧では、次に同じものを買う時に比較検討できません! 保管場所の湿度管理はどうなっていますか!?」

「そこまで必要なの……?」

「必要です」

「……即答だな」

「必要なので!」


リィネは勢いそのままに、ミリスがカバンから取り出してテーブルに置いた薬草の小袋へ視線を向けた。


「……では、保管している実物は? この薬草、購入してから何日目ですか?」

「……四日目です」

「保存容器は?」

「……普通の布袋です」

「蓋のない布袋……」


リィネが無言になり、頭を抱えた。


「……湿気の多いこの季節に布袋保管では、すぐに品質が落ちます。これは早めに使い切るしかありませんね」

「……私も、そう思います。次回からは密閉型の木箱を用意すべきです」


ミリスがぽつりと同意すると、リィネはハッとしてミリスを見た。

仕事人同士の視線が交差し、互いの着眼点に小さな納得が生まれていた。


 ◆


さらにリゼリアが、別のメモをテーブルに滑らせた。


「それと、これなんだけど……前に買った時より、この触媒の値段が二割高かったの。同じ量で、品質も同じだったのに」

「……確認します」


リィネはメモを睨みつけ、仕入れの時期や購入した露店の場所を細かく尋ねていった。

そしてペン先でトントンと紙面を叩く。


「この露店、以前は市場の北側の卸業者から素材を仕入れていたはずです」

「分かるの!?」

「王都でこの量の触媒を扱える卸は限られますから。……モノ自体は信じられないほど高品質です。それなのに、仕入れと保管にずいぶん無駄がありますね」

「えっ?」

「北側の卸が一時的に在庫を切らし、西側の遠い業者から中継を入れて買い付けたため、運送費が上乗せされています。露店側が損をしないよう、その分を販売価格に転嫁したのでしょう」


一瞬で背景の流通ルートを読み切ったリィネに、俺は目を丸くした。


「すげぇ……!」

「いえ、普通です。商売をするなら、この程度の流れを読むのは当然ですから」


素っ気なく答えるリィネだったが、周囲から「細かすぎる」と嫌がられていた彼女の計算能力が、ここでは完璧な正解として役に立っていた。


しかし次の瞬間、リィネはペンを止め、ジッと俺たちを見つめた。


「……ところで」

「ん?」

「あなた方は、何を商売にしているのですか?」

「商売?」

「はい。これだけの高品質な道具を使い、薬品を扱い、資材を購入している。なのに……収入と売上の記録が一切ありません」


リィネの鋭い査定の目が、俺たち全員を射抜いた。


「活動資金はどこから出ているのですか? どのような事業で利益を得ているのですか?」

「…………」


俺は黙り込んだ。

横を見ると、リゼリアも気まずそうに目を逸らし、バルドは茶を飲みながら知らん顔をしている。


「……そこを聞かれると痛ぇな。俺も知らん」

「バルドさん!?」

「あなたたち、本当に大丈夫なんですか……? 資金繰りが破綻していませんか?」


リィネの真っ当すぎる突っ込みに、俺は少しだけ胸を張った。


「大丈夫だよ!」

「その根拠は!?」

「……大丈夫だから?」

「全然大丈夫じゃないわね」


リゼリアの冷ややかなツッコミに、リィネは呆れて深く溜め息をついた。


 ◆


俺は姿勢を正し、リィネに向かってまっすぐに言った。


「リィネさんさ。俺たちの活動の買い出しや仕入れの相談に乗ってくれない?」

「……相談役、ですか?」


リィネは眉をひそめた。


「アルヴァース商会を辞める必要はないよ。俺たちが大きな買い出しをしたり、資金のことで困ったりした時だけ、外部のアドバイザーとして知恵を貸してほしいんだ」

「商会を辞めなくてもいい……?」


リィネは戸惑うように首をひねった。


「でも、私には商会での仕事があります。それに……怪しげな組織の専属になるなんて」

「俺たちには『七星』っていう役割があってさ。みんな得意なことが違うんだ。だから、お買い物の計算が得意なリィネに、困った時だけ手伝ってほしいんだよ」


リィネは呆れたように息を吐いたが、テーブルの上のメモとミリスの道具へ視線を落とした。


商会では「細かすぎる」「融通が利かない」と疎まれてきた自分の能力。

だが目の前の怪しげな五人は、その「細かさ」を笑わず、心から頼りにしていた。


「……正式に加わる、という話ではありませんよね?」

「うん。俺たちが困った時に助けてくれればいい」


リィネはしばらく黙ってメモを見つめ、静かにペンを収めた。


「……一度、そちらの拠点を見せてください。実際の保管状況や帳簿を見てから、判断します」

「ほんと!? よっしゃあ!」


俺が喜んで声を上げると、リィネは「まだ受けると決めたわけではありませんから」とツンと横を向いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。