第51話:新しい仲間
夕闇が迫るいつもの秘密基地。
古びたボロ倉庫の木机の上には、ここ最近で手に入れた小道具たちが静かに並んでいた。
ミリスに改良してもらった指向性ベル。上部の可動カバーで照射範囲を絞れる魔力ランプ。そして、先日大成功を収めた精霊銀の螺旋回路入り試薬抽出器具。
ランプの柔らかい光を浴びながら、俺はそれらの道具を順番に眺めていた。
「……気づけば、この秘密基地の中、ミリスさんが作ってくれたものばっかりだな」
俺がポツリと呟くと、横で研究資料を整理していたリゼリアが手を止め、フッと表情を緩めた。
「ええ。指向性ベルのおかげで合図の漏れを気にする必要もなくなったし、抽出器具のおかげで私の研究効率は跳ね上がったわ。……あの人の仕事は、本当に完璧よ」
「だろ?」
俺は木箱の上に腰掛け、うーんと腕を組んだ。
「なぁ。だとしたらさ……毎回毎回、こうやって『依頼人』と『職人』として話して代金を払うの、なんか遠回りな気がしないか?」
「……どういう意味かしら?」
「いや、ミリスさんが仲間になっちゃえば、もっと気軽に色んな道具の相談ができるじゃん。それに……ミリスさん自身、リゼと一緒に新しい道具の実験をしてる時、なんか楽しそうだったし」
リゼリアが驚いたように目を見開く。
となりに立っていたレオンもまた、カッと瞳を深く輝かせた。
「ボス……! ついに、あのお方を『クロノ・ヴェール』へお迎えするご決意を……!?」
「いや、大層な勧誘じゃなくてさ。『一緒に面白いもの作ろうぜ』って誘うだけだけど。……よし、さっそく工房に行ってみようぜ!」
俺はニカッと笑うと、秘密基地をあとにした。
◆
夕暮れ時の第三魔道具工房。
いつものように職人たちの忙しない金属音が響く中、奥の作業台では、ミリスが黙々と部品のバリ取りを行っていた。
俺たちが近づくと、ミリスは作業の手を止め、静かにこちらを見上げた。
「……また来ましたね。何か道具に不都合でも?」
「ううん! 全然! 今日はさ、ちょっとミリスさんに話があって来たんだ」
俺は作業台の前に立ち、まっすぐにミリスの目を見つめた。
「ミリスさんさ。よかったら、俺たちの仲間にならない?」
工房の空気が、一瞬だけ止まった気がした。
横のレオンは生唾を飲み込んでガチガチに緊張しており、リゼリアは「……あなた、本当にそういうところだけは躊躇しないわね」と頭を押さえている。
ミリスは無表情のまま、作業台の工具から視線を上げ、少しだけ首をかしげた。
「……仲間、ですか。今の工房を辞めて、そちらへ移籍するということでしょうか?」
「え? なんで工房を辞めるの?」
「……え?」
「工房の仕事は普通に続ければいいじゃん。俺たちも必要なときに依頼するし、ミリスさんが『これ面白そうだな』って思ったら、秘密基地に来て手伝ってくれればいいだけでさ」
ミリスはパチパチと目をまばたかせた。
「……なぜ、私なんですか? 腕の立つ職人なら、王都には他にいくらでもいます」
「だってさ、ミリスさん、道具を作るのがめちゃくちゃ凄いじゃん」
俺は迷いなく即答した。
「それに……リゼと一緒に作業してる時のミリスさん、なんか楽しそうだったしさ。あんな風に、もっと色んな面白いものを作るところを見てみたいんだよ」
ミリスは口を閉ざし、手元の作業台へ視線を落とした。
そこには、先ほどまで作業していた単純な量産部品が並んでいる。
だが、ミリスの脳裏に浮かんだのは、五日前にリゼリアと一緒に作っていた小さな試作品のことだった。
理論と材料の特性が噛み合わず、何度も失敗した。
二人で理由を考え、微細な加工を施し、やり直した。
気がつけば、いつの間にか窓の外が暗くなっていた――あの時の時間の短さ。
ほんの数秒の沈黙の後。
ミリスは静かに顔を上げ、俺たちの顔を順番に見つめた。
「……分かりました。私でよければ、お力になります」
「よっしゃあ! じゃあ、これからもよろしくな、ミリスさん!」
俺が嬉しくなって手を伸ばすと、ミリスは少し躊躇いながらも、その小さな手をそっと重ねてくれた。
◆
その日の帰り道、俺たちはミリスを連れて秘密基地へと向かった。
古びたボロ倉庫の木扉を開け、中へ案内する。
「ここが、俺たちの秘密基地!」
「……ボロいですね」
「そこは言うなよ!」
即座のツッコミに、リゼリアがくすくすと肩を揺らした。
ミリスは作業台の周囲に足を踏み入れると、無感情な瞳でじっと室内を観察し始めた。
壁際の指向性ベルを見つめ、机の上の魔力ランプを見つめ、天井の隙間を見上げる。
「……この設置位置だと、ベルの向きが少し悪いですね。倉庫の奥に音が届きにくくなります」
「え、そこまで見るの?」
「……職人なので」
「あはは! じゃあ今度、ここも直してもらおうかな」
「……はい」
ミリスは自然な動作で、持ってきた小さな工具箱を机の隅へと置いた。
俺は壁に貼られた『クロノ・ヴェール組織図』の羊皮紙の前へと向かった。
そこには、俺とレオンとリゼリアの名前が書かれており、その下にはこう記されていた。
『七星:二人……』
俺は魔導ペンを取り出すと、その『二人』という文字を横線で消し、その上に力強い文字を書き加えた。
『七星:三人』
「おお……! 三人目が入られた!」
「フフフ、これで我らが組織も、着実に七星の揃い踏みへと近づいておりますな……!」
レオンが胸を張り、感無量といった様子で深く頷く。
リゼリアも呆れ半分で羊皮紙を眺めた。
「まだ三人だけどね。……あと四人よ、クロノ」
「おう! あと四人か。なんか、だんだんそれっぽくなってきたな!」
三人でワイワイと騒ぎ立てる様子を、ミリスは静かに見つめていた。
そして、少しだけ間を置いたあと、ぽつりと言葉を零した。
「……よろしくお願いします」
「おう!」
俺が振り向いて笑うと、ミリスはほんのわずかに口元を緩め、言葉を付け加えた。
「……ボス」
「……っ!?」
その一言に、となりのレオンがガタッと目を見開いた。
「く、クロノ様……! あのお方が今、明確に『ボス』とお呼びに……! 誠の臣従の意を……!」
「レオン、大げさに騒ぐなって!」
「ですがボス――!」
「……何か?」
騒ぐレオンを俺が抑え込んでいると、ミリスが首を少し傾げて不思議そうに見つめてきた。
「いや! なんでもない!」
俺は苦笑いしながら手を振った。
ミリスの呆れたような、でも少しだけ暖かな視線が俺たちに向けられる。
こうして俺たちの『クロノ・ヴェール』に、四人目の仲間が静かに加わったのだった。




