第24話:北の鉱山跡
山間の朝の冷気が、頬を心地よく撫でていた。
昨夜の野営地を手際よく撤収した俺――クロノ・アルヴァース、レオンハルト、リゼリアの三人は、小型荷馬車に乗り込んでさらに山道を進んでいた。
だが、山深くへ入るにつれて道幅は狭まり、路面には大きな岩がゴツゴツと突き出していた。一頭立ての荷馬車は激しく揺れ、馬の歩みも限界を迎えていた。
御者台のレオンハルトが手綱を引き、馬車を路肩の大きな木陰に滑り込ませた。
「ボス。この先は勾配が急で岩場が多く、馬車での進行は危険にございます。荷馬車はこの木陰に安全に留め置き、ここからは徒歩で進むのが賢明かと存じます」
俺はパッと顔を輝かせた。
「おう、それがいい! 荷馬車はここに置こうぜ!」
麻ロープと手提げランタンを肩から斜め掛けにし、黒ローブの裾をバサリとなびかせて地面に降り立つ俺。
(うおぉぉぉぉっ!! 山道を黒ローブで歩いて敵のアジトを目指す……!! これだよこれ!! 秘密組織の遠征探検っぽさ1,000%じゃん!!)
胸の奥で厨二心のファンファーレが大爆発する俺の横で、リゼリアが呆れたようにため息をついた。
「クロノ、はしゃいでないで足元見て歩いてよ。滑ったら崖の下まで落ちちゃうんだから」
「ふっふっふ……秘密組織のボスたるもの、この程度の険しい山道など造作もないさ!」
レオンハルトは無言のまま紫紺の瞳を細め、手にした剣の柄にそっと手を添えながら、静かに周囲の草むらや木々の奥へ鋭い視線を走らせていた。
俺たちは鬱蒼とした深い森林の山道を登っていった。
◇
険しい山道を歩くこと三十分ほど。
木々の切れ間から、かつて鉱山として採掘が行われていたと思われる、茶褐色に削り取られた山肌が見え始めていた。
先頭を歩いていたリゼリアが、立ち止まって路面を指さした。
「あっ……クロノ、見て。この低木の小枝、折れたばかりだよ。切り口からまだ青い樹液が出てる」
俺とレオンが屈み込む。
リゼリアが指さした小枝の足元――湿った土の上には、はっきりと誰かが踏みつけたような新しい足跡がいくつか残されていた。
さらに数歩進んだ先には、黒く焦げた古い松明の燃えかすが転がっていた。
レオンハルトが燃えかすを拾い上げ、指先で煤を確かめて静かに呟いた。
「……まだ新しい。ここ最近、誰かがこの道を通ったようにございます」
情報屋の少女が言っていた「深夜に山道へ入っていく黒い馬車」の証言。
その噂が、現場に残された痕跡と重なり合った瞬間だった。
俺は不敵にニヤリと笑った。
「よし……! この先に奴らがいるのは間違いなさそうだ! 慎重に行くぞ!」
◇
山道を登りきると、そこはすり鉢状に切り開かれた古い採掘場の広場になっていた。
打ち捨てられた錆びだらけのトロッコの車輪や、破れた破片が散乱するカビ臭い広場。
その山肌の壁面には、暗い洞窟の入り口が幾つも並んでいた。
広場の入口には、雨風にさらされて文字が掠れた古びた木製の案内標識が傾いて立っていた。そこには『第1坑道』から『第4坑道』までの矢印が彫られている。
「うわぁ……坑道がいっぱいあるな。どれが本命なんだ?」
俺が木札を見上げていると、広場の奥を調べていたリゼリアが声をあげた。
「クロノ、こっち! 『第3坑道』の入口の周りだけ、地面に湿った新しい足跡がいっぱい集まってるよ!」
見に行くと、確かに第1、第2、第4坑道の入口は雑草が生い茂り、クモの巣が張っていたが、一番奥にある『第3坑道』の入口周辺だけは草が踏み荒らされ、幾筋もの足跡が坑道の奥へと続いていた。
俺はぽんと手を叩いた。
「なんだ! 第3坑道だけ人の出入りがあるなら、奴らが使っているのはここだな!」
すると、後ろで控えていたレオンハルトが、紫紺の瞳を恐ろしいほどの感服の光で揺らし、深々と頭を下げた。
「……恐れ入りました、ボス。昨夜の古い館で得た『第3坑道』という僅かな手がかりから、現場に到着されるや一瞬にして本命の坑道を見抜かれるとは……! その神算鬼謀、感服の至りにございます」
(いや、ただ単に足跡がいっぱいあったから言っただけだけど!?)
俺たちは息を殺して第3坑道の入口へと近づいた。
◇
第3坑道の内部は、外部の日光が届かない冷やりとした暗闇が広がっていた。
壁面には古い松明の金具が取り付けられており、湿った岩肌の臭いが鼻をつく。
俺たちが壁に背を預け、慎重に奥へと足を進めると――坑道の深部から、かすかな灯りの漏れと、複数の男たちの低い話し声が反響して聞こえてきた。
『……おい、例の積み荷の点検は終わったのか?』
『ああ、別館から届いたブツだろ。地下の保管庫に運んだよ……』
俺の心臓が、跳ねるように高鳴った。
(うわあぁぁぁ……!! 来た……!! 薄暗い坑道の奥での悪党たちの極秘のやり取り……!! 本物の秘密結社のアジトっぽさ100,000%じゃん!!)
興奮で黒ローブの袖を握りしめる俺。
だが、その時だった。
坑道の奥から聞こえていた男たちの話し声が――ふっと、唐突に途切れた。
静寂。
洞窟の天井から水滴が垂れる『ポツン……』という音だけが、不気味に響き渡る。
レオンハルトが、音もなく俺の目の前に一歩前へ出た。
その紫紺の瞳は極限まで細められ、全身から刃物のような本気の殺気が溢れ出していた。
レオンが声を出さず、静かに振り返って俺を見つめた。
奥の曲がり角を照らしていた手提げランタンの灯りが、ゆらりと不自然に揺れている。
敵が俺たちの足音に気づいたのか、それとも単に作業の手を止めただけなのか――。
張り詰めた静寂の中、俺は生唾をゴクリと呑み込み、低く静かに呟いた。
「……誰かいる」
暗闇が支配する第3坑道の奥深く、不気味な緊張感がクロノたちを静かに包み込んでいくのだった――。




