第35話:地面の下
不調を起こす公共設備には、共通する『役割(機能)』がある。
地域の魔力を受け取り、安定させ、他へ中継・分配する設備――それだけが何者かに『選ばれて』不調を起こしている。
その事実を突き止めた翌朝、俺たちは再びレディン近郊の現場へ向かっていた。
「今日は、昨日までの調査と少しやり方を変えるわ」
移動中の馬車の中、リゼリアが地図を広げながら言った。
「不調を起こした設備だけを調べても、比較対象がないもの。今日は不調を起こしていない『正常な公共設備』も合わせて検分しましょう」
「正常な設備と、異常が起きた設備の差を見るわけだな」
「ええ。機械としての構造や使われている部品に差がないとすれば……設備が接続している『外側』にしか差はないはずよ」
リゼリアの読みは鋭かった。
俺たちはまず、昨日調べた中継宿場から少し離れた場所にある、現在も問題なく稼働している『第二魔力中継塔』へ向かった。
◆
「うん、こちらの塔は昨日も今日も絶好調ですよ」
宿場の管理人に案内され、俺たちは『第二魔力中継塔』の点検口を開いた。
リゼリアが内部の魔法回路に手をかざし、指先から微弱な魔力を流し込む。
「……やっぱりね。魔法回路の通りは滑らか。地下の基礎部分へ伸びる魔力導路も、何一つ滞りなく循環しているわ」
次に俺たちは、昨日不調を起こした『第一魔力中継塔』へ戻った。
同様に点検口を開け、リゼリアが同じ量の魔力を流し込む。
「……くっ」
リゼリアが小さく眉をひそめた。
「どうした?」
「魔力の通りが……すごく重いの。回路自体は正常なのに、地下の基礎部分に接続している導路から、目に見えない何かが引きつるような……不自然な乱れを感じるわ」
俺は足元の石畳を見下ろした。
正常な塔も、不調を起こした塔も、地下へ伸びる魔力導路そのものは同じように存在している。だが、不調な設備では、その接続部分の先で決定的な異変が生じている。
「設備そのものがおかしいんじゃない」
レオンハルトが低く呟いた。
「設備が接続されている、さらに深い地下の『何か』に異変が起きている……!」
「ええ。……管理人さん、この中継塔の地下へ入るための点検口や通路はありませんか?」
リゼリアが尋ねると、管理人は少し首をかしげた後、思い出したようにポンと手を打った。
「ああ、昔の保守用通路ですね。街道が建設された数十年前に作られた地下導路の点検階段なら、宿場の裏手に古びた石室がありますよ。ただ、もう何年も誰も入っていませんが……」
「そこを調べさせてください」
ギルドからの正式な調査委任状を提示し、俺たちは宿場の裏手にある古びた石造りの地下入口へと向かった。
◆
重い鉄の扉を開けると、湿った冷気と古びた石の匂いが立ち上ってきた。
内部は薄暗い石造りの階段が、地下深くへと伸びている。
「足元に気をつけてください」
レオンハルトが先頭に立ち、松明の明かりで闇を照らしながら階段を下りていく。俺とリゼリアがそれに続いた。
地下十メートルほど下りた場所には、古い石造りの保守通路が広がっていた。
壁面には太い金属製の魔力導管が何本も走り、それが地上の中継塔や揚水機へと伸びている。
「ここが、公共設備の地下基礎部分……」
リゼリアが壁の魔力導管に手を触れた。
「……流れてる。地上の設備を通じて、地下の深い場所へと魔力が集まり……そしてどこかへ流れていってるわ」
「流れてる?」
「ええ。一方向じゃない。地下のさらに奥……枝分かれした暗渠のような巨大な流路が存在しているわ」
俺は暗い通路の壁を見つめた。
壁に埋め込まれた導管は、不気味に低く振動している。まるで、巨大な生き物の血管のようだ。
「……これ、地下で繋がってるんじゃね?」
俺がごく普通に思ったことを呟くと、レオンハルトがガタリと脚を止めて振り返った。
「……地下で、繋がっている……!?」
「いや、だってそうだろ。地上では中継塔だの揚水機だのバラバラに見えるけど、地下に降りてみたら、こうやって同じ導管のラインに繋がってるじゃん」
「まさか……!」
リゼリアが壁の導管に刻まれた古い管理記号と、魔力の流れを魔法で走査した。
「……本当だわ。地上で不調を起こしていた設備……その地下導路を辿っていくと、すべてこの地下深くを走る一本の巨大な魔力流路に接続している……!」
リゼリアが目を見開き、息を呑んだ。
「……この巨大な流れ……まさか……『地脈』」
彼女の唇から、小さな呟きが漏れた。
「地脈……?」
「ええ。大地の地下深くを天然の魔力が大河のように流れるライン……。この公共設備たちは、地脈から魔力を引き込み、地域へ安定供給するための結節点として作られていたのよ!」
その時だった。
――バチチチッ!!
頭上の地上から、かすかに不穏な響きが届いた。
直後、地下通路の壁の魔力導管が激しく明滅し、中に満ちていた魔力が一瞬にして異様な圧力を帯びた。
「きゃっ!?」
「リゼリア殿!」
地上で、またどこかの公共設備が一斉に不調を起こしたのだ。
地下を流れる巨大な魔力の波が荒れ狂い、導管の中で激しい摩擦音を立てる。
そして――。
――キュンッ!!
一瞬。本当にごく一瞬だけ。
導管の中を走っていた猛烈な魔力の波が、弾かれたように不自然に『逆方向』へ跳ね返った。
「……ん?」
俺は目を細めた。
「……今、逆に流れなかったか?」
「……え!?」
リゼリアが息を呑み、目を見開いた。
「逆……!? 今の魔力の跳ね返りのこと!?」
「ああ。流れていくだけじゃなくて、なんか一瞬だけ『キュンッ』って逆に跳ね返ってきただろ」
「……そんな……流圧に逆らって魔力が押し戻されるなんて、あり得ないわ! 地下流路のどこかで何かが起きて、凄まじい反動が起きている……!?」
「逆流……!」
レオンハルトが武者震いのように身体を震わせた。
「つまりクロノ様……! 地下の地脈そのものに、何らかの不自然な負荷がかかり、反作用を引き起こしていると……!?」
「いや、俺はただ逆に流れたのが見えたからそう言っただけで――」
「いいえ、ものすごい観察眼だわ!」
リゼリアが興奮気味に、手元の手帳に今の魔力波形を書き留める。
「今の現象……ただの波動の乱れじゃない。地脈の中を流れる魔力そのものが、一瞬だけ不自然に引きつって逆流した……!」
地上へ戻った俺たちは急ぎレディンの冒険者ギルドへ戻り、昨日作成した地図の上に地下導路のラインを重ね合わせた。
赤い点で示された不調設備。
それが、地下を走る太い地脈のラインの上に、見事なまでに一直線に重なり合う。
「……見えたわ」
リゼリアが地図を見つめ、静かに呟いた。
「昨日まで、ただのランダムな故障地点にしか見えなかった点が……全部、地下の地脈に繋がっている」
「…………」
「誰かが設備そのものを狙っているのか。それとも――」
リゼリアの指が、地図上の地脈のラインをゆっくりとなぞっていく。
「地脈そのものに、何かが起きているのか……」
地上では、ただの故障や事故として扱われていた異変。
だが、そのすべては地下深くを流れる巨大な魔力の流れ――『地脈』へと繋がっていた。
俺たちはまだ知らなかった。
その地下で、一体何が起きようとしているのかを――。




