第55話:四人目の七星
日を改め、俺たちは四人全員で王都西区の安酒場『赤銅亭』を訪れていた。
店に入ると、レオンが「ボス、バルド殿はあちらです」と指差した。
いつものように薄暗いカウンターの端で、バルドが一人で静かに麦酒を呑んでいた。
俺たちが近づくと、バルドはジョッキを置き、呆れたように口元を緩めた。
「……本当に全員で来たのか」
「おう! 約束通り、迷った時の話をしに来たぞ!」
「ハッ、物好きなガキどもだ。……おい、立ち話も何だ。カウンターじゃ狭い、あっちのテーブルに移るぞ」
バルドはジョッキを持ち上げると、壁際にある少し大きめのテーブル席へ俺たちを促した。
俺たちはバルドに向かい合うように席についた。
◆
「で?」
バルドがジョッキを傾けながら尋ねてきた。
「あの森で、最初に何をやらかした?」
「地図がなかった!」
「……最初からかよ」
俺の即答に、バルドは思わず手で顔を覆った。
「私からも厳重に注意しておきましたわ。野外の知識もなしに突き進むのは無謀だと」
「しかしご安心を! 私は木に目印を――」
「枝を切って散らかしただけだっただろ」
「……ぐぬぬ!」
レオンが大真面目に胸を張るのを、俺が即座にツッコむ。
バルドはレオンの様子を見て、くっくっと肩を揺らして笑った。
「目印のつもりが枝を散らかしただけか。……お前、本当にそれで分かると思ったのか?」
「当時は、そのように……」
「思ってたんだな」
「……はい」
撃沈するレオンの横で、ミリスが静かに口を開いた。
「……職人の世界でも、準備不足で危険に飛び込むのは一番の愚策とされています。引き返した判断は正解でした」
「……まあ、迷子になったこと自体はどうしようもねぇド素人だが、そこで無理に進まずに足を止めたのは悪くねぇ。冒険者ってのは、分からねぇ場所で意地張ったら終わりだ」
バルドの言葉に、俺はまっすぐに彼の目を見つめた。
「……それが、バルドさんの言ってた『引くべき時に引く』ってこと?」
「そうだよ。分からなくなったら引く。それが出来ねぇ奴から死んでいく」
バルドが重みのある声で語ると、俺は深く頷き、まっすぐに言った。
「バルドさんさ。よかったら、俺たちの仲間にならない?」
◆
バルドは片目をわずかに細め、俺の顔をじっと見つめた。
「……仲間、だと? お前ら、冒険者として俺を雇う気か?」
「ううん、雇うんじゃなくて『七星』の四人目になってほしいんだ」
「シチセイ……? 何だそれは」
「俺たちの組織『クロノ・ヴェール』の幹部みたいなもんだよ」
俺はテーブルに肘をつき、素直な気持ちを言葉にした。
「俺、強い人を探してたわけじゃないんだ。森で迷って分かったんだよ。俺たちには、知らないことが多すぎるって」
「……」
「だからさ、危ない現場に行った時に『ここは戻ろう』って安全に言ってくれる人が必要なんだ。英雄みたいな強さじゃなくて、バルドさんが一番向いてると思う」
バルドはしばらく口を閉ざし、俺の目をじっと見つめ返していた。
冒険者ギルドでは『腰抜け』と嘲笑され、誰からも評価されなかった自分の戦い方。
それを、目の前の少年は「一番必要な役割」だと呼んでくれたのだ。
バルドは小さく息を吐くと、呆れたように首を振った。
「……まあ、お前らみたいな危なっかしいガキどもを見てると、誰かが見張ってねぇと全滅しかねねぇからな。現場の監督役くらいなら、引き受けてやるよ」
「うおー! まじで!? よっしゃあ!」
俺が歓声を上げると、レオンも感無量といった様子で胸を張った。
「フフフ……我が組織に、また一人頼もしい同胞が加わりましたな!」
「よろしくお願いいたします、バルドさん」
「……頼りにしてるわ、ベテランさん」
ミリスとリゼリアも柔らかく微笑み、バルドは「へっ、気楽に呼んでくれ」と武骨に首を掻いたのだった。
◆
その日の夕方。俺たちはバルドを連れて、王都東区にある新しい秘密基地へと戻ってきた。
旧材木倉庫を改造した真新しい木扉を開け、中へ案内する。
「ここが、俺たちの秘密基地!」
バルドは足を踏み入れると、部屋の中をゆっくりと見回した。
壁際には道具や資材が整然と分類されて整理され、作業台にはミリスの手仕事による工具や精密部品が整えられて並んでいる。となりの棚にはリゼリアの薬草瓶や分厚い研究資料が収まり、奥にはレオンの訓練用備品が綺麗にまとめられていた。
外から見ればどこにでもありそうな普通の建物だが、中には四人の生活と役割が凝縮されていた。
「……思ったより、ちゃんとしてるじゃねぇか」
バルドは棚に並んだ手入れの行き届いた道具類に触れ、感心したように口元を緩めた。
「だろ?」
俺はちょっとだけ胸を張ると、壁の一番目立つ場所へと歩み寄り、貼られた『クロノ・ヴェール組織図』の羊皮紙を取り出すと、魔導ペンを握りしめた。
そこには、こう記されている。
『七星:三人』
俺はその『三人』という文字を力強く横線で消し、その上に大きく書き加えた。
『七星:四人』
「よし! 四人目、完成!」
レオンが深く頷き、リゼリアがフッと笑い、ミリスが静かに拍手を送る。
バルドはその貼り紙を見上げ、可笑しそうに鼻で笑った。
「七星、ねぇ……。あと三人、どんな連中が集まるのか楽しみだな」
俺たちの賑やかな笑い声が、新しい秘密基地の中に響き渡った。
こうして『クロノ・ヴェール』に、四人目の七星・バルドが静かに加わったのだった。




