第57話:五人目の七星候補
秘密基地の壁に貼られた羊皮紙を前にして、俺たちは頭を悩ませていた。
「……商人かぁ」
俺は壁の『七星:四人』という書き込みを見上げ、うーんと腕を組んだ。
「でもさ、商人ってどうやって探せばいいんだ? 冒険者ギルドや裏通りの情報屋とは全然違うだろ?」
俺が素朴な疑問を口にすると、薬品瓶の整理をしていたリゼリアが呆れたように振り返った。
「あなたね……足元を見なさいよ。アルヴァース商会に誰かいないの?」
「……アルヴァース商会?」
「あなたの実家の商会でしょうが」
「いや、それは分かってんだけどさ……」
俺が露骨に嫌そうな顔をすると、となりのレオンが即座に身を乗り出してきた。
「なるほど……! ご家族に我ら『クロノ・ヴェール』の存在を知られることを警戒し、敢えて実家の力を頼らぬおつもりですな! さすがボス、深謀遠慮でございます!」
「いや、そうじゃなくてさ。実家に行くと『最近何してるんだ』とか親に色々聞かれそうだし……俺たちの秘密基地のこと、あんまり知られたくないんだよ」
「それだけなの……?」
リゼリアが溜め息をついたが、すぐに腕を組んで言った。
「だったら、商会の中で働いている人たちを遠くから見に行けばいいじゃない。あなたが親と直接顔を合わせなきゃいいだけの話よ」
「……それなら、まあ」
「決まりだな。俺も大手の商会がどういう仕事をしてるのか興味がある」
「……行ってみましょう。素材の流通ルートも気になります」
バルドとミリスも頷き、俺たちは王都中央区にあるアルヴァース商会へと向かうことになった。
◆
王都中央区に建つアルヴァース商会の本社は、相変わらず活気に満ち溢れていた。
立派な石造りの建物の前には馬車が何台も付けられ、荷の搬入や商人たちの行き交う声が飛び交っている。俺たちは目立たない私服姿で、通りに面した広大な検品場へと回った。親に見つからないよう、柱の陰からひっそりと様子を窺う。
そこで書類を挟んだ板を抱え、荷馬車の前に立っていたのは、一人の若い女性商人だった。
「……こちらの仕入れ、この提示額では全てを買い取ることはできません」
「なんだと!? まとめ買いなら市場より一割も安いんだぞ! 得だろうが!」
大柄な取引先の業者が声を荒立てるが、彼女は顔色ひとつ変えずに言った。
「確かに単価は安いですが、今月必要なのはこの三割だけです。残りを今買い抱えれば、倉庫の保管費がかさみます。今の在庫状況なら、来週別の便で必要な分だけ調達する方が商会全体としての出費は抑えられます」
「う……ぐ……!」
感情に流されず、利益と保管費のバランスを淡々と突く彼女の姿に、業者はぐうの音も出ずに引き下がっていった。
続いて別の業者が持ち込んできた薬草の袋を開けた彼女は、中身を一つ手に取り、真剣な目つきで指先を滑らせた。
「……これ、前回の納品分と違いますね」
「同じ薬草だ! なにを言ってる!」
「品種は同じですが、乾燥が甘いです。この状態で保管すれば、数日でカビが生えて痛みます」
業者も気まずそうに目を逸らすのを見て、柱の陰のミリスが小さく頷いた。
◆
さらに彼女は、デスクに戻ると手元の帳簿に目を落とし、細い指で数字をなぞった。
「……この数字、おかしいです」
「何がだ?」
通りかかった上司の男が足を止める。彼女は帳簿を指差してハッキリと言った。
「先月の輸送費です。同じ街道、同じ重量の荷物なのに、この一便だけ費用が二割膨らんでいます」
「関所の手数料でも上がったんじゃないか?」
「それなら同じ時期の他の便も上がっているはずです。この便だけ、本来必要のない中継所を経由して無駄な積み替えを行っています。誰の手配ですか?」
「……くっ。お前の計算は確かに正しい。だがな、商売ってのは帳簿の数字だけで割り切れるもんじゃないんだよ。多少の誤差より、取引を早く成立させる方が大事な時もある」
上司に苦言を呈され、彼女は「……分かっています」と静かに頭を下げた。
融通が利かないと呆れられつつも、彼女は帳簿の数字から一切目を逸らさなかった。
柱の陰で一部始終を見ていた俺は、ぽつりと呟いた。
「……あの人、なんか面倒くさそうなことを全部ちゃんと調べてるな」
すると、レオンが感動したように目を輝かせた。
「素晴らしい……! 面倒くさそうなのではありません! あれほど僅かなコストのズレから取引全体のリスクを見抜くとは……! ボスは彼女の秘めたる商才を一目で見抜かれたのですな!」
「だから違うって。俺は単に『あの人に買い物を任せたら、俺たちすげぇ楽になりそうだな』と思っただけだぞ」
「……また始まったわね」
リゼリアが呆れ顔で笑ったが、バルドも顎を擦りながら頷いた。
「だが、あのガキの言う通りだ。派手な儲け話より、ああいう地味な損を見逃さねぇ奴が一番強い」
よし、と俺は腕をまくった。
「ちょっと話しかけてみるか」
◆
検品作業が一区切りつき、彼女が路地裏の休憩スペースへ向かったところを、俺たちは追った。
「ねぇ、お姉さん」
「……はい?」
突然声をかけられた彼女は振り返り、フードを目深に被った俺たち五人を不審そうに見つめた。
「さっきの人、怒ってたけど……あれ、買わなくて良かったの?」
俺が素直に尋ねると、彼女は面食らった様子を見せたが、真剣な目つきで答えてくれた。
「はい。無理に買わなくても、商会にとってはそっちの方が損失が少ないので」
「そっか」
俺は少し考えてから、ニッと笑った。
「じゃあ、ちゃんとお得なものを選べるんだな」
「……え?」
彼女がハッと目を見開く。
周囲からは「細かすぎる」「面倒だ」「融通が利かない」と扱われていた自分が、目の前の少年にまっすぐ「ちゃんとお得なものを選べる」と言われたのだ。
彼女は少し緊張を緩め、首をひねった。
「……あなたたち、何者なんですか?」
「俺たちは買い出しやお金の管理で困っててさ。手伝ってほしいんだよ」
「手伝う……? 私、アルヴァース商会の者なんですけど……」
俺は少しだけ胸を張った。
「俺たちは――クロノ・ヴェールだ」
「……クロノ・ヴェール? どこの商会ですか? 聞いたことがありませんが……」
俺はニッと笑って、声を潜めた。
「商会じゃないよ。……秘密組織!」
彼女は俺たち五人の怪しすぎる格好と雰囲気を交互に見比べ、引きつった声で呟いた。
「……は? 秘密組織……?」




