第19話:ヴァルカ商会の極秘別館
ボロ倉庫の薄暗い一角。
前回手に入れた『ヴァルカ商会・極秘別館』と書かれた謎の伝票を丸テーブルの上に広げ、俺――クロノ・アルヴァースは、黒ローブの腕を組んで唸っていた。
「『極秘別館』……。表向きは善人の大商人ヴァルカ……だが、その陰に隠された秘密の別館……! めちゃくちゃ怪しい響きじゃないか……!」
胸の中で厨二心のファンファーレが鳴り響いていると、古びた扉がギィ……と開いた。
入ってきたのは、外套のフードを深めにかぶった銀髪の『情報屋の少女』だ。
彼女は俺たちの前まで歩み寄ると、小さな羊皮紙のメモをテーブルへ淡々と置いた。
「……見つけたわ」
俺はハッと目を輝かせた。
「もう分かったのか!?」
「伝票の筆跡と紙質を追って、王都の不動産記録と照合したわ。支店や倉庫として登録されていないけれど、賃料の支払い元を辿るとヴァルカ商会に行き着く古びた倉庫が一つあった」
彼女は冷めた声で淡々と説明を続けた。
「表向きは個人所有の平凡な資材置き場よ。だけど、深夜になると表の帳簿にない馬車が出入りしてる。……今回は場所の特定と出入りの時間帯まで調べ上げたから、銀貨五枚。……買うの、買わないの?」
「買う! 速攻で買う!」
俺が躊躇なく銀貨五枚を差し出すと、少女は手際よく受け取ってポケットに仕舞った。
「言っておくけど、そこが本当に商会の『秘密拠点』なのかは、まだ確定してないわ。……見に行くなら気をつけることね」
少女はそれだけ告げると、風のように倉庫を去っていった。
俺は不敵な笑みを浮かべ、黒ローブの裾をバサリとなびかせた。
「ふっふっふ……よし、さっそくその『極秘別館』とやらを拝みに行こうぜ!」
後ろで控えていたレオンハルトが、紫紺の瞳を爛々と輝かせて深く頭を下げた。
「……お見事でございます、ボス。敵が張り巡らせた偽装の賃貸契約の裏を突き、真の拠点へと一網打尽に迫るご見識……! 感服いたしました!」
(いや、今情報屋が教えてくれた場所を見に行くだけだけど!?)
相変わらずの深読みコントを交えつつ、俺たちは王都の東地区にある問題の倉庫へと向かったのだった。
◇
夜の東地区、打ち捨てられた職人街の片隅。
月明かりがうっすらと照らす路地の物陰に、黒ローブ姿のクロノ、レオン、リゼリアの三人組が身を潜めていた。
正面に建っているのは、看板もなく、一見するとどこにでもあるごく普通の古い木造倉庫だった。
だが、昼間は静まり返っていたはずのその建物の周りに、不自然な気配があった。建物の角や街灯の届かない影に、数人の見張りらしき男たちが静かに佇んでいる。
(……うわ。なにあの無骨な木造倉庫……! 看板もないのに見張りだけがいるとか、秘密結社の隠れ家っぽさ1,000%じゃん!!)
内心で大興奮のクロノだったが、必死で顔の筋肉を締め、冷徹な仮面を維持した。
クロノは物陰から倉庫の配置を観察し、あえて裏手の高台にある崩れかけたレンガ壁を指さした。
「レオン、リゼ。あえて正面の路地から近づくのはやめだ。あの崩れかけたレンガ壁の上へ登り、倉庫の裏口を見下ろす位置を確保するぞ!」
レオンは紫紺の瞳を見開いた。
「……! ……あえて不安定な足場を選び、高所から敵の逃走経路と裏口の死角を同時に抑える……! 敵の警戒網を完璧に把握されているのですね、ボス!」
(いや、高いレンガ壁の上から見下ろした方が闇の組織っぽくて格好いいからだけど!?)
クロノたちは足音を殺し、崩れたレンガ壁の上へと登った。
そこからは、倉庫の裏口と、そこに待機している黒い馬車が一目で見渡せた。
すると突然、倉庫の裏口の重い木扉がギィと開き、外套を着た一人の男が静かに姿を現した。
男は周囲の路地に鋭い視線を走らせると、懐から『何か』を取り出した。
見張りが掲げた手提げランタンの淡い光が、男の手元を照らす。
それは――不気味な『蛇の刻印』が深々と彫り込まれた、小さな金属製のプレート(札)だった。
男はその金属札を手に取り、見張りの男へと示して見せた。見張りは深く頷き、無言で道を空ける。
レンガ壁の上からそれを見ていたクロノの脳内で、大歓声が爆発した。
(うわあぁぁぁぁっ!! 出たぁぁぁぁっ!! 蛇のマークが入った金属札!! 『これが我らの証だ……』みたいな、秘密組織の構成員証明プレートじゃん!! めちゃくちゃ格好いいなそれ!! 俺も『クロノ・ヴェール』の黒い金属プレート作りたい!!)
厨二心が限界突破して目を輝かせるクロノ。
レオンハルトも紫紺の瞳を細め、殺気を孕んだ低い声で囁いた。
「……ボス。あの蛇の金属札……敵組織の上位構成員にのみ与えられる身分証明の類かと。あのような物を所持しているとは、あの男……間違いなく組織の重要人物にございますね」
金属札を見せた男は、倉庫の中に留まることなく、そのまま裏口に待機していた黒い馬車へと乗り込んだ。
御者が鞭を鳴らすと、馬車は路地の闇を滑るように走り出し、王都の北門方面へと向かい始めた。
「あっ! 馬車が出発したぞ!」
クロノは目を見開いた。
「レオン! 追うぞ!」
「ハッ!」
クロノたちはレンガ壁から飛び降り、夜の路地を全速力で走って馬車を追いかけた。
しかし、馬車の速度は予想以上に速い。夜の静寂を破る蹄の音が、路地の奥へと遠ざかっていく。
「くっ……速いな! このままだと見失うぞ!」
焦るクロノの横で、レオンが路地の先を見据えた。
「ご安心ください、ボス! 北門へ向かっているのであれば、こちらの裏道を抜けましょう!」
(いや、ただ全速力で走ってるだけなんだけど!?)
クロノたちは物陰や裏道を必死に走り抜け、馬車を追跡した。
だが、北門の手前の大通りに出た時には、すでに馬車の姿はなく、街道の闇の中に遠く車輪の音が聞こえるだけだった。
息を切らして立ち尽くすクロノたち。
「……くそっ、逃げられたか……!」
そこへ――路地の暗がりから、足音もなく情報屋の少女が歩いてきた。
クロノは思わず目を丸くした。
「情報屋!? なんでここに……!?」
「あなたたちとは別の道を追ってきただけよ。あの馬車の向かう先を少し確かめたかったから」
少女は遠ざかる街道の闇を見つめ、静かに言葉を重ねた。
「……あの男、ヴァルカ商会の人間じゃないわ。商会のリストにない外の人間よ。……馬車は北門を抜けて、そのまま外の街道へ向かったわ」
クロノはハッと息をのんだ。
「王都の外……!?」
「……ええ。あの倉庫がヴァルカ商会の関係地なのは確かだけど……あの蛇の札を持った男が誰で、どこへ向かったのかまでは……北門の先までは確認できたわ」
少女はそれ以上追跡しようとはせず、淡々と事実だけを告げると、背を向けた。
クロノは手に入れた手がかりを握りしめ、ニッと頼もしく笑った。
「よし……! 商会じゃない謎の男に、蛇の金属札! ますます秘密結社の事件っぽくなってきたぞ! 次は北門の外を追いかけてみようぜ!」
「「ハッ!!」」
少女は勝手に盛り上がるクロノたちの後ろ姿をそっけなく見送り、夜の闇の中へ静かに消えていった。
三人は目を輝かせ、夜の街道へと駆け出していくのだった。
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