第18話:本物の裏取引
ボロ倉庫の薄暗い一角。
この前の『善意の薬草』という盛大な肩透かしから数日が経過していた。
俺――クロノ・アルヴァースは、黒ローブの腕を組んで丸テーブルの前に座り、真剣な顔でうーんと深く唸っていた。
(うーん……前回のガルドさんは、完全にただの良い人だった……。だが、秘密結社『クロノ・ヴェール』のボスとして、一度の勘違いで折れるわけにはいかない……!)
俺が前世のライトノベルの知識をフル回転させながら頭を抱えていると、古びた扉がギィ……と重い音を立てて開いた。
入ってきたのは、大きめの外套のフードを深くかぶった銀髪の『情報屋の少女』だ。
彼女は俺たちの前まで足早に歩み寄ると、小さく折り畳まれた羊皮紙のメモをテーブルへ置いた。
「……見つけたわ」
俺はハッと息をのんだ。
「……今度は、本物か?」
「ええ。前回のガルドの件とは訳が違うわ。今夜、王都の西郊外にある廃採石場で、極秘の荷の引き渡しが行われる。蛇の印がついた木箱……間違いなく本物の裏取引ね」
彼女は淡々と、しかしどこか言葉に重みを持たせて続けた。
「相手はかなり危険な連中よ。今回は現場の特定だけじゃなく、採石場の複雑な地形や見張りの配置、逃走経路まで全部調べ上げたわ。……だから、銀貨五枚。……買うの、買わないの?」
「買う! 速攻で買う!」
俺が躊躇なく銀貨五枚を差し出すと、少女は手際よく受け取り、検分してからポケットに仕舞った。
「決行は今夜。……冷やかしで行くような場所じゃないから、くれぐれも気をつけることね」
少女の真剣な言葉に、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
(……ゴクリ。今度は、マジで本物の裏取引だ……!)
前回一度完全に外しているだけに、俺も今回は変にはしゃぐことなく、真剣な顔で重々しく頷いた。
「……分かった。慎重に行こう」
すると、後ろで静かに控えていたレオンハルトが、紫紺の瞳に感服の光を宿して深く頭を下げた。
「……素晴らしいお姿にございます、ボス。前回の一件を経てもなお、一切の慢心を持たず、より一層の警戒と冷静な観察を重ねられるとは……。まさに真の指導者の器にございます」
(いや、前に外したから普通にビビって慎重になってるだけだけど!?)
相変わらずの噛み合わなさの中、いつもは明るいリゼリアも口数を減らし、真剣な面持ちで魔法の符石を握りしめていた。俺たちの間には、これまでにない重々しい緊張感が走っていた。
◇
深夜。王都の西郊外、すでに打ち捨てられた巨大な廃採石場。
月明かりすら届かない巨大な岩の陰に、黒ローブ姿のクロノ、レオン、リゼリアの三人組が気配を殺して身を潜めていた。少し離れた高台の岩陰には、外套のフードをかぶった情報屋の少女も様子を見守っている。
岩壁に囲まれた広い石切り場の広場には、手提げランタンの鈍い光がポツンと落ちていた。
そこに集まっていたのは、重装備の用心棒を連れた数人の黒服の男たち。彼らは終始無言のまま、周囲の暗闇に鋭い視線を走らせ、手にした短剣や魔法具の柄に指をかけていた。
前回の礼拝堂ののどかな空気とは、明らかに異質だ。夜風が吹くたび、岩肌を滑る冷たい音が耳を刺す。肌を刺すような、ピリピリとした殺気。
(うわ……なにこれ、めちゃくちゃ雰囲気ある……! 深夜の廃採石場での密会……格好良すぎるだろ……!!)
内心で厨二心が激しく揺さぶられたが、俺は必死で顔の筋肉を締め、冷徹な仮面を維持した。目の前の男たちの眼光は、本物の殺意を孕んでいる。ここで浮ついた動きをすれば、一発で消されるという本能的な恐怖があった。
男たちの前には、数個の頑丈な木箱が置かれていた。
ランタンの光がその側面を淡く照らす。そこには確かに――あの不気味な『蛇の刻印』が深く焼き付けられていた。
広場の中央で、仮面をつけた男と、身なりの良い黒服の男が静かに言葉を交わし始めた。
身なりの良い男が、重そうな革袋を仮面の男へと手渡す。ジャリ……と重厚な金貨の触れ合う音が静寂に響いた。
「……確認した。例の品は、予定通り西の境界砦へ運べ」
「了解した。……『あの方』にも、滞りなく完了したと伝えておく」
仮面の男が口にした「あの方」という言葉。その響きに、陰で見守るクロノの脳内で電撃が走った。
(あの方……!! 『あの方』だって!! うわあぁぁぁ!! いる!! 絶対に陰で糸を引いてる謎の人物が存在するじゃん!! 『あの方の言われるがままに……』みたいなやつじゃん!!)
胸の奥で滾る大興奮と、目の前の殺伐とした空気への恐怖が混ざり合い、クロノは黒ローブの手をぎゅっと握りしめた。
取引を終えた男たちは、木箱を黒い馬車へと手際よく積み込み、風のように暗闇の街道へと去っていった。
◇
男たちが完全に姿を消し、馬車の遠ざかる音が消えてから、クロノたちは慎重に採石場の広場へと降り立った。
静まり返った広場には、馬車の車輪の跡と、うっかり落とされた一枚の羊皮紙の伝票だけが残されていた。
少女が高台から静かに降りて歩み寄り、その伝票を拾い上げた。
月明かりの下で伝票を検分した少女が、不審そうに目を細める。
「……これ」
クロノが覗き込むと、そこにはあの不気味な『蛇の刻印』と共に、鮮明な文字が残されていた。
『搬出元:王都中央区・ヴァルカ商会 極秘別館』
クロノは目を見開いた。
「また……ヴァルカ商会!?」
少女は伝票の裏面や羊皮紙の質感を指先で確かめ、静かに呟いた。
「……まだ断定はできないわ。この伝票が本物なのか、それとも誰かがヴァルカ商会の名を騙っているのか……。それに、この『極秘別館』という場所がどこにあるのかも、まだ確認が必要ね」
少女は伝票を小さく折り畳むと、ポケットへ仕舞い、背を向けて静かに歩き出した。
彼女は振り返ることなく、そっけない声で短く告げた。
「……この伝票の真偽と『極秘別館』の場所について、詳しく調べがついてから連絡するわ。知りたかったら、また買いなさい」
クロノは頼もしくニッと笑った。
「おう! 絶対買うよ! 頼んだぞ、情報屋!」
「……そう」
少女はそれだけ言うと、夜の闇の中へ静かに消えていった。
クロノは闇を見送り、レオンとリゼリアを見つめた。
「よし……! 『あの方』、そして『極秘別館』の手がかりが見えてきたぞ! 次の一手が楽しみだな!」
「「ハッ!!」」
三人は不敵な笑みを浮かべ、夜の街へと駆け出していくのだった。




