第44話:人材を探せ
昨日の組織づくりを終え、俺たちは今日もいつもの秘密基地へと集まっていた。
「……で、どこから手をつけたもんか」
俺は木箱の上に腰掛け、秘密基地の机に広げた羊皮紙を見つめて唸っていた。
紙の上には、自慢げに書き連ねた『組織の規則』と『活動目的』が躍っている。だが、その一番下に書かれた項目の前で、俺の羽ペンはピタリと止まっていた。
『人材:スカスカ(現在三名)』
切実すぎる事実である。
創設メンバーである俺、副官のレオン、魔法担当のリゼ。以上。
『七星』という大層な幹部構造を謳っておきながら、実態はスカスカもいいところだ。
「自分たちだけで王都をあてもなく歩き回ったって、誰がどんな才能を持ってるかなんて分からないしなぁ。通りすがりの奴に『君、闇の組織に入らない?』なんて声かけたら、一発で通報されるぞ」
「確かに……街を練り歩くだけでは、真の異才を見極めるのは困難でございますな」
腕を組み、真剣な顔で頷くレオン。
俺がうーんと首をひねっていると、レオンがふと思い当たったようにポンと拳を手のひらに打ち付けた。
「ボス。王都の裏社会や、表に出てこぬ異才の情報であれば……あの者に尋ねてみるのはいかがでしょう」
「あの者……? ああ!」
俺はハッと膝を打った。
以前、北境の異変やゲルハルトについて調べる際、裏で協力してもらったあいつだ。
王都の路地裏に身を潜める、あの銀髪の情報屋少女。
「そうか! あいつなら王都の裏も表も知り尽くしてるはずだ! よし、さっそく連絡を取ってみよう!」
◆
午後。俺とレオンは、王都の賑やかな大通りから一本入った、薄暗く人通りの少ない路地裏へと足を運んだ。
指定された怪しげな露店の裏手。
石造りの壁の影になったスペースに、大きめの外套とフードを深く被った小柄な人影がぽつんと佇んでいた。
「……また来たの?」
フードの奥から、冷ややかな透明感のある声が響く。
相変わらず損得勘定だけで生きていそうな、クールで小生意気な銀髪の少女――情報屋だ。
「よっ、久しぶり! 元気にしてたか?」
「挨拶はいいわ。私は情報を売るのが仕事。今日は何の情報を買いに来たの?」
相変わらず愛想の欠片もない。だが、ビジネスライクなその態度はむしろ頼もしい。
俺は少し声を低くし、ボスっぽい雰囲気を醸し出しながら切り出した。
「実はさ……俺たちの組織『クロノ・ヴェール』を支える『七星』になれそうな、凄い人材を探してるんだ」
「……『しちせい』?」
フードの隙間から、あきらかにジト目で見つめられている気配がした。
「要するに、幹部候補を探してほしいのよ。王都にいる優秀な奴をさ」
「ふーん。で、どんな条件の人材を求めてるの?」
「強い人! あと……なんか闇の組織っぽい人!」
ドヤ顔で言い放った俺に対し、路地裏に数秒間の静寂が訪れた。
……。
……。
「……条件が雑すぎるでしょ」
ハァ、と長いため息が路地裏に虚しく響き渡った。
「呆れた。王都で『強い人』なんて、警備隊にも冒険者ギルドにも山ほどいるわよ。それに『闇の組織っぽい』って何? 雰囲気が怪しければ誰でもいいわけ?」
「いやいや! ただ強いだけじゃなくてさ、こう……裏でキラリと光る異彩を持った奴というか……」
「七人集めたいなら、最初から七人全員を同じ基準で探すのはやめたほうがいいわ」
情報屋少女は腕を組み、呆れたように言い放った。
「え? なんでさ?」
「あなたたち三人を見れば分かるでしょ」
少女はフード越しに、俺とレオンを交互に指差した。
「そっちの剣士は前線での『戦闘・護衛』。そっちの魔法使いの少女は『魔法・研究』。で、あなたは……」
少女はフード越しに、俺をじっと見つめてきた。
「……まあ、ボスなんでしょうけど」
「なんだよ、その言い方」
「あなた自身に何ができるのか、私にはまだよく分からないもの」
「うっ……そ、そりゃまあ」
ぐうの音も出ない正論に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
◆
「本気で探したいなら、まず組織に必要な役割を整理しなさい」
情報屋少女は淡々と指を一本ずつ立てていった。
「前線で戦う『戦闘』。魔法や知識を扱う『理論』。裏で罠や道具を仕込む『技術』。情報を集める『情報・諜報』。資金や物資を動かす『商業』。拠点を守る『防衛』……組織にはそれぞれの役割が必要でしょ? あなたたちに今、何が足りていないのか分かってるの?」
「……そう言われると」
俺はあごに手を当て、自分たちの現状を頭の中で整理してみた。
(レオンは圧倒的な剣技で前線を張れる。リゼは天才的な魔法解析と攻撃ができる。俺は……まあ、ボスの威厳(笑)とアイデア出しだ。……そう考えると、確かにレオンとリゼって、全く違う役割を担当してるんだな)
二人とも強烈な戦闘力を持っているが、技術や商業、本格的な防衛なんて専門外だ。
情報屋少女の言葉によって、昨日のスカスカだったノートの課題が、一気に具体的なカタチを持って浮かび上がってきた。
「なるほど……! 単に『強い奴』じゃなくて、それぞれの分野で尖った才能を持った人間が必要なんだな!」
「……やっと理解したの? ほんと、手がかかるわね」
少女はフンと鼻を鳴らすと、外套のポケットに手を突っ込んだ。
「いい? 私は情報屋。情報を集めて売るのが仕事よ。誰を選ぶか、誰を仲間にするかを決めるのはあなたたちの仕事。そこまで面倒を見るつもりはないわ」
「もちろん! そこは俺たちの仕事だ!」
「それと――調査には時間もお金もかかるわよ。ただで王都中の人間を探せると思わないことね」
「今回の調査、いくらだ?」
俺が尋ねると、情報屋少女は少しあごを引いて計算するように呟いた。
「内容によるわね。まずはあなたたちが挙げた条件に合いそうな人間を、数人ピックアップして初期調査をする程度なら……金貨三枚ってところかしら」
「金貨三枚か。よし、レオン!」
「ハッ! ご用意しております!」
レオンがすっと懐から取り出した革袋から、綺麗な金貨を三枚取り出し、情報屋少女へと手渡した。残りずっしりと重い袋は、手際よくそのまま自分の懐へと仕舞い直す。
ジャラ……と手の中で金貨の重みを感じ取った情報屋少女は、フードの奥で小さく頷いた。
「……支払いは確かね。いいわ、仕事として正式に引き受けるわ」
前金をちゃっかりと外套の中に仕舞い込むと、少女は壁から身を起こした。
「頼んだぞ! 俺たちが驚くような、面白い奴の情報を持ってきてくれよな!」
「……期待しないで待ってなさい。条件に合いそうな人間を、何人か調べてみるわ。ただし――情報を渡した後、その人物とどう接触して、どう判断するかは全部あなたたち次第だからね」
「ああ、分かってる! サンキューな!」
契約は成り立った。
俺とレオンは満足げに頷き合うと、路地裏をあとにした。
◆
二人の足音が遠ざかり、静けさが戻った路地裏。
大きめの外套に身を包んだ少女は、壁に背をもたれかけさせたまま、薄暗い天井を見上げた。
手の中に残る、ずっしりとした金貨の余韻。
「……七星、ね」
ぽつりと、誰もいない空間に呟きが落ちる。
「本当に、七人なんて集めるつもりなのかしら……」
呆れたような、けれどどこか少しだけ興味深そうな眼差しで、彼女は二人が去っていった路地の先をじっと見つめていた。




