第52話:四人の一年
ミリスが『クロノ・ヴェール』の仲間になってからというもの、秘密基地には四人が集まるのが当たり前になっていた。
古びたボロ倉庫の中は、ミリスの手によって少しずつ手が加えられ、居心地の良い日常の拠点として定着し始めていた。
指向性ベルの設置角度が見直されて室内全体に心地よく響くようになり、可動式魔力ランプの壁掛け台が作られ、作業台の上もすっきりと整理されている。
「……うん、ベルの音響効率も良好です。これで作業を邪魔しません」
ミリスがハシゴから下りてポツリと言うと、リゼリアが試薬瓶から目を離さずに満足そうに頷いた。
「助かるわ、ミリス。おかげで試薬の精製に集中できるわ」
「お任せください」
作業台の端では、俺が木箱に腰掛け、新しい小道具のアイディアを羊皮紙に書き殴っていた。となりに立つレオンは、腕を組んで感無量といった様子で深く頷いている。
「フフフ……職人の技が加わり、我が組織の拠点も着実に進化を遂げておりますな、ボス!」
「まあな! ボロ倉庫だけど、居心地は最高だぞ!」
四人で過ごす時間は、少しずつ賑やかになっていった。
◆
だが、四人も集まれば、ちょっとした「生活の違い」も出てくる。
ある日の昼下がり。
俺が木箱の上でシャリッとリンゴをかじっていると、レオンが「ボス、食事でしたらこちらを!」と、実家から持ってきたらしき重厚な重箱を開けて見せた。中には豪華な肉料理や色鮮やかな料理が詰まっている。
「うわ、相変わらず豪勢だな……」
「ボスの健康を預かるのも配下の務め! どうぞお召し上がりください!」
となりの作業台を見ると、ミリスは手袋を外して、小さく切り分けた固めのパンを無言で咀嚼していた。作業の手を止めずに食べられる、質素だが効率的な食事だ。
一方のリゼリアは、分厚い羊皮紙の山を片手でめくりながら、焼き菓子を齧って紅茶を啜っている。
「なんか、みんな食べるものバラバラだな」
俺が言うと、ミリスがぽつりと答えた。
「……作業中に食べやすいものを選んでいるだけです」
「私は研究の邪魔にならないものを選んでいるだけよ。レオンが異常なの」
「なんですと!? これぞヴァルハイト家に伝わる精進料理でございますぞ!」
ワイワイと口論する二人を眺めながら、俺は「……まあ、四人いると賑やかでいいか」と笑った。
ある日は、俺が思い立って『秘密基地使用規則』なんてものを羊皮紙に書いて壁に貼ろうとした。
『一、薬品を食べ物の近くに置かないこと(リゼ案)』
『二、工具は使ったら必ず元の場所へ戻すこと(ミリス案)』
『三、訓練用の木剣を通路に放置しないこと(レオン案)』
『四、ボスの机には勝手に触らないこと(クロノ案)』
「……クロノ。最後の一条、あなたが得するだけじゃない」
「ボスに対する当然の敬意でございますな!」
「あなたは黙っていなさい、レオン」
そんな他愛もないやり取りが、俺たちの日常になっていた。
◆
季節が移り変わり、俺たちは王都の裏通りで小さな「街の困りごと手伝い」も試してみた。
「なぁ。せっかく四人になったんだし、何か『クロノ・ヴェール』っぽい活動をしてみようぜ! ほら、闇の組織だって地元に貢献しておいた方が怪しまれないだろ?」
俺の思いつきで始めた活動だったが、これが意外なほどスムーズに回った。
古い魔導コンロを前に困っていたおばあさんの道具をミリスが即座に修理し、狭い路地裏での重い荷物運びをレオンが軽々とこなし、怪しい裏通りの案内で迷子になりかけた子供をリゼリアが魔法の光でさりげなく導く。
大げさな魔物退治や大事件じゃない。
けれど、現場へ戻る道すがら、俺はふと思った。
「……なんかさ、四人いるとマジで便利だな」
「……何がでございますか、ボス?」
「レオンは戦えて荷物も持てる。リゼは魔法が使える。ミリスは道具を作ったり直せる。……なんか、俺たち結構いいチームじゃね?」
「ふふ……今更気づいたの?」
リゼリアが呆れたように笑い、ミリスもほんの少しだけ口元を緩めた。
四人それぞれの役割が、知らず知らずのうちに自然と噛み合い始めていた。
◆
だが、そんなある日のことだった。
王都に、土砂降りの強い雨が降った日のことだ。
俺たちは四人とも外に出られず、ボロ倉庫の中で雨宿りを兼ねて集まっていた。
外を叩く激しい雨音の中、天井から――
ポタ……ポタ……。
「……雨漏りしてるわね」
リゼリアが本を閉じ、天井を見上げた。
ミリスが無言で立ち上がり、作業台の隅にあった金属の桶をポタポタ落ちる水滴の下へサッと置いた。
コン、コン、と寂しい音が倉庫に響く。
「ハッ! 私が屋根に登って直してまいります!」
「待ちなさいレオン! あなたがそんな重い装備で上に登ったら、屋根ごと床が抜けるわよ!」
「ぐぬぬ……!」
「秘密基地って、雨漏りまであるのかよ!」
俺が頭を抱えると、ミリスが天井の歪んだ木組みを見上げながら、ポツリと言った。
「……この建物、そろそろ限界かもしれませんね」
雨漏りだけではなかった。
ミリスが持ち込む加工用の金属片や工具類。リゼリアが買い込む薬草の乾燥束や積み上がった研究資料。レオンの訓練用木剣。そして俺が集めた小道具。
物理的にも、狭さと老朽化のダブルパンチで、この原点のボロ倉庫は限界を迎えていたのだ。
「……よし!」
俺は二滴目の水滴が桶に落ちる音を聞きながら、ぽんと手を叩いた。
「引っ越そうぜ! もっと広くて頑丈な秘密基地にさ!」
◆
雨が上がった数日後。
俺たちは王都東区の端で見つけた、小さめの旧式材木倉庫へと拠点を移すことにした。
古い建物ではあるが、前のボロ倉庫の倍以上の広さがあり、天井も高く、雨漏りの心配もなく、丈夫な手作り棚まで備え付けられていた。
荷車から次々と荷物を運び込みながら、俺は声を響かせた。
「うおー! ひろーい!」
埃っぽい空気が舞う中、四人での引っ越し作業が始まった。
「ハッ! 重い荷物はすべて私にお任せください!」
レオンが大きな荷物を二人分まとめて軽々と担ぎ上げる。
ミリスは持参した工具箱を開けると、テキパキと新しい作業台の組み立てと調整を取り仕切った。
「……作業台は窓際に設置します。光量と換気が確保できますから」
「そうね。私の薬草棚とその資料箱は、そのとなりに置くわ」
二人の手際があまりにも良すぎて、俺とレオンが運搬を終える頃には、部屋の配置が見事に出来上がっていた。
前よりずっと広くなった室内に、ミリスの工具や加工台、リゼリアの試薬棚、レオンの鍛錬スペース、そして俺のつくえが綺麗に収まっている。
「すげぇ……前よりめちゃくちゃ『基地』っぽい!」
俺は大満足で声を上げると、新しい壁の一番目立つ場所へと歩み寄り、前の基地から剥がしてきた『クロノ・ヴェール組織図』の羊皮紙を慎重に貼り付けた。
そこには、こう記されている。
『七星:三人』
ミリスがその紙を静かに見上げ、ポツリと呟いた。
「……立派な貼り紙ですね」
「だろ? 俺たちの新しいお城だ!」
俺が笑うと、ミリスもほんの少しだけ口元を緩め、「……はい」と静かに頷いてくれた。
◆
そして、季節は巡った。
あの日、ミリスが仲間になってから、一年。
新しい秘密基地では、今日もいつものように四人が顔を揃えていた。
棚にはミリスが作った新しい改良魔道具が整然と並び、となりのテーブルではリゼリアが一段と複雑になった魔法式を解読している。レオンは外で相変わらずの熱血素振りに励んでいた。
「……なんか、最初よりずっと基地らしくなったな」
俺が木箱に腰掛け、リンゴをかじりながら呟くと、本から目を離さずにリゼリアが答えた。
「基地が広くなって、物が増えただけでしょう」
「それでも基地は基地だろ?」
「……まあ、そうね」
リゼリアは呆れたように肩をすくめたが、その表情はとても柔らかかった。
俺は壁に貼られた『クロノ・ヴェール組織図』の紙を見上げた。
『七星:三人』
最初は二人だった。
今は三人。
まだ、空いている席は四つある。
「……まあ、急ぐ必要はないよな」
俺はリンゴをかじった。
「俺たちは、俺たちのペースでやればいい」
新しい秘密基地の中に、四人の声が賑やかに響いていた。
まだ、七星は三人。
でも――今は、それで十分だった。




