第45話:最初の七星候補
情報屋少女に金貨三枚の前金を支払い、調査を依頼してから三日後。
「――来たか」
指定された路地裏の影で、大きめの外套に身を包んだ小柄な少女が、俺たちを静かに迎えた。
彼女は挨拶もそこそこに、外套の懐から一巻きの羊皮紙を取り出し、俺へと差し出してきた。
「約束の調査結果よ。金貨三枚分の情報は揃えておいたわ」
「おお! サンキュー!」
受け取った羊皮紙を開こうとすると、情報屋少女はフードの奥から冷ややかな釘を刺してきた。
「言っておくけど、これはただの情報よ。『この人間を仲間にしなさい』なんて推薦のつもりは一切ないわ。条件に合っていそうな人間を一人、私がピックアップしただけ。実際に会って、確かめて、決めるのはあなたたちの仕事だからね」
「分かってるって! 自分の目で確かめてくるよ」
俺がニカンと笑うと、少女はフンと鼻を鳴らして壁から身を起こした。
「じゃあ、私はこれで。次の依頼があるなら、またお金を用意してから来なさい」
嵐のように現れ、ビジネスライクに去っていく銀髪の情報屋。
俺とレオンは、手渡された羊皮紙を手に、ワクワクした足取りでいつもの秘密基地へと向かった。
◆
秘密基地の木箱に腰掛け、俺は羊皮紙を机の上に広げた。
遅れてやってきたリゼリアも興味深そうに横から覗き込んでくる。
「で? あの情報屋はどんな人間を提案してきたの?」
「どれどれ……」
羊皮紙には、丁寧で読みやすい文字でターゲットの情報が記されていた。
『対象:ミリス(20代前半・女性)』
『所属:王都東区・第三魔道具工房』
『職業:魔道具職人』
『概要:派手な魔法適性や戦闘力は皆無。だが、魔導回路の構築精度と修正速度が異常に早い。納期を厳守し、仕事が丁寧だが、口数が少なく愛想に欠けるため工房での評価は控えめ』
「……魔道具職人?」
リゼリアが不思議そうに首をかしげた。
「戦闘員でも、有名な魔法使いでもないわけ? 随分と地味な人を選んできたわね」
「いや、待てよリゼ。俺たちが昨日話しただろ? 組織には『戦闘』だけじゃなくて『技術』や『設備』を支える人間が必要だって」
俺は羊皮紙の『修正速度が異常に早い』という一文を指でなぞった。
「秘密基地の通信具とか、小道具の改良とか……そういうのを任せられる専門家がいたら、めちゃくちゃ助かると思わないか?」
「まあ……確かに、私が論文の合間にいちいち通信道具の回路を組むよりは効率的だけど」
「ボス! 直ちに接触し、我が『クロノ・ヴェール』の技術顧問として引き込みますか!?」
目を輝かせて木剣の柄に手をかけるレオンに、俺は慌てて手を振った。
「待て待て、焦るなってレオン! 情報屋にも言われただろ? 『実際に見て確かめろ』って。まずはどんな人か、遠くから見に行ってみようぜ!」
◆
翌日の午後。俺たちは王都東区にある「第三魔道具工房」へと足を運んでいた。
東区は職人街として知られ、街道沿いにはいくつもの金属音や魔導具の作動音が響き渡っている。
目的の第三魔道具工房は、築数十年は経っていそうな、年季の入った二階建ての建物だった。一階の作業場は通りに面して大きな窓が開け放たれており、中の様子が外からでもよく見える。
「あそこだな……」
俺たちは通りの向かいにある露店の陰に身をひそめ、そっと工房の中を観察し始めた。
作業場の中では、十数人の職人たちが忙しそうに槌を振るったり、魔導ペンで金属板に回路を刻んだりしている。
その一角。一番奥の小さな作業台で、一人黙々と作業を続けている女性がいた。
髪を後ろで一つに束ね、作業着の袖をまくり上げた20代前半ほどの女性。
彼女こそが、情報屋の報告書にあった『ミリス』だった。
彼女の指先は、驚くほどの精度と速度で動いていた。
細い魔導ペンを握り、極小の金属板の上に寸分の狂いもなく青い魔力光の線を刻み込んでいく。無駄な動作が一切ない。
(……おお、なんか凄そうだな)
俺が感心して眺めていると、工房の入口から身なりの良い商人がずかずかと入ってきた。
「おい、責任者はいるか! 先週頼んだ『家庭用温熱魔導鍋』の試作品だがね、温まるのが遅すぎる! もっと一瞬で湯が沸くように改良してくれ!」
横柄な態度の商人に、工房の親方らしき頑固そうな老人が困り果てた顔をした。
「無茶を言わんといてくだされ……そんな急速過熱の回路を組み込んだら、内部の魔力素子が耐え切れずに破裂しちまいますよ」
「そこをなんとかするのが職人だろう! 明日の朝までにできなければ、今後の取引は全て打ち切るからな!」
無理難題を突きつけ、捨て台詞を残して去っていく商人。親方は「明日の朝なんて無理だ……」と頭を抱えて溜め息をついた。
その時だった。
奥の作業台から、ミリスが静かに立ち上がった。
彼女は落ち込む親方の元へ歩み寄ると、無表情のまま商人が置いていった試作品の鍋をひょいと持ち上げた。
「……親方。それ、貸してください」
「ん? ミリスか……だが、急速加熱なんて安全基準を超えちまうぞ?」
「回路を並列にして、放熱バッファを二重に挟めば破裂は防げます。……やってみます」
ボソリと短い言葉だけを残し、彼女は鍋を持って自分の作業台へと戻っていった。
◆
「……やってみます、だってさ」
露店の陰から見ていた俺は、思わず唸った。
親方が無理だと諦めた難題に対し、顔色一つ変えずに代替案を提示し、淡々と作業に取りかかっている。
それから一時間ほど、俺たちは彼女の作業を見守った。
ミリスは一切の無駄口を叩かず、黙々と鍋の底部を分解し、魔導ペンで新たな回路を書き足していく。
途中でとなりの若い見習い職人が手が止まって困っていると、彼女は言葉を交わすこともなく、すっと手を伸ばして見習いの金属板の歪んだ箇所をピンセットで修正してやった。
見習いが「あ、ありがとうございます……!」と頭を下げると、ミリスはただ小さく頷くだけで、すぐに自分の作業へと戻る。
自分を誇示するでもなく、威張るでもなく。
ただ自分の仕事を正確にこなし、周囲のトラブルを自然にフォローする。
……そして。
「……できた」
僅か一時間足らずで、ミリスは鍋の再構築を終えていた。
親方が半信半疑で水を張り、魔力を流し込むと――一瞬でシュンシュンと心地よい湯気が立ち上り、けれど安定した熱量を保ち続けた。
「す、すげぇ……! 破裂の兆候が一切ねぇ! おいミリス、お前いつの間にこんな回路構成を……!?」
「昨日、古い文献で読んだので。……お先に失礼します。今日のノルマは終わりましたので」
親方の驚嘆の声を背に、彼女は道具を綺麗に整理整頓すると、お辞儀をして静かに工房をあとにした。
◆
「……」
通りに出て去っていくミリスの後ろ姿を、俺たちは呆然と見送っていた。
「……なんか、すげぇ真面目で仕事できそうな人だな」
俺がぽつりと呟くと、となりのレオンが感極まった様子で深く頷いた。
「はい! 素晴らしい才能でございます! 自身の成果を誇ることなく、淡々と至高の業を成し遂げる姿……! あの方ならば、我が『クロノ・ヴェール』の技術部門を一任するに相応しいかと!」
「まあ、腕は確かなようね」
リゼリアも腕を組み、感心したようにあごを引いた。
「魔法理論の組み方がすごく合理的だったわ。独学であの回路を思いつくなんて、相当な研究家ね。……でも、技術があるってだけで即採用を決めるのはまだ早いんじゃない?」
「そうだな」
俺は二人の意見を聞きながら、去っていくミリスの背中を見つめた。
情報屋から買った情報は、本物だった。
派手さはないけれど、確実に組織の土台を支えてくれそうな『隠れた異才』。
(最初の候補者……ミリスさん、か。よし)
「じゃあ次は……どうやってあの人と接触するか、だな!」
夕暮れの王都の街並みの中、俺たちの「七星探し」の第一歩は、確かな手応えとともに踏み出されたのだった。




