第36話:眠っていたもの
不調を起こした公共設備の地下を辿った結果、俺たちはそれが地下深くを走る巨大な魔力流――『地脈』へと繋がっていることを突き止めた。
地上でのランダムに見えたトラブルは、すべて地脈という一本の巨大な大河を通じて結びついていたのだ。
「地脈、か……」
翌朝、レディンのギルド相談室で、俺はテーブルの上の地図を見つめていた。
「昨日、不調を起こした『第一中継塔』と、正常に動いていた『第二中継塔』の地下をそれぞれ見比べたろ? 魔力の流れに引きつりがあるかどうかは分かったけどさ……」
「ん? どうしたの、クロノ?」
リゼリアが書類から顔を上げる。
「魔力の流れ方だけじゃなくて、基石そのものの内部構造……接続パーツの『中身』までは分解して見てねぇよな?」
「……!」
リゼリアとレオンハルトが同時に目を見開いた。
「基石の内部……?」
「ああ。壊れた後と壊れる前……外側の魔力の流れだけじゃなくて、正常に動いてる第二中継塔の基石の『中身』を直接解剖して調べてみたら、何か違いが分かるんじゃねぇか?」
俺がごく普通に思った疑問を口にすると、レオンハルトがハッと息を呑んだ。
「……流石です、クロノ様! 昨日見確認だった基石内部の物理構造までを『正常値』として精密解剖・比較する……! それによって、魔力の乱れを引き起こす根本原因を捉えようというのですね!」
「いや、ただ中身も見てみようかなって――」
「ええ、素晴らしい着眼点よ!」
リゼリアも手帳を開き、素早く指を走らせた。
「ギルドの特別調査権限を使って、もう一度『第二魔力中継塔』の地下へ行きましょう! 基石の物理分解調査を行うわ!」
◆
俺たちは昨日も訪れた宿場へ戻り、正常稼働している『第二魔力中継塔』の地下保守通路へと再び足を踏み入れ直した。
地下十メートル。壁面には太い魔力導管が走り、中央には地脈と設備を接続するための巨大な『魔導基石』が据えつけられている。
「昨日確認した通り、外側の導管に傷はないし、魔力の循環も滑らかね……」
リゼリアが専用の魔導工具を取り出し、基石の重厚な外装を慎重に取り外していく。
「基石の内部回路を直接開くわ。……よし、これで完璧に正常な内部構造が――」
言いかけたリゼリアの言葉が、途中でぴたりと止まった。
「……え?」
「どうした、リゼリア殿?」
レオンハルトが剣の柄に手をかけ、周囲の暗闇を警戒する。
リゼリアは眉をひそめ、開かれた基石の内部回路に顔を近づけた。
「……妙だわ。魔法回路の内部……地脈と基石が接する金属の微細な隙間に、何かがある」
「何か?」
俺も覗き込んだ。
リゼリアがピンセットのような魔導具を取り出し、接続部の奥から『それ』を慎重に採取した。
彼女の掌の上に載せられたのは――極小の、不気味な淡い青灰色の粉末だった。
「粉……?」
「ええ。金属の削りクズでも、ただの土埃根でもないわ。魔導回路の内部に固着するように溜まっているの」
リゼリアがその粉末に微弱な魔力を近づけてみた。
だが、粉末は一切の反応を示さない。魔力を吸収するわけでも、弾くわけでもない。ただの不活性な鉱物のように沈黙している。
「何も起きねぇな。ただの汚れじゃねぇのか?」
「……ううん。正常に循環している回路なら、内部の不純物は外へ排出されるはずよ。こんな風に回路の核心部分にだけ溜まるなんておかしいわ」
リゼリアがさらに集中し、ほんの僅かだけ魔力の周波数を変えて粉末へかざした。
その瞬間――。
――パッ。
指先の粉末が、ほんの一瞬だけ、淡い光を儚く放ち……すぐにまた沈黙した。
「……あ」
「今、光ったな」
俺が言うと、リゼリアはもう一度同じように魔力をかざした。
だが、今度はいくら魔力を近づけても、粉末は二度と光らなかった。まるで、最初から何も起きなかったかのように。
「……何だ、これ。冷やかしか?」
「ううん……」
リゼリアは眉間にシワを寄せ、不思議そうに粉末を見つめた。
「……まるで、寝ていたみたい」
「寝てた?」
「ええ。普段は完全に沈黙して眠っていて……特定の魔力の刺激にだけ、一瞬だけ反応を示した……」
「眠っていた……!」
後ろで控えていたレオンハルトが、低く慄くような声を上げた。
「つまり……これは自然発生した鉱物などではない! 何者かが意図的に仕込んだ『何か』……!」
「……ええ。間違いなく人為的なものよ」
リゼリアが基石の古びた構造と、粉末の固着状態を魔法で詳細に分析した。
そして、彼女の顔からスーッと血の気が引いていった。
「……待って。この粉末の沈殿状態……最近仕込まれたものじゃないわ」
「最近じゃない?」
「ええ。基石の魔導回路が作られ、定期点検された記録と照合すると……この粉末、かなり以前……下手をすれば『数年前』から、この中に存在していた可能性が高いわ」
「……数年前……!?」
俺は思わず声を漏らした。
数日前から急激に増え始めた不調。
だが、その原因と思われる怪しい粉末は、数日前に撒かれたのではなく――何年も前から、この地下の基石の中で静かに『眠っていた』。
「じゃあ……ずっと寝てたってことか?」
俺が呆れたように呟くと、レオンハルトが激しい衝撃を受けたように目を見開いた。
「眠っていた……! ならばこれは、突発的なテロや嫌がらせなどではない! 何者かが数年も前から密かに地下へ潜入し、何らかの『起動条件』が満たされるのをじっと待ち続けていた巨大な工作……!」
「……そういうことになるわね」
リゼリアが震える手で手帳を開き、他の設備の台帳記録と照合し始めた。
「レディンのギルドにある他の設備の点検記録も調べてみましょう。もし、この粉末がこの基石だけに仕込まれたものじゃないとしたら……」
◆
夕方。ギルドの打ち合わせ室。
机の上に広げられた北境の地図。
リゼリアが古い点検記録と照合しながら、地図上の公共設備の場所に小さな青い印を書き加えていく。
不調を起こした赤い点の設備だけではない。
まだ異常を起こしていない、正常な公共設備の場所にも――次々と青い印が重ねられていく。
ひとつ。ふたつ。みっつ。十、二十……。
「……嘘でしょ」
リゼリアの手からペンがぽろりと落ちた。
「不調を起こしていない設備にも……数年前の点検記録に、同じ構造異物の注記が残っているわ……」
「北境各地の……地脈の上に配置された公共設備のほぼすべてに、この『眠る粉末』が仕込まれている……!?」
レオンハルトが絶絶とした声を絞り出す。
今まで起きていた不調や事故は、工作の『始まり』などではなかった。
何年も前から仕掛けられ、ずっと地下で眠っていた巨大な仕組みが、今まさに目覚めようとしている……その『結果』に過ぎなかったのだ。
俺は地図の上に広がる無数の青と赤の点を見つめた。
北境の街。街道。中継塔。揚水設備。その地下を繋ぐ、巨大な地脈の流路。
「……これ」
俺は喉の渇きを覚えながら、思わず呟いた。
「……どこまで続いてんだ?」
誰も答えなかった。
ただ、地図の上に不気味に広がる無数の点だけが、静かに俺たちを見つめ返していた――。




