第33話:レディン
北境の拠点都市を出たのは、翌朝だった。
昨日起きた地鳴りと混乱の影響で、街ではまだ復旧作業が続いていた。倒れた荷箱を起こし、止まった魔道具をひとつずつ確認していく。
幸い、大きな建物の倒壊までは起きていなかった。けれど――街の人々の顔から、不安は消えていない。
「……結局、あの街だけじゃ原因は分からなかったな」
荷車の窓から復旧中の街並みを眺めながら、俺は呟いた。
「ええ」
向かいに座るリゼリアが頷く。
「魔道具の故障も、地鳴りも、魔物の異常行動も……今のところ、直接の因果関係は分かっていないわ」
「ですが、昨日の揺れや不調が、あの街だけで閉じているとは考えにくい」
レオンハルト・フォン・ヴァルハイトが静かに続けた。
「状況を確かめるためにも、より多くの情報が集まる場所へ向かう必要があります」
「レディン、だな」
「ええ」
レディン。北境における物流・商業・冒険者・魔道具修理の最大拠点。北境全体で何かが起きているなら、そこには間違いなく、より広域で詳細な情報が集まっているはずだった。
商隊は街道を南西へ進んだ。
途中、いくつか通過した小さな集落でも、目にした光景は昨日までと同じだった。
昼間にもかかわらず、一瞬だけパッと点滅する街灯。突然駆動音が止まる商店の暖房具。動作が不自然に引きつる職人の魔導工具。
そして――。
「……またか」
街道沿いの集落の井戸を見ていたリゼリアが呟いた。
水を汲み上げる魔導ポンプが、途中でぷつりと唸りを止めている。
「壊れてるのか?」
「いいえ。昨日と同じ」
リゼリアが手をかざして調べる。
「魔道具内部の回路そのものは正常よ」
「じゃあ、やっぱり……周囲の魔力がおかしいのか?」
「たぶんね」
リゼリアは眉を寄せて答えた。
「でも、単発の現象だけじゃ、まだ何とも言えないわ」
俺は腕を組んだ。ひとつなら故障、ふたつなら偶然。だが、こうして三つ、四つと目の前で重なれば――さすがに偶然の一言で片付けるには無理がある。
「クロノ様」
レオンが前方を指差した。
「レディンが見えてきました」
街道の先。山々の間に、重厚で巨大な城壁が姿を現していた。
「おお……」
俺は思わず身を乗り出した。昨日の拠点都市よりも遥かに大きい。
高い城壁に囲まれた大都市には、商隊や冒険者らしき人々、避難民の馬車が次々と吸い込まれていく。
その巨大な門をくぐった瞬間――。
「……やっぱり、ここでもか」
街のあちこちで、魔道具を取り囲んで頭を抱える人間の姿が見えた。
商店の前で暖房具を分解している職人。通り沿いで魔導灯を確認する作業員。そして、不穏な顔で話し込む大勢の冒険者たち。
「なんだか騒がしいな」
「北境全域から、不調の知らせと人が集まってきているようです」
レオンが低く呟いた。
「まずはギルドへ向かい、情報を集めましょう」
「ああ」
アルヴァース商会の集配所に荷物を預けた俺たちは、そのままレディンの冒険者ギルドへと足を運んだ。
◆
「――北の山間部で、魔物の群れが街道近くまで下りてきてる?」
ギルドの賑やかな掲示板を見上げ、俺は声を上げた。
「はい。昨日から急激に目撃報告が増えています」
受付の職員が、困惑した様子で資料を並べる。
「普段なら深い山奥に潜んでいる種類の魔物が、怯えたように人里付近まで降りてきているんです」
「昨日の街でも、似たような魔物が暴走して飛び出してきたわ」
リゼリアが言った。
「そちらでも?」
「ええ」
職員は深く頷いた。
「それだけではありません。北側の集落からは井戸の水質変化や水量の低下、街道沿いでは魔導灯や中継具の瞬断……昨夜は遠方の街道で灯りが連続して消えたという報告まで上がっています」
「うちの工房じゃ、作業用の魔力炉が一瞬だけ変な唸りを上げて止まったぞ!」
「うちの店の暖房具もだ!」
周囲にいた冒険者や商人たちからも、次々と声が上がる。
俺は黙ってそれらを聞いていた。
魔導灯。暖房具。工房の魔力炉。井戸。魔物の異常行動。そして、地の底からの地鳴り。
起きている場所も、現象も、一見すればバラバラだ。原因も別々のように見える。
けれど――。
「……これ、いつ頃から増え始めたんだ?」
俺が尋ねると、職員が手元の記録を慌ただしくめくった。
「不調や事故の報告件数を照合すると……ここ数日の間に、一気に跳ね上がっています」
「場所は?」
「場所……ですか?」
「北境のどこに多い?」
職員が北境一帯の大きな地図をカウンターに広げた。
掲示板や報告書にある異常の発生地点を、地図の上にペンでプロットしていく。ひとつ、ふたつ、みっつ……点が増えていく。
「……北側の地域に集中していますね」
リゼリアが地図を覗き込んで呟いた。
「でも、中間地点やこのレディン周辺でも起きているわ」
「北から南へ向かって広がっているようにも見えますが……」
レオンが地図を凝視する。
「確定的なことは言えません。ですが、発生時期の集中と位置関係を重ねると、ただの偶然と切って捨てるのは不可能です」
俺も地図を見つめた。北、南、東。点と点が散らばっている。
その瞬間だった。
「……あれ?」
俺は地図の上を指でなぞった。
「何かお気づきですか、クロノ様?」
レオンが尋ねる。
「いや……」
俺は首を傾げた。
魔導灯、井戸、工具、魔物、地鳴り。全部、地上で起きているバラバラのトラブルだ。
けれど――。
「これ……全部『地下』に関係してんじゃねぇか?」
「地下……?」
リゼリアが反応した。
「だってそうだろ」
俺は地図を指さしながら続ける。
「魔導灯も魔道具も、地下から引いた魔力ラインや基礎部分を使ってるだろ? 井戸は地下の水だ。地鳴りは当然、地面の下から響いてくる。魔物だって地鳴りに怯えて逃げ出してきたんだとすれば……」
俺は地図の北側から南へと指を滑らせた。
「地上でバラバラに起きてるように見えて、実は『地下』で何かが繋がってるから、地上のいろんな場所に一斉に影響が出てんじゃねぇの?」
「…………」
一瞬。レオンもリゼリアも言葉を失い、固まった。
「……地下で、繋がっている……」
レオンが、絞り出すように低く呟いた。
「魔導具も、水脈も、地鳴りも……すべては地上の現象に過ぎず、本体は地下にある……!」
「いや、俺のただの思いつきだけどな?」
俺は肩をすくめる。
「地下の深いところで何かが起きてるなら、地上のあちこちで同時に変な不調が出てもおかしくないだろって話で」
「いいえ」
リゼリアが息を呑み、地図を凝視した。
「それ……ものすごく本質を突いた着眼点かもしれないわ」
「そうか?」
「ええ!」
彼女は地図上の異常地点を指で叩いた。
「魔導灯、工房の電源、井戸、地鳴り……どれも地下の環境や魔力の基礎ラインと遮断されているものなんてひとつもないわ! 全体が一連の構造として地下で結びついていると考えれば、この異常な広域同時発生の説明がつく……!」
レオンが静かに、だが確信に満ちた息を吐いた。
「クロノ様。やはり、これは各地の個別の故障などではない……北境全体を巻き込む、巨大な何かが動いています」
「そうだな」
俺は頷いた。
昨日までは「妙な不調」だった。だが、もう違う。
北境全体で。同じ時期に。地下と魔力に関わる異常が一斉に起きている。
「じゃあ、次は『どの設備が狙われてるか』『地下のどこを通ってるか』を調べればいいな」
「ええ」
リゼリアが力強く頷く。
「ギルドの記録、商会の物流データ、街道の設備配置……全部照合してみましょう。地下の何が関係しているのか、必ず突き止めてみせるわ」
俺たちは頷き合った。
まだ敵の正体も、目的も分からない。
けれど、地図の上に散らばっていた無数の「点」が、今まさに、一本の巨大な「線」へと繋がり始めていた。




