第48話:二度目の依頼
ミリスに改良してもらったベルとランプの実験会から数日後。
俺たちは今日も放課後の時間を使い、いつもの秘密基地へと集まっていた。
木箱の机の上には、前回ミリスが仕上げてくれた魔力ランプが、柔らかく暖かな光を手元だけに落としている。
「で、リゼ。準備はできたのか?」
俺が尋ねると、リゼリアは満足そうにあごをしゃくり、机の上に一巻の羊皮紙を広げて見せた。
「ええ、昨夜のうちに図面を完成させたわ。私の試薬抽出器具の改良案よ」
羊皮紙には、相変わらず精密かつ複雑な直線と曲線、そして細かい注釈がびっしりと書き込まれていた。
俺とレオンは同時に身を乗り出し、羊皮紙を穴があくほど覗き込む。
「……うーん、相変わらず記号が多くて何が何だかさっぱり分からん」
「ですが! この整然とした図面の美しさ……流石はリゼ殿でございますな!」
「あなたは相変わらず適当ね、レオン」
リゼリアは呆れたように息を吐きながらも、どこか誇らしげに図面を丁寧に丸めた。
「既製品の抽出器具だと、温度変化による魔法成分の分離精度が安定しないのよ。だから、抽出管の内部に微小な精霊銀の螺旋回路を組み込んで、熱量を均一に保ちたいの」
「よく分からんが、それを作れるのがミリスさんってわけだな?」
「ええ。前回のベルの指向性加工やランプの構造を見れば分かるわ。私のこの要求に応えられる職人は、そういないはずよ」
リゼリアの言葉に、俺はニカッと笑って立ち上がった。
「よし! じゃあさっそく、二度目の依頼をしに工房へ向こうぜ!」
◆
夕暮れ時の第三魔道具工房。
活気あふれる作業場へ入ると、奥の作業台の周辺には、いつも以上に多くの部材や金属板が積み上げられていた。
その中央で、ミリスが相変わらず無表情のまま、ものすごい勢いで金属部品のバリ取りや仕分け作業をこなしていた。
「おいミリス、こっちの増産分のネジ切りも頼むぞ!」
「……はい」
「すまんミリスちゃん、この壊れた魔力炉の分解、先にやっておいてくれるか? お前がやった方が一番早くて確実だからさ」
「……分かりました」
職人たちが次々とミリスの作業台へ細かい修理品や手作業の雑用を持ち込んでいく。
ミリスは嫌な顔ひとつせず、淡々とそれらを受け取り、素早い手つきで片付けていく。
不当に虐げられているわけではない。単純に、彼女の仕事が誰よりも速く、そして雑用であっても正確極まりないからこそ、周囲も頼りにし、本人も「仕事だから」と自然に引き受けているのだ。
(……なんか、凄腕の職人なのに、ずっとこういう地味な作業ばっかりやってるんだな)
通りからその様子を見ていた俺は、どこか不思議な感覚を覚えていた。
「……ミリスさん」
俺たちが声をかけると、ミリスは手元を止め、静かに顔を上げた。
「……また来ましたね。何か道具に不具合でも?」
「ううん、前回の道具はバッチリだぞ! 今日はさ、リゼが新しい依頼を持ってきたんだ」
俺が言うと、リゼリアが一歩前に出て、丸めた羊皮紙をミリスの作業台の上へ静かに置いた。
「私の試薬用抽出器具の改良依頼よ。内部構造の図面を描いてきたわ」
◆
ミリスは無言のまま羊皮紙を受け取り、作業台の上でゆっくりと広げた。
最初はいつも通りの無機質な瞳だった。
だが、図面に描かれた複雑な螺旋回路と、熱量制御の数式に目を通した瞬間――
ミリスの視線が、わずかに図面へ引き寄せられた。
ミリスの視線が、わずかに図面へ引き寄せられた。
彼女は指先で図面の線を細かく指でなぞり、食い入るように見つめている。
「……魔法成分の分離精度を上げるための、精霊銀の内部螺旋構造。……でも、熱を均一にするだけなら、ここまで回路を細かくする必要はないと思います」
「ええ。でも、それだけじゃないわ。抽出する成分によって熱の逃げ方が違うから、螺旋の間隔を場所ごとに変えているの」
「……なるほど」
ミリスはもう一度、じっと図面へ視線を落とした。
「それなら、この接続部分の設計は少し変えたほうがいいかもしれません。実際に加工して組み立てるなら、ここに継ぎ目を作ると加熱時に熱が偏ります」
「……そこまで分かるの?」
リゼリアが驚いたように少しだけ目を見開いた。
「図面を見る限りでは、ですが。継ぎ目を外側の固定具へ逃がせば、内部の螺旋は一本の精霊銀から削り出せます」
「……!」
自説の欠点を一瞬で破綻なく見抜き、より完成度の高い代替案を出されたリゼリアは、感服したように息を呑んだ。
「独学よ。私の理論を、ここまで正確に形にできそうなのは、王都ではあなたくらいだと思ってね」
リゼリアがツンとあごを上げ、けれどどこか照れくさそうに言い放つ。
自分の研究成果への誇りと、それを正確に読み取ったミリスの腕前に対する確かなリスペクト。
その言葉を聞いた瞬間。
「……そうですか」
ミリスは短く答えた。
けれど、その無表情だったはずの口元が、ほんの少しだけ……本当に微かに緩んだのを、俺は見逃さなかった。
周囲から任される作業は、どれも単純な量産品や修理ばかり。
だが今、目の前の少女は、誰も見たことがない高度な理論の図面を持ち込み、自分の「技術そのもの」を真っ直ぐに評価してくれている。
「……引き受けます。材料の精霊銀の調達に少し時間がかかりますので、納期は五日。代金は大銀貨三枚になります」
「よし、頼む! レオン!」
「ハッ! お支払いいたします!」
レオンが手際よく大銀貨三枚を手渡すと、ミリスは伝票を書き、図面を大切そうに保管箱へ収めた。
◆
契約が済み、俺たちが工房を去ろうとした時、俺はふと思い立ってミリスに声をかけた。
「ねえ、ミリスさん」
「……何でしょうか」
「ミリスさんってさ、こんな凄い図面を理解できるのに、なんでいつも量産品のバリ取りとか修理ばっかりやってるの? もっと凄い魔道具を作って名出したりしないのかなって」
俺の素朴な疑問に、ミリスは少しだけ不思議そうに首をかしげた。
「……私は、言われた通りに道具を作るのが仕事ですから。評価や立場なんて、どうでもいいです。どんなに単純な作業でも、頼まれたものを正しく作るのが職人ですから」
そこに卑屈さや諦めは一切なかった。
ただ自分の仕事に対してどこまでも誠実で、飾らない彼女の「素顔」がそこにあった。
「……そっか。なんか、かっこいいな」
「……? そうですか」
俺が笑って言うと、ミリスはやはりどこか不思議そうに目をパチパチさせるだけだった。
「じゃあ、五日後を楽しみに待ってるよ!」
「……はい。お待ちしています」
工房を出て、夕暮れの街道を歩く三人。
「ふふ、私の図面をひと目で見抜いて、さらに最適な加工法まで提案してくるなんて……やっぱりあの人は本物ね」
「ああ! リゼの理論も凄いが、それを形にできるミリスさんも凄ぇよ!」
「フフフ、互いの才能を認め合う……誠に美しい信頼の深まりでございますな、ボス!」
「いや、ただ仕事を頼んでるだけだって」
苦笑しながら、俺たちは夕暮れの街道を歩いていった。
五日後には、リゼの新しい魔道具が完成する。
……なんだか、ちょっと楽しみだった。




