第3話:闇に潜む『漆黒の導師』
ボロ倉庫の中に、薄暗い静寂が満ちていた。
中央の丸テーブルを囲むのは、黒い特注ローブを羽織った三人。
11歳の俺――クロノ・アルヴァース。
同じく11歳の親友、レオンハルト・フォン・ヴァルハイト。
そして、新たに仲間に加わった13歳の天才魔導士、リゼリア・ノクティス。
ろうそくの火が揺らめき、倉庫の壁に恐ろしい影を落としていた。
(……すっげぇぇぇ!! これだよ! これぞ闇の組織の『定例集会』だよ!!)
俺は胸の中でひとり、猛烈な大歓声を上げていた。
前世で何百回と大学ノートに書き殴った「理想の秘密結社」。
それが今、黒ローブを纏った仲間の登場と、薄暗い照明演出によって完璧な形となって目の前に現れているのだ。
特にリゼリアだ。彼女は俺が用意した黒ローブのフードを深々とかぶり、紫水晶の瞳を真剣そのものに輝かせている。
(レオンだけじゃなくて、リゼまでこんなに真面目に定例集会ごっこに参加してくれるなんて……! 俺の『クロノ・ヴェール』、最高すぎるだろ……!)
俺は二人を見渡し、ゆっくりと口元を吊り上げた。
あらかじめ練習しておいた微小魔法を発動させ、顔にすっと深い影を落とすと、低い低音ボイスを響かせる。
「……集まってくれたな、二人とも。これより――『クロノ・ヴェール』の定例集会を開始する」
「「ハッ」」
レオンとリゼが綺麗に同調して頭を下げた。絵になりすぎている。最高だ。
「まずは各員の報告を聞こう。レオン、街の裏社会の『情報網』の進捗はどうだ?」
「報告いたします、ボス」
レオンは革表紙のノートを開き、凛とした声で言葉を続けた。
「路地裏のごろつき共を介した情報収集は順調に推移しております。街の酒場や港の噂話は、ほぼ我らの耳に届くようになりました。……しかし、その情報網の中で、ひとつ気になる『不穏な動き』を察知いたしました」
「ほう……不穏な動き、か」
俺は肘を突き、組んだ手の上に顎を乗せて笑みを深めた。
いいねぇ。闇の組織の定例集会っぽい「不穏な影」の登場だ。レオンのやつ、また新しいごっこ遊びのシナリオを考えてきてくれたのか。
レオンはスッと目を細め、静かにその『名前』を口にした。
「はい。……街の裏で蠢く、怪しげな秘密結社についての噂です。……奴らは自らを『漆黒の導師』と名乗っている模様」
「…………」
俺の動きが、ぴたりと止まった。
しっこくの……どうし?
(……えっ?)
思考が一瞬フリーズし、俺の脳裏に、怒涛のように「ある記憶」が蘇ってきた。
――あれは俺が7歳くらいの頃。
ボロ倉庫でレオンとごっこ遊びを始めたばかりの初期のことだ。俺は熱っぽく前世の厨二妄想を語っていた。
『いいかレオン! 光があれば影がある! だから俺たち『クロノ・ヴェール』にも、裏から世界を破壊しようとする倒すべき真のライバルが必要なんだ!』
『真のライバル……!』
『そうだ! その名は――『漆黒の導師』! 古代の禁忌を操り、闇の中から歴史を狂わせる狂信者集団さ! 格好いいだろ!?』
『……漆黒の導師……! 素晴らしい……メモしておきます、ボス!』
ノートに羽根ペンを走らせながら、目を輝かせていた幼いレオンの姿。
俺は目の前に立つレオンを呆然と見つめた。
(……レオン……!!)
激しい感動が、波のように押し寄せてきた。
(お前……俺が何年も前に話した『漆黒の導師』って名前まで覚えててくれたのか!? しかも『街の裏で漆黒の導師っていう組織が動いてるらしい』なんて噂まで街に流して、敵役の存在まで用意してくれたのかよ……!!)
そこまでやるか!? 普通!?
ごっこ遊びのスケールをここまで作り込んでくれるなんて、ノリが良すぎるどころの騒ぎじゃない! 最高だ! 最高の友達だ!!
俺は内心で大喜びしながら、前世で鍛え上げた黒幕としての演技力をフル稼働させた。
顔の影をさらに濃くし、鼻で低く「フッ」と笑ってみせる。
「……フッ。やはり、動き出したか……『漆黒の導師』」
その一言が落ちた瞬間。
ピキッ、と空気の温度が下がった。
「「――ッ!?」」
レオンとリゼが、息をのむ音とともに背筋を震わせた。
(……ボスは……! やはり、すべてをご存じだった……!)
レオンの瞳に、戦慄と狂信的なまでの歓喜が走る。
数年も前からボスが警告し続けていた伝説の悪徳組織『漆黒の導師』。ただの都市伝説だと思われていたその邪教団の蠢動を、ボスはすでに完全に見抜いておられたのだ!
リゼリアもまた、フードの奥でアメジスト色の瞳を限界まで見開いていた。
(クロノ様は……この街に迫る真の闇の存在まで、最初からお見通しだった……! やはりこの方は、世界を裏から見守る真の覇者……!)
「ボス……! では、奴らへの対処は……!?」
レオンが前のめりになって問いかけてくる。
俺は組んだ手に顎を乗せたまま、余裕たっぷりの笑みを浮かべて頷いた。
「……静観だ。奴らがどこまで踊るか、まずは見極める」
(だって俺たちが何か行動を起こしたら、レオンが用意してくれた『漆黒の導師』の設定劇が終わっちゃうからね! しばらく敵役として噂を泳がせて、雰囲気を楽しまなきゃ!)
「ハッ……! ボスの仰る通り、焦って動けば我らの存在を敵に悟られかねません。静観し、奴らの尻尾を掴むことに集中いたします!」
感服した様子で深く頭を垂れる二人。
(よしよし、綺麗に納まったぞ! 仲間が二人いて、ライバル悪役組織まで存在して……俺の『クロノ・ヴェール』ごっこ、マジで世界一面白い作品になってきたんじゃないか!?)
俺は自分の完璧な妄想世界(ごっこ遊び)の完成度合いに、内心でガッツポーズを決めていたのだった。
◇
――同刻。
街の外れ。人里離れた荒野の地下深く。
外の喧騒が嘘のように静まり返る暗無の地下室で、数人の人影が揺らめいていた。
彼らが纏うのは、クロノたちのそれとは違う、本物の血と死の匂いが染み付いた、気味の悪い漆黒の法衣。
「――報告を」
部屋の奥、祭壇の前に立つ仮面の男が、地を這うような低音で問いかけた。
「ハッ。街での『素体(重力魔導士の少女)』の確保は失敗いたしました。……正体不明の何者かが割り込み、少女の魔力暴走を治めて連れ去った模様です」
「……なに? 我が教団の悲願である『重力魔法』の素体を逃したか。……だが、街の地下水脈に『魔力伝導毒』を塗布する計画は、滞りなく進めよ」
「ははっ!」
仮面の男は冷酷に頷き、その細い指先で古代の羊皮紙を撫で下ろした。
「この街を起点に、王国全体を混沌へと叩き落とす。すべては――『漆黒の導師』の御名のもとに」




