第46話:最初の依頼
ミリスの観察を終えた翌日。俺たちはいつもの秘密基地に集まっていた。
「……で、どうやってミリスさんに接触するか、なんだが」
俺が木箱の上で腕を組みながら切り出すと、横に立っていたレオンが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきた。
「ボス! それについては私に名案がございます! 我が『クロノ・ヴェール』の威光を示し、彼女の目の前で圧倒的な力を見せつけることで――」
「いや、絶対引かれるだろそれ」
呆気なく一蹴すると、俺はポケットからチリンと鳴る小さな呼び出しベルを取り出した。
「大層な作戦なんていらないって。ほら、この秘密基地のベルさ……遠くにいると音が聞き取りにくいし、かといって音を大きくしたら近所迷惑だろ?」
俺はベルを軽く振ってみせた。
「それに、魔力ランプの光もどうにかしたいんだよな。夜に使うと、窓から光が漏れすぎて秘密基地だってバレそうだし」
「確かに、実用上の課題はいくつか残っているわね」
リゼリアが机の上に置かれた魔力ランプを眺めながら頷いた。
「今のランプは明るさを落とすと手元が見えなくなるし、ベルも音量を下げれば基地の奥まで届かなくなる。どちらも既製品の構造じゃ限界があるわね」
「だろ?」
俺は少し考えてから、顔を上げた。
「ミリスさんって魔道具職人だったよな。じゃあ直接頼みに行けばよくね?」
「……!」
俺の何気ない言葉に、レオンの瞳がカッと見開かれた。
「な、なるほど……! あえてスカウトの意図を隠し、一人の依頼人として接触されるのですね! 彼女の技術だけでなく、客に対する誠実さや職業倫理まで見極めるための深謀遠慮……! 流石はボスでございます!」
「え? いや、ただ使いたい小道具の改良を頼みたいだけなんだけど……」
「ふふ、遠慮なさる必要はございません! 直ちに工房へ向かいましょう!」
「……たぶん、そこまで考えてないと思うけどね」
リゼリアが呆れたように小さく肩をすくめた。
いつもの認識のズレを抱えたまま、俺たちは王都東区の第三魔道具工房へと向かった。
◆
昼下がりの第三魔道具工房。
作業場では職人たちが忙しなく立ち働いていたが、親方に挨拶を済ませた俺たちは、まっすぐ奥の作業台へと向かった。
そこでは、昨日と同じように髪を後ろで束ねた若い女性職人――ミリスが、静かに魔導ペンを走らせていた。
「……何でしょうか。ご用なら、親方に――」
気配に気づいたミリスが手を止め、無表情のまま俺たちを見上げてくる。
俺はニカッと笑うと、手のひらの上の呼び出しベルと、小さな魔力ランプを差し出した。
「ううん、君に頼みたいんだ。この小道具の改良をしてほしくてさ」
「……私に?」
ミリスは少し意外そうに眉をひそめたが、すぐに職人の顔に戻り、俺の手元に視線を落とした。
「……用途は?」
「秘密基地で使うんだ」
「……秘密基地?」
「うん」
「…………そう」
子供特有の言葉に、ミリスは馬鹿にする風でもなく、ただ淡々と頷いた。
そしてベルを手に取ると、表面を指先でなぞり、軽く振ってみる。
「……現在の使用場所は?」
「建物のの中。そこまで広くはないけど、奥にいると聞こえにくくてさ。でも外に音が漏れるのは困るんだ」
「音量を落とすだけでは、奥まで届きません。音を小さくしつつ、室内全体に行き渡らせたい……ということですね」
「そう、それ!」
ミリスは短く答えると、今度は魔力ランプを手に取った。
「こちらは?」
「夜に作業するんだけど、外から見えない程度の明るさで、作業する手元だけをしっかり照らしたいんだよね」
「……つまり、明るさそのものを落とすのではなく、光の照射範囲を絞りたいわけですね」
「物わかりが良くて助かるよ!」
ミリスは納得したように頷くと、ベルとランプを持って自分の作業台へと移動した。
「少し中を見ます。構造を確認しないと、改良できるか判断できませんから」
慣れた手つきでベルの外装を外し、内部の構造を観察するミリス。
「……古い型ですね。音を無指向に拡散させる構造なので、どうしても外に音が漏れます。指向性を変える必要がありますが……」
「ねぇ」
後ろから覗き込んでいたリゼリアが口を挟んだ。
「音を全方位に響かせるんじゃなくて、内部の共鳴板を曲面にして、特定の方向へ音波を反射させればいいんじゃない? 倉庫の壁に向かって音を集中させれば、外への漏れを抑えつつ室内に響かせられるわ」
「……反射型の指向性共鳴」
ミリスはリゼリアの方を見てから、素早く簡単な図面を書き始めた。
「その方式なら、小さな音量でも特定の空間だけに音を留められます。ただ、金属板の曲率精度が要求されますが……」
「上部の遮光板も、固定式じゃなくて角度調整できる可動ヒンジにすれば、光の範囲を自由に変えられるわね」
「……可動ヒンジ。受け側の溝を二段にすれば、ガタつきを抑えられます」
二人の間で、俺にはよく分からない話が一瞬で進んでいく。
「……二人とも、話が難しくない?」
「あなたは黙ってて」
「なんでだよ!」
ミリスは二人のやり取りを聞きながら、黙々と図面を書き直していく。
やがて、紙の上に一つの新しい構成が完成した。
「……これならできます」
「本当か!?」
「はい。ベルは指向性共鳴板への換装、ランプは可動式の遮光カバーと集光レンズの追加で対応できます」
「おお……! どのくらいでできる?」
「三日」
即答だった。
「三日でできるの?」
「必要な部品が揃えば。私は今日の作業が終わってから取りかかります」
「じゃあ頼む!」
「代金は、材料費込みで大銀貨二枚になります」
「よし、頼む! レオン!」
「ハッ! お支払いいたします!」
レオンが手際よく大銀貨二枚を取り出し、ミリスへと手渡した。
◆
代金を受け取り、受領の伝票を書き終えたミリスは、机の上の道具を丁寧に揃えた。
「三日後の夕方には完成させておきます。取りに来てください」
「ああ、楽しみに待ってるよ!」
俺たちが工房をあとにしようとした時だった。
「……あの」
後ろから、ぽつりと声がかけられた。
振り返ると、ミリスが無表情のまま、けれど少しだけ不思議そうにこちらを見ていた。
「……あなたたちの依頼は、普通の子供から出てくるものとは少し違いますね」
「そうかな?」
「ええ」
ミリスは少しだけ考えるように視線の位置を落とした。
「でも、面白いです。どういう道具になるのか、少し興味があります」
それだけ言うと、彼女は再び作業台へ戻っていった。
「へへっ、じゃあ三日後な!」
俺たちは工房を出た。
賑やかな大通りへと戻ると、レオンが満足そうに頷いた。
「フフッ、素晴らしい滑り出しでございますな、ボス! 我が組織の要求する高度な課題に対し、見事に応えて見せました!」
「まだ完成してないだろ」
「これは失礼いたしました!」
「でも、技術は確かよ」
リゼリアも工房を振り返った。
「私の理論をすぐに理解して、実際の構造に落とし込める。あれは間違いなく一流の職人ね」
「だよな」
俺も頷く。
ミリスは口数が少なくて、愛想もそれほどない。
だけど、自分の仕事には真面目で、必要なことはきちんと確認する。
「……やっぱり、あの人に頼んで正解だったな」
「はい!」
「ええ」
夕暮れの王都を歩きながら、俺たちは三日後の完成を楽しみに、秘密基地へと戻っていった。




