第43話:組織を作ろう
翌日。
俺は朝の手伝いを手早く済ませると、ワクワクした足取りでいつもの秘密基地へと向かった。
扉を開けると、そこにはすでにレオンとリゼリアの二人が揃っていた。
「ボス! お待ちしておりました!」
「……昨日の今日で、よくそんなに乗り気になれるわね」
ビシッと姿勢を正すレオンと、小脇に本を抱えて呆れ顔のリゼリア。
俺は木箱の上に腰掛け、持参した新しい羊皮紙と羽ペンを机の上に広げた。
「よし、二人とも揃ったな。今日は『クロノ・ヴェール』を再始動するにあたって、組織としての最低限の形を整えたいと思う」
「組織の形、でございますか」
レオンが真剣な眼差しで身を乗り出してくる。俺は羽ペンを回しながら、一つずつ条件を整理し始めた。
「ああ。組織って言っても、ただ集まるだけじゃカッコつかないだろ? まず何があって、何が足りないかを整理しよう」
俺は紙にサラサラと項目を書き出していった。
『組織名:クロノ・ヴェール』
『秘密基地:ボロ倉庫』
『ボス:俺』
『レオン:副官』
『リゼ:魔法担当』
「ここまではバッチリだ。問題はここからだな」
俺は項目の下に、大きくバツ印を書き足した。
『活動資金:なし』
『情報収集:なし』
『人手:スカスカ(現在三名)』
「うーん……やっぱり、組織を運営するとなると資金と情報が足りないよな。特に資金。小道具を買ったり、街を調べたりするのにもお金がかかるし……」
俺がうーんと頭を抱えていると、となりに立っていたレオンが、すっと懐から革製の袋を取り出した。
ズシリ。
重々しい音を立てて机の上に置かれた袋からは、ジャラリと金属が擦れ合う音が響いた。
「……ん? 何これ、レオン」
「活動資金でございます、ボス」
「え?」
袋の口を開けると、中には本物の銀貨や金貨がぎっしりと詰まっていた。俺は思わず目を見張る。
「え、ちょっと待って!? これどうしたの!? ヴァルハイト家から持ち出してきたんじゃないよね!?」
「滅相もございません。これはこれまでの活動――街の裏通りのごろつき共を懲らしめた際に得た報奨や、私が個人的にこなした護衛の報酬、そして自分のお小遣いを少しずつ溜め込んでいたものにございます」
「お、お小遣い……!?」
子供が貯める額にしては、あまりにもまとまった大金である。
冷や汗をかく俺の横で、リゼリアが半目でレオンを見つめていた。
「……あなたねぇ、裏通りのトラブル解決でちゃっかり貯金作ってたわけ?」
「フッ、クロノ・ヴェールの一員たる者、いつボスの御命が下っても良いように準備しておくのは当然のこと……!」
「うわぁ、準備が良すぎる……助かるけど!」
俺はレオンの圧倒的な手際の良さに引きつつも、ちゃっかり資金の欄にチェックマークを書き入れた。
◆
「よし、次は『組織の規則』だ! 闇の組織なんだから、ちゃんとした掟がないとな!」
俺は前世で書き殴ったノートの記憶を思い起こしながら、羊皮紙に誇らしげな文字で書き進めた。
『第一条 クロノ・ヴェールは闇の中で活動する』
『第二条 正体をむやみに明かしてはならない』
『第三条 ボスの命令には絶対に従うこと』
「どうだ! 組織っぽくて格好いいだろ!」
ドヤ顔で披露する俺に、レオンは感極まった様子で深く頷いた。
「素晴らしい……! シンプルでありながら、組織の根幹を揺るがさぬ鉄の掟……! 特に第三条、ボスの絶対的な威厳が際立っております!」
「でしょー!」
「……ちょっと待ちなさいよ」
リゼリアがジト目で紙を指差してきた。
「なにこれ。三条目、完全にあなたが得するだけのルールじゃないの」
「いやいやリゼ、組織なんだからボスの命令に従うのは普通だろ? 闇の組織のボスが『みんなの意見を聞きまーす』なんて言ってたら格好つかないじゃないか」
「格好の問題なの……?」
呆れつつも、リゼリアはそれ以上反対はしなかった。ツンツンしているが、結局は付き合ってくれるのが彼女の良いところだ。
◆
「さて……一番大事なのはここだ」
俺は羽ペンを止め、腕を組んでうーんと唸った。
「活動目的……つまり、俺たちが何をする組織なのか、だ」
レオンとリゼリアが静かに耳を傾ける。
前世のノートには『目的:闇の中から世界を覆い、歴史を紡ぐ』なんて、中二病全開の壮大な大風呂敷を広げていた。
だけど、今の俺たちにとって「具体的に何をするのか」と言われると、ぶっちゃけかなり困る。
(世界を覆うって言っても、具体的に何すりゃいいんだ……? 街の掃除? 悪党退治? それじゃ普通の自警団だしなぁ……)
うーんと数分間真剣に悩んだ挙句、俺は苦し紛れにぽつりと呟いた。
「……まあ、普段は正体を隠して過ごしてさ。もし街で困ってる人とか、表の法じゃ裁けない嫌な奴がいたら、陰からサクッと助けてやる……みたいな感じかな?」
だが、俺のこの適当な言葉を聞いた瞬間――レオンの瞳に、恐ろしいほどの感動の光が宿った。
「――っ!! なんという……なんという深遠なる御心……!!」
「えっ?」
「表の光が届かぬ虐げられた者たちを、闇の中から救い出す……! 権力や名声のためではなく、ただ『影の守護者』として歴史の裏に佇む……! それこそが、我が『クロノ・ヴェール』の真の使命……!!」
「あ、いや、そこまで大層な話じゃなくて、ただの助け合い的な――」
「ハッ! わかり申した! このレオンハルト、ボスの示す理想の影となるべく、粉骨砕身仕える所存にございます!」
「話を聞いて!? ねぇ聞いて!?」
ガタッと椅子から立ち上がり、感動のあまり熱弁を振るう親友に、俺は必死でツッコミを入れた。
そんな俺たちのやり取りを眺めながら、リゼリアはふっと口元を緩め、諦めたように溜め息をついた。
「……ハァ。まあ、悪党を懲らしめるくらいなら、私も魔法の実験ついでに付き合ってあげるわよ」
「リゼ……! ありがとう!」
こうして、ツッコミどころ満載ではあるものの、組織の規則と活動目的(※レオンの脳内で超巨大化)が完成したのだった。
◆
一通りの書類をまとめ終え、俺が満足げに息を吐いていると、レオンがスッと表情を引き締めて一歩前へ出た。
「さて、ボス。組織の形と資金が整ったとなれば……次は残された最大の課題でございますな」
「ん? 最大の課題?」
「はい。――『人材』にございます」
レオンは机の上の羊皮紙――スカスカの『七星』の欄を静かに指差した。
「我ら三人だけでは、王都全体の情報を網羅し、影から人々を救うには限界がございます。ボスの仰る通り、一刻も早く我が『クロノ・ヴェール』を支える『七星』の確保に動かねばなりません」
「あ……うん。やっぱりそこに行くのね」
昨日、勢いよくボロ倉庫を飛び出していったレオンだったが、やっぱり頭の中は人探しでいっぱいだったらしい。
(まあ確かに、情報集めも人手不足も事実だしなぁ。どこから手をつけたもんか……)
俺はあごに手を当て、うーんと首をひねるのだった。




