第20話:街道の追跡
翌日。
いつものボロ倉庫に集まった俺――クロノ・アルヴァースは、黒ローブの腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「よし! 昨日の黒い馬車の行方だけど、今回は情報屋を待たずに、俺たち自身の足で探しに行こうぜ!」
レオンハルトが恭しく首を傾げた。
「ボス。情報屋への依頼はお控えになられるのですか?」
「いやいや!t秘密組織のボスたるもの、自分の足で現地を捜査して手がかりを追うのも醍醐味だからな! ずっと人に頼ってばかりじゃ格好つかないだろ!」
前世で読んだ数々の探偵小説やラノベの主人公たちを思い浮かべ、俺は胸を張った。
レオンは紫紺の瞳を細め、静かに深く頷いた。
「……ボスのお考え、承知いたしました」
俺たちは黒ローブの裾をバサリとなびかせ、昨夜馬車が消えていった王都の北門検問所へと向かった。
◇
昼下がりの王都北門。そこは王都の外へと向かう行商人の荷車や旅人でごった返していた。
関所の門前には、槍を手にした強面な警備の役人たちが立ち、出入りする人々を鋭い眼光で検分している。
俺は物怖じすることなく、一番近場にいたガタイの良い役人の前へ歩み寄った。
「すいません! 昨日の夜、黒い馬車を見なかった?」
役人は「あぁ?」と不機嫌そうに眉をひそめ、子供である俺を見下ろした。
「黒い馬車だぁ? ……お前、そんなものを聞いてどうする?」
「ちょっと探してるんだ!」
「ガキの遊びに付き合ってる暇はねえ。ほら、あっちへ――」
役人がそこまで言いかけた、その時だった。
俺のすぐ後ろに、すっと大きな影が落ちた。
レオンハルトが無言のまま、役人の目の前に立った。
紫紺の冷たい瞳。一切の感情を削ぎ落とした静かな佇まい。元・王国騎士たるレオンが放つ本物の殺気が、無意識のうちに鋭く刺さっていた。
「ひっ……!」
役人の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「く、黒い馬車なら……昨夜、三更過ぎに通った。北の旧街道方面へ向かったぞ……!」
がくがくと膝を震わせながら、一息に口を割る役人。
俺はパッと顔を輝かせた。
「おお! 北の旧街道だな! ありがとう、おじさん!」
俺は役人の肩をぽんと叩くと、清々しく振り返った。
「よし、北の旧街道を辿ってみようぜ!」
「ハッ!」
レオンは相変わらず無言のまま、役人から静かに視線を外して俺の後を追った。自分がただ立っていただけで相手を恐怖させたことすら気にしていない様子だった。
俺は満足げにうなずき、北門を抜けて旧街道へと踏み出したのだった。
◇
王都を少し離れると、街道の景色は草木の深まる寂れた旧街道へと変わっていた。
かつては主要な交易路だったというその道は、今は舗装も荒れ、人通りも疎らだった。
夕刻近く。街道沿いに古い風よけの峠の茶屋が見えてきた。
「ちょっと休んでいこうぜ」
そう言って茶屋へ向かおうとした、その時だった。
街道の向こうから、大きめの外套をまとった少女が歩いてくるのが見えた。
「……あれ?」
俺は目を丸くした。
「情報屋!?」
少女も脚を止め、いつもと変わらない冷めた瞳で俺たちを一瞥すると、短く告げた。
「……声が大きいわ」
「なんでこんな所にいるんだ!?」
「……私もあの馬車を追ってるだけよ」
俺は驚いて聞き返した。
「えっ、情報屋も馬車を追ってたのか!? 俺たち、関所の役人からあの馬車が北の旧街道に向かったって聞いて、ここまで来たんだ!」
少女は手元に抱えた小さな羊皮紙の帳面を開き、静かに視線を落とした。
「……そう。私が北門周辺の馬車引きから割り出した通過記録と、一致するわ」
「じゃあ、やっぱり同じ馬車なんだな!」
「……たぶんね」
少女は帳面を閉じると、茶屋の横のぬかるんだ路面へ視線を向けた。そこには重い荷を積んだ馬車が通過したような深い車輪の跡が残されていた。
だが、その跡を追っていた俺の視線が、路傍にぽつんと立っていた古びた木製の立て札で止まった。
街道の案内標識と思われるその木札の側面に、刃物のようなもので小さく刻まれた『何か』があった。
「あれ……? なんだ、このマーク?」
俺が指さした場所を、少女とレオンが覗き込む。
そこに刻まれていたのは――蛇の刻印ではない。三本の交差する線と、奇妙な点が刻まれた、見たこともない小さな簡易マークだった。
俺は少女を見上げた。
「これ、蛇のマークの仲間の印か?」
少女は指先で木札の刻印を静かに撫で、小さく首を振った。
「……分からないわ。こんな印、見たことない」
(うわぁぁぁぁっ!! 出たぁぁぁぁっ!! 蛇のマークとはまた別の、謎の合図・隠し刻印……!! 『この先、組織の領域なり』みたいなやつじゃん!! ますます本格的なミステリーっぽくなってきたぞ!!)
胸の奥でワクワクした大興奮が込み上げ、俺は黒ローブの袖をバサリとなびかせた。
「よし!この痕跡を辿って、さらに北を調べてみようぜ!」
レオンハルトとリゼリアが力強く頷く。
「「ハッ!!」」
だが、旧街道の奥からは冷たい夜風が吹き抜け、あたりはすっかり深い夕闇に包まれつつあった。
「……今日はもう暗い。これ以上闇雲に進むのは危険ね。一度引いて、明日また調べ直しましょう」
情報屋の少女の冷徹な進言に、俺も不敵に頷いた。
「よし! 決まりだ! 一旦王都へ戻って、明日改めてこの先の街道を捜査しようぜ!」
俺たちは一度王都のボロ倉庫へと引き返し、翌日の再捜査に向けて備えるのだった――。




