第47話:完成と実験
ミリスに依頼を出してから、ちょうど三日後の夕方。
約束の時間になると、俺たちは第三魔道具工房へと向かった。
足早に王都東区の街道を歩く俺の横で、リゼリアも期待を隠しきれない様子で歩調を合わせている。
工房の扉を押し開け、奥の作業台へ向かうと、そこには髪を一つに束ねた若い女性職人――ミリスが、静かに腰掛けて待っていた。
「……来ましたね」
ミリスは無表情のまま俺たちを迎えると、作業台の上に置かれた柔らかい布を静かにめくった。
そこには、見事に磨き上げられた二つの道具が並んでいた。
「頼まれていた品の改良、完了しています」
「おおっ……!」
俺は思わず身を乗り出した。
一つ目は、金属の表面が美しく加工された呼び出しベル。
二つ目は、上部にしっくりと馴染む無垢材のレバーと可動式カバーが取り付けられた、手のひらサイズの魔力ランプだ。
「まず、こちらのベルですが」
ミリスはベルを持ち上げ、表面の微細な加工部分を指で示しながら説明を始めた。
「内部の共鳴板を曲面に変更し、音波の指向性を高めました。音量を抑えても、正面の空間へ効率よく音が響く仕組みです。……ただし、一つ注意点があります」
「注意点?」
「指向性を高めているため、正面から角度が外れると音が弱くなります。設置する向きと場所をあらかじめ決めておいてください」
ミリスはそう言うと、作業台の端へ移動し、俺たちに向かってベルを軽く振ってみせた。
チリン……。
小さく澄んだ金属音が、正面に立っていた俺の耳へクリアに届く。
「うわ、小さめの音なのに、すごくハッキリ聞こえる!」
「……では、そのまま横へ一歩ズレてみてください」
言われた通り、俺が斜め横へと移動すると、ミリスは再びベルを鳴らした。
チリン……。
「……あれ!? さっきより全然聞こえない!」
「正面の空間へ音を集中させていますから。横や後ろへの音漏れを最小限に抑えるための仕様です」
「なるほどね。欠点というより、目的に特化した仕様というわけね」
リゼリアが感心したように頷いた。
「次にこちらのランプです」
ミリスは二つ目の魔力ランプを手にとり、ツマミと上部のカバーを指差した。
「側面のツマミで出力を調整できます。上部の可動カバーの角度を変えることで、照射範囲を絞れます。……ただし、可動カバーは一定の角度以上に倒さないでください」
「なんで?」
「光の出口を狭めすぎると、内部のレンズに熱が集中して素子が痛みます。カバーの開き具合はこの目盛りの範囲内で使ってください。それと――」
ミリスはランプの側面の小さな留め具をカチリと押し込んで見せた。
「この留め具は工具なしで外せます。レンズが煤けたりホコリがついたときは、ここを押してカバーを外し、柔らかい布で拭いてください」
淡々と、けれど使う側のメンテナンスや安全性まで考慮された丁寧な説明。
専門用語を並べ立てるのではなく、必要な注意点をプロとして正確に伝えてくれる姿に、俺は思わず頷いた。
「すごいな……お手入れのことまで考えてくれてるのか」
「仕事ですから。……もし使っていて可動部にガタつきが出たら、いつでも持ってきてください。調整します」
ミリスはお辞儀をすると、受領の伝票をファイルに挟み込んだ。
俺たちは完成した二つの道具を大切に抱え、工房をあとにした。
◆
すっかり夜も更けた、いつもの秘密基地。
古びたボロ倉庫の机の上に、完成した魔力ランプとベルが置かれていた。
俺たちはさっそく、新装備の実験会を始めることにした。
「よし、じゃあ実地試験だ! レオンは倉庫の一番奥に立て。リゼは横の木箱の影な!」
「ハッ! 了解いたしました!」
「はいはい」
二人を配置につかせ、俺は倉庫の入口付近に立った。
ベルの正面を奥のレオンへ向けて、軽く振ってみる。
チリン……。
「ボス! クリアに聞こえましたぞ!」
奥の暗闇からレオンがシャキッと振り返る。
今度は、ベルの向きを横のリゼリアの方へクルッと変えて振る。
チリン……。
「ええ、こっちもハッキリ聞こえたわ」
「よし! じゃあ次は外への漏れチェックだ! レオン、倉庫の外に出て扉を閉めてくれ!」
「承知!」
レオンが外へ出たのを確認し、俺は倉庫の真ん中でベルを振った。
しばらくして扉が開き、レオンが顔を出した。
「……ボス! 扉の外では、かなり小さく聞こえる程度でございます!」
「よっしゃあ! 完璧だ!!」
思わずガッツポーズが出た。音を消すのではなく、向きと範囲をコントロールする。これぞまさに秘密基地に欲しかった隠密機能だ。
続いてランプの実験に移る。
「ツマミを回して……カバーの角度を狭めると……」
俺は言われた目盛りの限界までカバーをキュッと絞り込んでみた。
ぽっ。
作業台の手元を中心に、細くまとまった光が落ちた。だが――
「……暗っ! 絞りすぎて手元しか見えん!」
「あなたねぇ、やりすぎなのよ。目盛りを見なさいって言われたでしょう」
リゼリアに呆れられ、俺は慌てて角度を少し戻した。
「お、おお! これなら本も読めるし、手元もハッキリ見える! 窓の外から見ても……」
「外からは、壁に反射した僅かな明かりしか見えないわ。大成功ね」
リゼリアも実際に手元をかざし、満足そうに微笑んだ。
「ちょっとくらい使い方にコツがあるほうが、秘密基地の道具って感じがしていいな!」
「フフフ……秘密基地の機能性が、一気に跳ね上がりましたな!」
レオンも歩み寄り、机の上のランプとベルを感心したように見つめた。
「……やっぱり、ミリスさんってマジで仕事できるよな」
「はい」
レオンが深く深く頷いた。
「ただ依頼に応えるだけでなく、使い手の意図を汲み取り、至高の形で応えて見せる……! あのような逸才、ぜひとも我が『クロノ・ヴェール』に迎えるべきかと!」
「うん。俺も、そう思う」
「では――」
「でも、いきなり誘うのは違うだろ」
俺が静かに言うと、レオンは拍子抜けしたように目を丸くした。
「……と申しますと?」
「だってさ、俺たちまだあの人のこと、よく知らないし。いきなり『闇の組織に入ってください!』なんて言ったって、困らせるだけだろ?」
「…………なるほど」
レオンは腕を組み、深く感じ入ったように頷いた。
「相手の立場を気遣い、互いに信頼を深めた上で組織へと迎え入れる……。急いては事を仕損じる、ということでございますな。流石はボス……相変わらずの深いご思慮でございます」
「いや、そこまで大層な話じゃないけど」
俺は苦笑いしながら、机の上のランプの光を見つめた。
「まあ、焦る必要はないよ。まずはもう少し、普通に仕事を頼んでみようぜ。あんなに良い物を作ってくれる職人さんなんだからさ。あの人のこと、もっと知りたいし」
「ふふ、賛成だわ」
リゼリアがランプの明かりで研究本を開きながら、ぽつりと呟いた。
「……私の試薬用の抽出器具にも、少し不便なところがあるのよね。既製品だと抽出精度が安定しなくて」
「お、じゃあ次、それミリスさんに頼めばいいじゃん!」
「そうね。近いうちに図面を書いてみるわ」
「ボス! 私の鍛錬用の木剣の柄にも、何か魔導的な補強を――」
「レオンは自分でなんとかしろよ」
「な、なぜでございますかー!?」
ガーンとショックを受けるレオンを横目に、俺とリゼリアは笑い合った。
俺は机の上のベルとランプを眺めた。
どちらも、思っていた以上に俺たちの秘密基地に馴染んでいる。
「よし、また何かあったら、ミリスさんに頼もうぜ」
「ええ」
「……私も、次の依頼を考えておきます……」
新しくなった道具に囲まれ、俺たちは夜の秘密基地で賑やかに笑い合うのだった。




