第21話:旧街道の分岐点
翌日。
俺――クロノ・アルヴァースは、いつものボロ倉庫で黒ローブの裾をバサリとなびかせていた。
「よし! 昨日見つけたあの『三本線と点』の謎のマーク……やっぱり気になるからな! 今日も北の旧街道の先を徹底的に調べに行くぞ!」
隣で控えていたレオンハルトが、紫紺の瞳を細めて恭しく首を傾げた。
「ボス。王都の外への捜査を継続されるのですね」
「おう! 秘密組織の謎の刻印を追って、敵のアジトへ迫る……これぞまさに冒険とミステリーの醍醐味じゃないか!」
「……承知いたしました。ボスの目指される道、どこまでもお供いたします」
俺たちは黒ローブを羽織り、再び王都の北門を抜けて、昨日の峠の茶屋がある北の旧街道へと足を進めたのだった。
◇
王都の喧騒を離れると、街道の周囲は鬱蒼とした深い木々に囲まれ、静寂が支配していた。
昨日確認した峠の茶屋を通り過ぎ、荒れた土の道をさらに三十分ほど進んだ時のことだ。
視界が開け、旧街道は左右二つの道へと大きく枝分かれしていた。
左右の道の真ん中には、雨風にさらされて傾いた古びた木製の道標がぽつんと立っている。
「ん……? 道が二つに分かれてるな」
俺が道標に近寄って覗き込むと、その側面にまたしてもあの奇妙な記号が刻まれていた。
だが、今回は一つではない。
左の道を示す木札の端と、右の道を示す木札の端……その両方に、刃物で削ったような『三本線と点』のマークが刻まれていたのだ。
俺は目を見開いた。
「うわっ! こっちにもあるじゃん! しかも……あれ?」
よく見比べると、左右の刻印には微妙な違いがあった。
左の道標に刻まれたマークには点が『一つ』。
右の道標に刻まれたマークには点が『二つ』横に並んで刻まれていた。
「えっ……? 左は点が一個で、右は二個……? どういうことだ?」
俺が首を傾げていると、右側の街道の茂みからガサリと音がして、人影が歩み出てきた。
大きめの外套のフードをかぶった少女――情報屋だった。
彼女は俺たちの姿を認めると、脚を止め、いつもと変わらない冷めた瞳で短く告げた。
「……先に来てたのね」
俺は驚いて声をあげた。
「情報屋!? なんで右の道から出てくるんだ!?」
「あなたたちとは別の道を追ってきただけよ。……あっちの迂回路から馬車の痕跡を探してたの」
彼女は余計な弁明は一切口にせず、ただ自身の追跡ルートの延長としてここに到達したことを淡々と口にした。
少女は道標に歩み寄ると、左右の木札に彫られた刻印に視線を落とした。そして、細い指先で点の部分をそっと撫で、不審そうに目を細めた。
「……待って。この印、昨日のとは少し違うわ」
「だろ!? 左は点が一個で、右は点が二個なんだよ! これってどういう意味なんだ? 『点が一個の道が本物で、二個の道は罠』とかそういうやつか!?」
内心で厨二心が大爆発する俺の問いに、少女は小さく首を振った。
「……分からないわ。これがルートを示す番号なのか、距離の目印なのか……それともただの通過記録なのか。こんな刻印、私の知る情報網にも載ってない」
浮かれる俺の横で、リゼリアが屈み込んでぬかるんだ路面を観察していた。
「ねえ、クロノ。刻印の意味は分からないけど……こっちの左の道だけに、馬車の車輪の跡が残ってるよ?」
「えっ? 本当か!?」
俺も屈み込んで確認すると、左のぬかるんだ道には確かに重い荷を積んだ車輪の深い溝が続いていた。逆に、右の草生い茂る道には車輪の跡は一切なかった。
俺はぽんと手を叩いた。
「なんだ! 刻印の意味は分からなくても、馬車が通ったなら左の道を追うのが一番だろ!」
至極当然の、ごく普通の判断。
すると、後ろで控えていたレオンハルトが、紫紺の瞳を感服の光で揺らし、深く頭を下げた。
「……お見事でございます、ボス。意味の定まらぬ不確定な暗号に惑わされることなく、目の前の物理的証拠を即座に優先されるその明晰なご判断……! 感服いたしました」
(いや、ただ単に車輪の跡があるからそっち行こうって言っただけだけど!?)
相変わらずの深読みコントが炸裂する中、少女も静かに頷いた。
「……そうね。今のところは、車輪の跡を追うのが一番確実よ」
俺たちは馬車の残した確実な痕跡に従い、左の街道へと足を踏み入れた。
◇
左の道は、右の道に比べて木々がさらに深く覆いかぶさり、日差しも届かない薄暗い道だった。
ぬかるんだ地面には、はっきりと馬車の車輪の跡が伸びている。
だが、しばらく進むと地面の水気が引き、土が乾いて硬くなり始めていた。車輪の凹み跡も少しずつ薄くなり、途切れ途切れになっていく。
「ん……? 跡が薄くなってきたな」
俺が立ち止まって路面を見下ろすと、リゼリアが街道の脇の低木へ歩み寄った。
「クロノ、こっち! この枝、最近折れたみたい。葉っぱもまだ青いよ」
リゼリアが指さした先には、馬車の車体か荷物が引っかかって強引にへし折られたような小枝が残されていた。足元の草も、重い車輪に踏みつけられたように押し潰されている。
追いついた少女も、少し離れた位置から折れた枝を検分し、静かに呟いた。
「……枝の折り口も草の押し潰され方も、まだ新しいわね。車輪の跡が薄くなっても、馬車がこの道を通ったのは間違いないわ」
俺は納得して首を頷かせた。
「よし! 車輪の跡だけじゃなくて折れた枝や草の倒れ方もあるなら、やっぱりあの黒い馬車がこっちへ来た可能性は高そうだな!」
すると、レオンハルトが紫紺の瞳を一層細め、静かに感服の溜め息を漏らした。
「……流石にございます、ボス。単一の証拠のみに固執せず、複数の痕跡を重層的に照合して確証を得られるとは……」
(いや、普通に見たらそうだろ!?)
俺が心の中でツッコミを入れていると、さらに進んだ先で、大きな岩が張り出した乾いたエリアに差し掛かった。そこでは車輪の跡が完全に途絶えていた。
「あれ……? 完全に消えたぞ?」
俺たちが足を止めると、リゼリアが少し先まで駆け寄って路面を確かめた。
「……あった! ここからまた続いてるよ!」
張り出した岩の乾いた地面を避けるように、車輪の跡は路肩のぬかるんだ端へと少し逸れて、再び先へと伸びていた。
少女もその場所を静かに見定め、そっけなく呟いた。
「……この辺りで、馬車が道の端に寄せたみたいね」
さらにその先へ歩みを進めると、街道脇に立つ大きな木の幹の低い位置に、俺の目が留まった。
「あっ……! またあるぞ!」
俺が指さした木の幹には、刃物で削られた『三本線と点』のマークが刻まれていた。
そこにも、点が『一つ』刻まれている。
少女が少し離れた位置から木を見上げ、静かに呟いた。
「……分岐点の刻印と同じ形ね」
俺は黒ローブの胸を張り、ニヤリと不敵に笑った。
「ふっふっふ……この刻印と黒い馬車。二つの謎が、一本の道で繋がっているのかもしれないな!」
レオンハルトとリゼリアが力強く頷く。
「「ハッ!!」」
少女は少し間を置いてから、俺たちとは別の位置を保ったまま、静かに左の道へ足を向けた。
夕闇が迫る木々の中、新たな謎を秘めた旧街道を、クロノたちの足音が力強く響き渡っていくのだった――。




