第28話:持ち帰った魔導鉱石
翌朝。
王都の空は、雲ひとつない快晴だった。
俺――クロノ・アルヴァースは、秘密基地の机の上に置かれた青白い魔導鉱石を、じっと見つめていた。
昨日、北の鉱山跡から持ち帰った「戦利品」だ。
拳ほどの大きさをした透明感のある結晶。
陽の光を受けているわけでもないのに、その内部では淡い青白い光が、まるで意思を持つ生き物のように静かに揺らめいていた。
俺は椅子に深く腰掛け、肘を突いて指先で軽く結晶を突いた。
「……やっぱり、美しいな。ただの鉱石とは放つ『気』が違う」
隣でリゼリアが呆れたように溜め息をつく。
「朝からずっとそれ眺めてるよね。仕事(調査)進まないんだけど」
「ふっ……甘いなリゼリア。極上の秘宝を前にして、まずその造形美を愛でるのは探求者の基本だぞ」
「昨日持って帰ってくるときも同じこと言ってたよ」
「……コホン」
俺は軽く咳払いをひとつして、姿勢を正した。
そうだ。浮かれている場合ではない。これはただの観賞用アイテムじゃないんだ。
北の鉱山跡。
そこに隠されていた、異様な密度の魔導鉱石。
そして、それらが「北境方面」へ運ばれようとしていた事実。
何より――この結晶が秘める、既存の魔導体系とはどこかズレた不気味な気配。
リゼリアが机の上に、測定用の小さな魔道具を手際よく並べた。
「じゃあ、まずは基本的な性質から調べてみようか」
「くくっ、任せたぞ、我がチームの優秀な魔導技師」
「技師じゃないし。はい、真面目にやるよ」
◇
「まずは、普通の魔導鉱石と比較してみるね」
リゼリアが二つの結晶を机の上に並べた。
一つは、秘密基地に転がっていた一般的な魔導鉱石。
もう一つが、昨日持ち帰ったあの青白い結晶だ。
「同じくらいの量の魔力を流してみるよ」
リゼリアの綺麗な指先が、普通の結晶に触れる。
淡い光が内部をスッと走り、一定の輝きで安定した。
「普通の魔導鉱石はこんな感じ。流した魔力が素直に透過・蓄積される」
「うむ。実に美しい素直さだ」
「じゃあ、問題のコッチ」
リゼリアが青白い結晶へ、同量の魔力を流し込む。
――その瞬間だった。
シュン、と青い光が結晶内部を駆け抜ける。
最初はスムーズだった。だが――
ピクッ。
光が、まるで透明な壁にぶつかったかのように、一瞬だけ逆方向へ奇妙な脈動を起こした。
「……あれ?」
リゼリアの眉がぴくりと動く。
俺も身を乗り出した。
「今、光が一瞬『跳ね返った』ような動きをしなかったか?」
「うん……もう一度やってみる」
リゼリアが再び慎重に魔力を注ぎ込む。
青白い光が走り――
――ピクッ。
まったく同じポイントで、光がわずかに引きつるように揺らいだ。
「……やっぱり。流した魔力が素直に透過してない。まるで、結晶の途中で『何かに引っ張られて』流れが変わってるみたい」
「引っ張られている?」
「うん。でも魔力を吸収して減衰してるわけじゃないの。流れの位相が一瞬だけズレて、また元に戻る……そんな不自然な反応、見たことない」
俺は腕を組み、不敵な笑みを深めた。
(……くくっ、やはりな。ただの高級鉱石であるはずがないと思っていたんだ)
謎が謎を呼ぶ展開。実にゾクゾクしてくる。
「面白い! もう少し出力を上げて試してみようぜ!」
「……慎重にね。変な爆発とかされたら堪らないから」
「分かってるって!」
リゼリアが今度は少しだけ強めの魔力を込める。
――シュンッ!
青い光が強く輝いた、その刹那。
パチッ――ふっ。
机の端に置いてあった魔導ランプの明かりが、一瞬だけ不自然に暗転した。
「……え?」
リゼリアが顔を上げる。
ランプの明かりは、次の瞬間には何事もなかったかのように元通りの光量に戻っていた。
「今の……見間違いじゃないよね?」
「ああ。ランプの輝度が明らかに一瞬死んだ」
俺とリゼリアは顔を見合わせ、それから机の上の青い結晶を注視した。
「……この鉱石の仕業?」
「間違いねえな。魔力を強めた瞬間に、周囲の空間から光が引いた」
「でも、どうして? 鉱石が周りの魔力を喰ったわけでもないのに……」
悩むリゼリアを横目に、俺は腕を組んだまま胸を張った。
(ふふん、魔力を流すと光が奇妙に脈動し、周囲の魔導具すら一瞬狂わせる……! これこそまさに、秘密組織が隠し持つ『未知の魔導兵器の触媒』ってやつじゃないか!)
最高だ。昨日からの疑問が、一気にキな臭い巨大な影を帯びてきた。
「……ふっ、ますます気に入ったぞ」
「そこ!? 危険かもしれないんだよ?」
「危険だからこそ探る価値があるんだろ! 秘密組織が大量に集め、わざわざ『北境』へ運ぼうとしていた代物だぞ?」
「まあ……確かに普通じゃないけどさ」
リゼリアが苦笑した、その時だった。
背後で影のように静観していたレオンハルトが、重厚な声を響かせた。
「……ボス」
「ん? どうしたレオンハルト、何か見えたか?」
「ハッ。先ほどの現象……誠に恐ろしき洞察でございます」
「へ?」
レオンハルトは眼光を鋭くさせ、机の上の結晶を睨みつけた。
「あの鉱石そのものは、魔力を吸収してはおりませぬ。にもかかわらず、周囲の魔導ランプが一瞬だけ明度を落とした……。これは即ち、鉱石が『周囲の魔力の流れ(位相)そのものを局所的に歪めた』ことに他なりませぬ」
「お、おう……まさに俺もそう思っていたところだ」
「流石はボス! 表面上の魔力変化にとらわれず、空間全体の魔力網の歪みに着目されるとは……! つまりこの鉱石は、単体の兵器ではなく『広域の魔導インフラや地脈の偏調を引き起こすための触媒』……そうお考えなのですね!?」
「あ、ああ……! 当然だろ! (え、地脈?? 何それかっこいい!!)」
俺は平静を装いながら、内心でガッツポーズを決めた。さすが俺の右腕、相変わらず俺の思考(厨二設定)を完璧に言語化してくれる!
「……北境方面」
俺が静かに呟くと、リゼリアがハッとしたように顔を上げた。
「……北境の地脈?」
「ああ。こんな奇妙な性質を持つ鉱石が、なぜ北境へ『大量に』運ばれていたのか。ただの密輸や高値転売なら、わざわざあんな不気味な地下保管庫に隠す必要もない」
俺は革袋の中に鉱石を放り込み、口を固く縛った。
「北境で、何かが始まろうとしている……! 探る以外の選択肢はないだろ!」
「結局そこに行き着くんだね……」
リゼリアが呆れつつも、その瞳には探究者の好奇心が灯っていた。
その時だった。
――コン、と。
秘密基地の重い扉の隙間から、乾いた微かな音が響いた。
「……っ! 敵か!?」
レオンハルトが一瞬で腰の柄に手をかける。俺たちは一斉に入口へ視線を走らせた。
……静寂。
俺はレオンハルトを制し、警戒しながら扉へ近づく。ゆっくりと扉を開けると、そこには誰もいなかった。
ただ、石畳の上に一枚の薄い紙片が落ちていた。
「手紙……?」
拾い上げて開く。そこには、崩した文字で手短にこう記されていた。
――『北境へ向かう“不気味な荷”について知りたければ、今日の夕刻、いつもの場所へ』
差出人の名は記されていない。だが、この回りくどい演出と連絡方法。
「……来たな」
リゼリアが半目で俺を見る。
「情報屋?」
「フッ……そうだ。あいつが動いたということは、事態は俺たちが思う以上に加速している証拠だ」
俺は手紙をポケットにねじ込み、動きやすい旅装の襟元をビシッと正した。
「夕方、あの情報屋から裏の情報を吸い上げるぞ」
レオンハルトが胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「御意、ボス。奴が裏切る素振りを見せれば、即座に首を刎ねてご覧に入れます」
「いや、斬らなくていいからね!? 普通に取引するだけだから!」
リゼリアのツッコミが響く中、俺はニヤリと不敵に笑ってみせた。
「ふっ……北境の闇がどれほど深くとも、俺たちの前を阻むことはできんさ」
――この時の俺たちは、まだ何も知らなかった。
机の上に転がっていたあの青白い一粒の結晶が、やがて王国全土を揺るがす「地脈ドミノ」という巨大な破滅の始まりに過ぎなかったことを。




