第31話:北へ向かう商隊
王都を出て、数時間。
街道には、アルヴァース商会の商隊が長く連なっていた。
先頭と最後尾には護衛が付き、その間を何台もの荷車が進んでいる。積まれているのは食料、衣類、燃料、暖房用の魔道具。どれも北境では欠かせない冬前の物資だ。
「こうして見ると、結構な量だな」
俺は自分たちの乗る荷車から、前後へ続く荷車を眺めた。
「冬前ですからね」
リゼリアが答える。
「北境では毎年この時期に輸送量が増えるんでしょう?」
「ああ。特に今年は注文が多いらしい」
昨日、商会で聞いた話を思い出す。
北境のいくつかの町から、魔道具の修理部品の注文が増えている。それだけなら、まだ不思議ではない。寒くなれば故障も増える。冬を前にして、整備をするのも普通だ。
だから――。
今のところ、何かがおかしいと断言できる材料はない。
「…………」
俺は前方へ視線を向けた。
街道沿いには、一定の間隔で魔導灯が設置されている。昼間だから、当然そのほとんどは消えていた。
そのうちの一つが――。
――パッ。
一瞬だけ、青白く光った。
「……ん?」
俺は目を細めた。すぐに消える。
「まただ」
「何がですか?」
「いや、魔導灯」
俺が指差す。リゼリアもそちらを見る。
「……本当ね」
「昨日も同じの見たぞ」
「回路の不調かしら」
「さあな」
前を走る荷車の御者にも聞いてみたが、御者は苦笑いするだけだった。
「北の街道じゃ、ここ最近たまにありますよ」
「たまに?」
「ええ。寒くなると魔道具の調子も悪くなるんでね」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
御者は笑った。商隊は、そのまま進んでいく。
だが、しばらくすると今度は俺たちの乗る荷車から妙な音がした。
――カチッ。
「?」
荷車に取り付けられた補助用の魔道具が止まった。車輪を補助していた魔力が消え、荷車がわずかにガタリと減速する。
「どうした?」
俺が声をかける。
「すみません!」
御者が慌てて魔道具を確認する。
「一瞬、魔力が切れただけみたいです!」
「壊れたのか?」
「いえ、もう戻ってます」
言われて見てみると、魔道具は何事もなかったかのように再び稼働していた。
「……妙ね」
リゼリアが小さく呟いた。
「さっきの魔導灯と同じ?」
「ええ。完全に壊れたわけじゃないわ」
彼女は魔道具へ手をかざす。
「内部の魔法回路にも、これといった損傷はないみたい」
「じゃあ、やっぱりただの不調か?」
「まだ分からないわ」
リゼリアは手を離した。
「一度だけなら、単なる接触不良とも言えるもの」
「ふーん」
俺は再び前方を見た。
商隊は静かに北へ進んでいる。まだ、何も起きていない。……そう思っていた。
◇
夕方。
商隊は北へ向かう途中の小さな宿場町に到着した。今日はここで一泊するらしい。
「明日には北境の拠点都市まで入りますよ」
商会員の男が教えてくれた。
「今夜はゆっくり休んでください」
「ここから北境の拠点まで、どれくらいあるんだ?」
「馬車なら半日ほどですね」
「なるほど」
俺たちは宿へ向かった。
宿場町はそれほど大きくないが、商人や旅人の姿は多かった。冬を前に、北へ向かう人間が増えているらしい。
「水、ちょっと少なくないか?」
宿の井戸を見ていた俺が言った。
「そう?」
リゼリアも覗き込む。
「昨日まで普通だったんですけどねぇ」
宿の主人が困ったように首をかしげた。
「今日は妙に水が少なくて。濁りも少し出てますし」
「雨が少なかったんじゃないの?」
「最近はそれほどでもないんですが……まあ、古い井戸ですからね」
「ふーん……」
リゼリアが井戸へ近づいた。桶を下ろし、水を少量すくう。
「…………」
彼女は水面をじっと見る。
「どうした?」
「……少し変」
「何が?」
「水そのものというより……」
リゼリアは指先に微小な魔力を集める。水面がわずかに波紋を描いた。
「……地下の水の流れ……水脈まで何か影響を受けてる?」
「水脈?」
「まだ確信はないわ」
リゼリアは首を傾げる。
「でも、魔力の微細な流れが、ほんの少し不自然に引きつってる」
「水にも魔力って関係あるのか?」
「自然環境の中には、多少なりともね」
そう言って、彼女は水から手を離した。
「でも、これだけで異常と断定はできないわ」
「そっか」
また一つ。小さな不調が増えた。
昼間の魔導灯。荷車の補助魔道具。そして井戸。
どれも単独なら、よくある日常の不調に見える。
俺は宿場町の通りを眺めた。
「…………」
何となく、引っかかる。
昨日、王都で見た魔導灯。今日の街道の魔導灯。荷車の補助具。井戸の水。全部、ただの偶然なのか?
俺はしばらく考えて――。
「……なあ」
「どうしたの?」
「北に行くほど、この故障……増えてねぇか?」
リゼリアが黙った。そして、ゆっくりと周囲を見回した。
「…………」
確かに。
王都では一回。街道に出てから、いくつか。そして、この宿場町では井戸まで妙な状態になっている。
「言われてみれば……」
リゼリアが呟く。その横で、レオンが静かに口を開いた。
「つまり……北へ進むほど、発生頻度が上がっている」
「まあ、そういうことになるな」
「…………」
レオンは街道の先を見つめた。
「北で発生している何らかの異常が、徐々に南へ広がっている可能性があります」
「そこまで分かるか?」
「まだ仮説です」
レオンは即答した。
「ですが、昨日の魔導鉱石。北境で増えている修理部品の注文。そして、この不調の増加」
「…………」
「偶然が重なりすぎています」
俺は腕を組んだ。
「確かにな」
とはいえ。まだ何も分からない。明日、北境へ入れば何か見えてくるかもしれない。
その程度だった。
◇
夜。
夕食を終えた俺たちは、夜風に当たろうと宿の外へ出ていた。
空には星が出ている。宿場町の外側に広がる街道の先には、遠くに連なる山々が黒い影となって夜空に浮かんでいた。
「……寒くなってきたな」
俺は外套を引き寄せた。
「北へ近づいたからでしょうね」
リゼリアが答える。
宿場町の入口付近から伸びる街道沿いには、夜の道を照らす魔導灯が一定間隔で並んでいた。
俺は何気なく、その街道の奥を見た。
――フッ。
「?」
遠くの灯りがひとつ、消えた。
少し手前。さらにひとつ。
――フッ。
「……なんだ?」
さらにその手前。またひとつ。
――フッ。
「…………」
俺は腕組みを解いた。
「おい」
「どうした?」
隣にいたレオンが振り返る。
「あれ」
俺は街道の先を指差した。
「魔導灯、消えてないか?」
レオンが目を細める。
「……確かに」
さらにひとつ、消えた。またひとつ。そして、またひとつ。
夜の街道沿いに灯っていた光が、まるで目に見えない何かに押し潰されるように、北から南へ向かって順番に消えていく。
しかも――。
「……北からだわ」
リゼリアが低く呟いた。
俺たちのいる宿場町へ向かって、遠く北側の灯りから順番に。少しずつ。こちらへ向かって迫ってくるように。
「…………」
俺は暗闇の向こうを見つめた。山々の向こう。そのさらに先にある、北境。
「……明日、何か分かるかもな」
そう呟いた。
けれど。その夜、北から南へと順番に消えていった灯りが、何を意味していたのか。
俺たちは、まだ知らなかった。
◇
翌朝。
快晴の空の下、商隊は宿場町を出発した。
昨夜の街道の魔導灯は、朝になれば何事もなかったかのように消えていたが、俺たちの胸にはかすかな引っかかりが残ったままだ。
「さあ、半日もすれば北境の拠点都市ですよ!」
御者の威勢のいい声とともに、馬車が北へ向かって走り出す。
俺は静かに、窓の外の北の山々を見つめていた。




