第17話:蛇の刻印を持つ男
ボロ倉庫の丸テーブルの上。
夕闇が差し込む室内で、俺――クロノ・アルヴァースは黒ローブの腕を組み、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「大商人ヴァルカ本人は、困ってる人を助ける超良い人だった……。だが! その巨大な商会の中に、あの『蛇の刻印』を使って不穏な荷物を動かしている裏の人間がいるのは確実だ……!」
胸の中で厨二心のファンファーレを鳴らしていると、古びた扉がギィと開いた。
入ってきたのは、大きめの外套のフードをかぶった銀髪の『情報屋の少女』だ。
彼女は俺たちの前まで歩み寄ると、小さな羊皮紙のメモをテーブルへ淡々と置いた。
「……調べてきたわ」
俺はハッと目を見開いた。
「おおっ! もう分かったのか!?」
「ヴァルカ商会の中で、あの蛇の刻印がついた荷を直接扱っている人間を一人見つけたわ。……今回は個人情報の特定だから、銀貨四枚。……買うの、買わないの?」
「買う! 速攻で買う!」
俺が銀貨四枚を手渡すと、少女は手際よく受け取ってポケットに仕舞い、冷めた声で報告を始めた。
「男の名前はガルド。ヴァルカ商会の倉庫管理主任よ。商会に十年以上勤めていて、表向きは極めて真面目で仕事もできる。ヴァルカ本人からの信頼も厚い人物ね」
俺は「来たぁぁぁ!」と内心で大歓喜した。
(来たぁぁぁぁ!! 信頼されている真面目な幹部が、実は陰で怪しい荷物を動かしている裏切り者……! これも秘密結社ものの王道・超定番じゃん!!)
だが、レオンハルトが羊皮紙の表書きを覗き込み、紫紺の瞳を細めた。
「……ボス。この男の表向きの経歴には、一切の隙がございません。十年間の勤務で遅刻も過失もなく、ヴァルカ本人から何度も表彰されております。真面目そのものの人物ですが……」
俺は首を傾げた。
「え? じゃあ、やっぱりただの良い人なのか?」
そこで、情報屋の少女が短く付け加えた。
「……ただ、一つだけ妙なことがあるの」
「何?」
「そのガルドという男。蛇の刻印がついた荷を扱う日に限って、夕刻になると必ず一人で商会を離れてるわ。……どこかへ『何か』を運んでいるみたい」
俺はニッと不敵に笑った。
「よし! なら、そのガルドって男を尾行してみようぜ!」
◇
夕暮れ時の王都、雑多な人通りが交錯する商業区。
商会の裏口から、地味な作業着を着た中年男性――ガルドが、小さな木箱を抱えて一人で出てきた。
離れた建物の陰で、黒ローブ姿のクロノ、レオン、リゼリアの三人組が身を潜めている。少し離れた屋根の上には、フードを深くかぶった情報屋の少女も様子を見守っていた。
ガルドは周囲を警戒するように見回すと、路地へと足早に歩き出した。
(ふっふっふ……始まったぞ、秘密組織の尾行ミッション!!)
大興奮のクロノは、不敵に笑ってレオンに指示を出した。
「レオン。地上から追うのはやめだ。あえてあの屋根の上から尾行しよう!」
レオンは紫紺の瞳を見開いた。
「……! ……地上での人混みに紛れた急な視界不良を避け、高所から広域で対象を追跡されるおつもりですね……! さすがです、ボス!」
(いや、屋根の上を歩いた方が闇の組織っぽいからだけど!?)
クロノたちは屋根の上へ移り、黒ローブをバサバサとなびかせながらガルドの後を追った。
◇
やがて、ガルドが辿り着いたのは――王都の片隅にある、小さく古びた石造りの礼拝堂だった。
ヴァルカ商会の華やかさとは無縁の、質素で静かな場所。
ガルドは路地の物陰に入ると、礼拝堂の裏口から出てきた人物と落ち合った。
離れた屋根の上から覗き込むクロノの胸が高鳴る。
(うわ……! 裏路地の影で密会……! 絶対なんか怪しい取引じゃん!!)
ガルドは抱えていた小さな木箱を、相手の人物へと手渡した。
月明かりに照らされた木箱の側面に、あの不気味な『蛇の刻印』が浮かび上がっていた。
「よし! 現場を押さえたぞ、捕まえよう!」
クロノが飛び出そうとした、その瞬間だった。
隣の屋根に滑り込んできた情報屋の少女が、そっと手を出してクロノの肩を制した。
「……待って」
「え? なんで?」
「……あれ、裏取引じゃないわ。あの木箱……商会の高価な商品じゃない。それに、荷を受け取った人物の服……あれ、貧民街の修道女の作業着よ」
下の二人は金銭の受け渡しもせず、ただ申し訳なさそうに、頭を下げ合っている。
ガルドが去り、修道女が礼拝堂の中へ入っていったのを確認すると、クロノたちは屋根から降りて裏口へと向かった。
◇
礼拝堂の静かな裏庭。
物陰からそっと覗き込んだクロノたちの目に飛び込んできたのは、ベッドが並ぶ小さな病室だった。そこでは、貧しい子供たちや老人が横たわっている。
修道女が先ほどの木箱を開け、中から取り出したのは――。
「……薬草?」
クロノはぽかんと口を開けた。
木箱に入っていたのは、金銀財宝でも危険な魔導具でもなく、山盛りの乾燥した『ただの薬草』だった。
修道女が子供の額の手ぬぐいを替えながら、優しく呟いている。
「ガルド様には本当に感謝ですね……。商会で売り物にならない余剰の薬草を、わざわざ仕分けて届けてくださるなんて……」
静まり返る裏庭。
クロノ、レオン、リゼリアの三人組は、完全に固まっていた。
「…………」
「…………」
ガルドの怪しい行動の正体は、商会で破棄される予定の薬草を、個人的に引き取って病人のために届ける『善意の寄付』だったのだ。
クロノはゆっくりと振り返り、ぽかんと首を傾げた。
「……じゃあ、あの蛇の刻印は?」
情報屋の少女も、珍しく困惑したように眉をひそめた。
「……分からないわ。この木箱、ガルドが保管庫の隅に転がってた空き箱を勝手に再利用しただけみたいね……」
「……え?」
想像していた「裏切り者の悪党」どころか、ただのめちゃくちゃ良い人だった。
クロノはガックリと肩を落とし、天を仰いだ。
(……良い人かい!! 商会長も良い人で、管理主任も良い人って、この商会どうなってんだよ!!)
レオンハルトも紫紺の瞳を細め、うーむと深く唸った。
「……なるほど。あえて善意の活動に怪しい刻印の箱を混入させ、追手の視線を誘導する高度な偽装工作……。恐ろしい敵にございますね、ボス」
「いや、ただの空き箱の再利用だと思うけど!?」
◇
夜の路上。
肩を落として歩くクロノたちの背後から、情報屋の少女が静かに追いついてきた。
彼女は振り返ることなく、そっけない声で短く告げた。
「……ガルドの件は外れだったけど、蛇の印が使われている『本物の不自然な荷』の線は、まだ消えてないわ。……次の情報、知りたかったらまた買いなさい」
クロノはハッと顔を上げ、ニッと笑った。
「おう! 絶対買うよ! ありがとな、情報屋!」
「……そう」
少女はそれだけ言うと、夜の闇の中へ静かに消えていった。
クロノは頭を掻きながら、ニヤリと笑った。
「よし! 外れだったけど、蛇のマークの謎はますます深まったぞ! 次は本物の怪しいやつを見つけようぜ!」
「「ハッ!!」」
一筋縄ではいかない謎の深まりに、クロノたちは再び目を輝かせて夜の街を駆け抜けるのだった。




