第30話:北境へ
翌朝。
俺たちは、秘密基地の机を囲んでいた。
机の中央に置かれているのは、昨日持ち帰った魔導鉱石。
青白い光を放つそれは、朝の薄暗い室内でも妙に目立っている。
「…………」
俺は腕を組み、その石をじっと見つめた。
やっぱり、いい。
普通の魔導鉱石とは明らかに違う。光り方も、魔力を流したときの反応も。
何より――。
「……なんか、強そうだな」
「感想がそれなの?」
向かいに座るリゼリアが、呆れたように言った。
「だってそうだろ。こんな見たこともない魔導鉱石、北の鉱山跡で大量に運ばれてたんだぞ」
「だから調べてるんでしょう」
「もちろんだ」
俺は胸を張る。
「未知の秘宝を前にして、その価値を見極める。探求者として当然のことだ」
「……昨日も似たようなこと言ってなかった?」
「大事なことだからな」
横で聞いていたレオンハルト・フォン・ヴァルハイトが、静かに口を開いた。
「クロノ様」
「ん?」
「この鉱石を持ち帰った理由は、単なる調査だけではないのですね」
「……?」
レオンは鉱石へ視線を落とした。
「北の鉱山跡で発見されたこの鉱石を、あえて王都へ持ち帰った。そして、あらゆる可能性を確認した上で、次の行動を決める……」
「いや、普通に持って帰っただけだけど」
「……なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
「クロノ様は、情報が揃うまで決して動かない」
「そんな大層なもんじゃ――」
俺が言いかけたところで、秘密基地の入口のドアが静かに開いた。
「……話の途中で悪いけど」
聞き慣れた声。
振り向くと、大きめの外套のフードを深くかぶった小柄な少女が立っていた。
紫の瞳が、机の上の青白い魔導鉱石へ向けられる。
「それ……持って帰ったのね」
「ああ」
少女は少しだけ目を細めた。
「やっぱり」
「何が?」
「北境で、最近その種類の魔導鉱石を扱う動きが増えてる」
少女は壁際まで歩くと、いつものように一定の距離を保ったまま立ち止まった。
「鉱山から王都へ運ばれてる量とは別に、北へ向かう流れが増えてるの。商人の仕入れ記録や、修理業者の注文まで追うと、ここ最近ちょっと妙なくらいね」
「……北へ?」
「ええ」
少女は頷いた。
「ただし、これだけで何かの事件だとは断定できないわ」
「そうなのか?」
「北境はこれから寒くなる。暖房用の魔道具も必要になるし、食料や燃料の輸送も増える。魔道具の修理部品だって、冬前なら注文が増えて当然」
「なるほど」
「だから、魔導鉱石の動きだけで何かを決めつけるのは危険」
淡々とした口調だった。
けれど、最後に少女は少しだけ言葉を濁した。
「……ただ」
「ただ?」
「増え方が、少し変なのよ」
「?」
「同じ時期に、別々の商人や業者から似たような注文が出てる。理由はそれぞれ違う。でも、向かっている先は……全部、北境」
少女はそこで話を切った。
「これ以上は、まだ売れる情報じゃないわ」
「売れる情報じゃない?」
「確証が足りないもの」
相変わらず、妙に割り切っている。
だが――。
「なら、確かめに行けばいい」
俺がそう言うと、少女は一瞬だけ紫の瞳を丸くしてこちらを見た。
「……北境へ?」
「ああ」
俺は机の上の魔導鉱石を見た。
「こいつが何なのかも気になるしな」
「ずいぶん素直な理由ね」
「悪いか?」
「別に」
少女は軽く肩をすくめた。
「でも、北境は王都みたいにぬくぬく安全な場所じゃないわよ」
「それくらい分かってる」
俺は立ち上がった。
「だからこそ、面白そうじゃないか」
「…………」
少女が無言になる。
その隣で、レオンが静かに目を伏せた。
「……なるほど」
「またかよ」
「危険だからこそ、自ら現地へ赴く。そこでしか得られない情報があると判断されたのですね」
「いや、だから面白そうだから――」
「承知しました」
「絶対分かってないだろ、お前」
リゼリアが小さくため息をついた。
「それで、どうやって北境まで行くの?」
「あ」
そこで俺は気づいた。
「……歩く?」
「三日分の食料を背負って?」
「…………」
さすがに、それは嫌だ。
しばらく考えたあと、俺はふと思い出した。
「アルヴァース商会なら、北へ荷を出してるんじゃないか?」
「そうね」
リゼリアが頷く。
「北境との取引もあるはずよ」
「なら話は早い」
俺は立ち上がった。
「北へ向かう荷があるなら、それに乗っていけばいいだろ」
「…………!」
レオンの表情が変わった。
「なるほど……」
「今度は何だよ」
「アルヴァース商会の物流網を利用することで、我々が単独で北境へ向かうよりも自然に現地へ入り込める」
「入り込むって……」
「商隊に紛れれば、こちらの動きを悟られる可能性も下がります」
「誰に?」
「まだ分かりません」
「だよな」
俺は頭を掻いた。
「まあ、普通に乗せてもらえばいいだろ」
こうして。
俺たちは王都北部にある、アルヴァース商会の集配所へ向かった。
◇
昼前。
商会の集配所は、いつも以上に活気に満ちていた。
大きな荷車が何台も並び、食料、衣類、燃料、魔道具の部品などが次々と積み込まれている。
「北境向けの荷ですか?」
対応してくれた番頭の男性が、帳簿を確認する。
「はい。今週も何便か出ますよ」
「やっぱり多いのか?」
「冬前ですからね」
男は苦笑した。
「北は寒くなるのが早いですから。食料や燃料、それに暖房用の魔道具は毎年この時期に増えます」
「なるほど」
「ただ……」
男が帳簿をめくる手を止めた。
「今年は魔道具関係の修理部品が少し多いですね」
「修理部品?」
「ええ。故障した魔道具の交換部品や、整備用の部品です。例年なら冬前に少し増える程度なんですが……」
「今年は?」
「北境のいくつかの町から、まとまった注文が来ています」
リゼリアとレオンが顔を見合わせる。
俺は帳簿を覗き込んだ。
「これ、壊れた魔道具が多いってことか?」
「そこまでは分かりません。ただ、修理業者からの注文が増えているのは確かです」
「ふーん……」
北で何かが起きている。
それは、少しずつ見えてきた。
でも――。
まだ、それが何なのかは分からない。
「それで、北境行きの商隊に乗せてもらえるか?」
「もちろんです。クロノ様たちでしたら――」
男が言いかけた、そのときだった。
――パチッ。
「?」
集配所の外から、小さく澄んだ音が響いた。
俺は振り返る。
通り沿いに設置された、昼間は消えているはずの街灯型の魔導灯。
そのガラスの奥が、誰も触れていないのに一瞬だけパッと青白く点滅し、すぐに消えた。
「……?」
俺は目を細めた。
「今の、なんだ?」
「え? ああ、街灯ですね」
「いや、昼間だぞ? なんで今ついたんだ?」
「失礼しました。回路の誤作動か、光の反射の見間違いかと……」
「見間違い、ねぇ……」
俺は消えた街灯を見つめた。
昼間の日差しの中。誰かが起動魔法を使ったわけでもない。
ほんの一瞬、まるで内部の魔力が勝手に跳ね跳んだような不気味な点滅。
「……まあ、いいか」
俺は踵を返した。
「北へ行こう」
今はまだ。
ただの回路の気まぐれかもしれない。
けれど――。
北へ向かう荷。増えている修理部品。そして、さっきの街灯の小さな点滅。
全部が繋がっているとは限らない。
だからこそ。
実際に現地へ行って、確かめてみる必要がある。
俺たちはその日の午後。
北境へ向かうアルヴァース商会の大きな商隊とともに、住み慣れた王都を後にした。




