第39話:逆向きの波
「逆に流してやれば……いい……?」
リゼリアが呆然と呟き、地下石室の壁に張り巡らされた魔力導管を見つめた。
「……そうよ! なぜ気づかなかったのかしら!」
彼女の瞳に、一筋の光明が走る。
「あの地下保守通路で見た、あの現象……! 大量の魔力が押し寄せた時、一瞬だけ『キュンッ』って逆に跳ね返ったのは、導路の限界抵抗にぶつかった自然な反作用だった……!」
「反作用……?」
「ええ! 正面から魔力の流れを力ずくで止めようとしても、凄まじい流圧に押し潰されるだけ。でも、流れてくる波と逆向きの魔力をぶつけて跳ね返してやれば……波同士がぶつかって相殺できるかもしれないわ!」
「相殺……!」
レオンハルトが目を見開いた。
「つまり、ここは北から数えて『第2ノード』……。流れていく魔力の波をそのまま逆向きに押し戻し、次のノードへの励起を打ち消すということですか!?」
「そういうこと! クロノ、天才よ!」
「いや、俺はただ『逆に戻せば?』って言っただけで――」
「理屈は後よ! レオン、私に全魔力を注いで! この基石で最初の『逆向きの波』を作るわ!」
「はっ!」
レオンハルトが大剣を床に突き立て、全身の魔力をリゼリアへ注ぎ込む。
リゼリアは過熱する基石の制御回路へ両手をかざし、極限の集中で魔法陣を展開した。
「押し戻すわ……『逆位相波』――撃ち抜きなさいっ!!」
リゼリアの放った魔力波が過熱する基石へと突入した。
だが――!
――バチチチチチッ!!
「きゃああっ!?」
激しい反動音とともに、基石から黒紫色の火花が吹き荒れた。
流れ込む流圧があまりにも強大で、波のタイミングがわずかに噛み合わず、基石が狂ったように逆暴走を始めたのだ。地下石室の天井からパラパラと土砂が崩れ落ちる。
「ダメ……! 押し流されるわ! ただ逆向きにするだけじゃダメ……波の山と谷の周期を完全に合わせないと……!」
「くっ、基石が持ちません!」
「諦めるな!」
俺は短剣を鞘に収め、激しく不気味な光を放つ基石の導路を凝視した。
焦るな。よく見ろ。あの地下通路で見た、あの反発の『瞬間』を思い出すんだ。
青紫色の魔力が、導管の中でドクンと大きく膨らみ、頂点に達する一瞬の溜め――。
「リゼ! 今だ! 光が一番大きく膨らんで、息を呑むみたいに止まる『その瞬間』に合わせろ!」
「……っ! そうか、その瞬間……! レオン、もう一度!」
「おおおおおっ!!」
レオンハルトが強靭な足腰で崩れかける基石を力任せに押さえつける。
リゼリアが息を呑み、クロノの指示した『その瞬間』――魔力の波が頂点へ達した一瞬に狙いを定めた!
――キィィィィン……!!
甲高い摩擦音が地下石室を切り裂く。
そして――。
――キュンッ!!
あの日、地下通路で聞いたあの反発音。
激しい波が逆方向へと弾け飛び、基石の異常な熱量がみるみるうちに引き去っていった。
「……消えた……! 基石の励起が、完全に鎮まったわ……!」
リゼリアが肩で息をしながら、へたり込んだ。
「成功した……! これが……逆位相による相殺よ!」
「やったぞ……!」
だが、測定器を覗き込んだリゼリアの顔がすぐに引き締まった。
「北側から流れてきていた異常波は打ち消されたわ。でも、私たちが到着する直前に、ここから南へ向けて放たれた一本目の波は、すでに次の『第3ノード』へ届きかけている……!」
「遠隔では消せないのか!?」
「ええ! 現場の基石に直接『逆位相の波』を打ち込まないと、励起は止められないわ!」
「なら、追うぞ!」
俺たちは地下石室を駆け出し、地上へ飛び出た。
◆
地上には、灯りを点けた一隊の馬車が待ち受けていた。
「クロノ様! こちらです!」
駆け寄ってきたのは、アルヴァース商会の連絡員だった。
「レディンを出られる際のご指示通り、街道沿いの全中継所に替え馬と最速馬車を待機させてあります! アルヴァース商会の意地、見せさせていただきます!」
「助かる!」
「……ちょっと待って、クロノ」
窓から身を乗り出したリゼリアが、信じられないものを見る目で俺を振り返った。
「あなた……レディンを出る時点で、地脈の連鎖を追って街道を爆走することまで計算して手配していたの……!?」
「は? いや、ただ早く戻るために――」
「さすがです、クロノ様! その深謀遠慮、恐れ入りました!」
「話は後よ! 乗り込むわよ!」
俺たちは最速馬車に飛び乗り、街道を南へ爆走した。
夜の闇を裂き、疾風のごとく馬車が駆け抜けていく。
途中、通り過ぎた宿場町の通りで、御者が驚きの声を上げた。
「あ、あれを見ろ!」
さっきまで不調で消えていた街道の魔導灯が、一つ、また一つと明かりを取り戻していく。
暖房具が動き直し、建物の窓に温かな光が灯り、街の人々の歓声が遠く聞こえた。
俺たちが第2ノードで打ち込んだ逆流波が地脈を遡り、北境の各地で起きていた異常を次々と鎮めていたのだ。
「……効いてるわ」
リゼリアが窓の外を見つめ、小さく微笑んだ。
「私たちのやったことは、間違っていない……!」
「ああ! この調子で次のノードもブチ叩くぞ!」
馬車は勢いを増し、南の『第3ノード』へと滑り込んだ。
すでに青紫色の怪光を放ち始めていた巨大基石へ、俺たちは迷わず突入した。
「クロノ! タイミングは!?」
「今だ! 膨らみ切った瞬間に叩き込め!」
「『逆位相・相殺波』――打ち抜きなさいっ!!」
――キィィィン……キュンッ!!
完璧にシンクロした三人連携の一撃が、第3ノードの励起を一瞬で打ち砕いた。
「やった……! 第3ノードも抑え込んだぞ!」
レオンハルトが拳を握り締めた。
しかし、手元の羊皮紙を走査していたリゼリアの顔が、再び緊張に強張った。
「ダメ……! 第3ノードは止めたけれど、私たちが到着する僅か数分前……次の『第4ノード』へ向けて波が伝播してしまったわ!」
「第4ノード……王都北方の中継点か!」
「ええ! 第4ノードが始動すれば、いよいよ王都直下の『最終結節』へエネルギーが流れ込んでしまう!」
「まだ間に合う! すぐ行くぞ!」
俺たちが馬車へ戻ろうとした、まさにその瞬間だった。
――バチチチチッ!!
リゼリアの持つ測定器が、不気味な高音を上げて赤く明滅した。
「……え……? 嘘でしょ……!?」
「リゼ! 今度は何だ!?」
「第4ノードからの伝播じゃないわ……! 王都……! 王都の地下から直接、この反応が上がってきてる……!」
「王都から直接!?」
「ええ! 北からの連鎖とは別に、王都直下の『最終結節』には何年間も過剰な魔力が蓄積されていたのよ! その蓄積量が……今、ついに限界を超えて臨界点へ達したんだわ!」
その直後だった。
――ゴォォォォォン……!!
遠く南の方角――夜空の向こうにそびえる王都の方角から、大地を揺るがす凄まじい重低音が響き渡った。
地表が、空気が、ビリビリと震える。
北境からの連鎖は切った。だが、終着点である王都直下の巨大結節が、ついに単独で爆発寸前の臨界点へと達してしまったのだ。
俺は短剣を強く握り直し、南の夜空を見つめた。
城壁の向こう、揺れる王都の光。
「……行くぞ」
俺の声に、リゼリアとレオンハルトが鋭く顔を上げた。
「王都へ行って――あの一番でかい奴を、直接ブチ叩き潰す!」
南の夜空の下。
王都の地下深くで、巨大な魔力の根が不気味に脈打っていた――。




