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俺の妄想が、なぜか異世界で本物になっていた  作者: 砂利天
第1章 闇の組織、始動
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第1話:最高の友達

11歳になった俺――クロノ・アルヴァースの日常は、実に充実していた。


「クロノ、この計算はもう終わったのか? 昨日教えたばかりなのに、相変わらず飲み込みが早いな。将来はいい商人になるぞ」


「うん、昨日教えてもらった通りにやったらすぐ出来たよ、父さん」


実家である『アルヴァース商会』の執務室で、俺は父親から頭を撫でられながら無邪気に微笑んで見せた。前世で高校まで通っていたおかげで、子供としては「ちょっと賢くて算術が得意な跡取り息子」程度の評価を得るのは朝飯前だった。


だが、俺の本当の目的は商人として大成することではない。

父親が「よし、今日の店の手伝いはここまでだ」と言った瞬間、俺の胸は高鳴っていた。


「ありがとう、父さん! ちょっとレオンと遊んでくるね!」


「おお、気をつけてな」


俺は帳簿を閉じると、弾んだ足取りで商会の裏口を飛び出した。

夕闇が迫る街並みを駆け抜け、向かうは街の外れにひっそりと佇むボロ倉庫――俺たちの秘密基地だ。


そう、表の顔は商人の息子。

しかし裏の顔は、世界を陰から操る秘密結社『クロノ・ヴェール』の絶対的ボス!

この「日課を終えた後の裏の顔」こそが、俺の生きがいなのだ。


 ◇


ボロ倉庫の扉を開けると、そこにはすでに先客がいた。


「――ボス。お待ちしておりました」


夕日が隙間から差し込む薄暗い倉庫の中央。同い年の幼馴染、レオンハルト・フォン・ヴァルハイトが背筋をピンと伸ばして立っていた。

没落した下級貴族の三男坊であるレオンは、立ち姿からして洗練された気品がある。彼が真剣な顔で片膝を突き、俺に深々と頭を垂れる姿は、どこからどう見ても「忠実なる影の騎士」そのものだ。


(いやあ、今日も絵になりすぎだろ……!)


俺は胸の中でテンションを上げつつ、あらかじめ練習しておいた微小魔法を発動させた。顔にすっと深い影を落とし、声を低く響かせる。


「……待たせたな、レオン。集会を始める」


「ハッ!」


レオンは素早く立ち上がると、懐から革表紙のノートと羽根ペンを取り出した。議事録を取る構えだ。ノリが良い。あまりにもノリが良い。俺は木箱の上に腰掛け、ドヤ顔で本日の「設定会議」の題目を告げた。


「レオン。我が『クロノ・ヴェール』の組織設定だが……やっぱり幹部が必要だよな。最低でも七人は欲しい」


「七人……!」


レオンの手が止まり、息をのむ。


「そうだ。七ってなんか格好いいし、深遠なる響きがあるだろ? 世界を七つの領域に分けて司る凄腕の幹部……『七星(しちせい)』みたいな奴らが絶対に欲しい」


「なるほど……素晴らしい構想です。『七星』……実に威厳に満ちた御名。すぐさま適性のある人材の調査を開始いたします。……ちなみにボス、先週ご相談いただいた『組織の紋章』の件ですが……こちらをご確認ください」


レオンはポケットから小さなベルベット調の箱を取り出し、恭しくパカリと開けてみせた。

そこに鎮座していたのは――美しい彫刻が施された、黒銀の指輪だった。


「……(……えっ?)」


「ボスのご指示通り、街の腕利きの彫金師に『試作品』を作らせました。彫金師には十分に報償を払い、口止めも済ませております。黒い魔石と銀の刻印……ボスのイメージ通りでしょうか?」


(試作品!? え、先週俺が『黒い宝石のついた銀の指輪とか格好いいよな』って言ったやつ!? マジで職人に金払って特注の指輪作らせたの!? ごっこ遊びの小道具にそこまで金かける!?)


俺は冷や汗をかきながらも、指輪を手に取り、うっとりと眺めた。ずっしりと重い質感。最高だ。最高の小道具だ!


「……フッ、素晴らしい出来だ。まさに我がヴェールの象徴にふさわしい」


「ボスにそう言っていただけると、手配した甲斐がございました!」


レオンが誇らしげに胸を張る。

俺は指輪を自分の小指にはめ、夕日にかざしながら、しみじみと目の前の親友を見つめた。


(本当……最高の友達を持ったなぁ、俺)


 ◇


ボロ倉庫の窓から見える空が、紫色から濃い群青色へと染まっていく。

指輪の彫刻を弄りながら、俺の脳裏にはレオンと初めて出会った日の記憶が蘇っていた。


――あれは俺が6歳、前世の記憶を取り戻してから1年ほど経った頃のことだ。


没落した貴族の家から逃げ出すように街の外れに流れてきたヴァルハイト家。その三男坊だったレオンは、いつも街の裏路地や荒地で、一人で血を流しながら剣を振るっていた。

幼い彼の心は傷つき、死んだ魚のような目で世界を拒絶していた。


『お前みたいな没落貴族のガキ、誰も必要としてねえんだよ!』


近所のガキどもに石を投げつけられても、レオンは言い返しもせず、ただ黙って拳を握りしめて耐えていた。


『……おい、大丈夫か?』


通りかかった俺が声をかけた時、レオンは傷だらけの顔を上げ、刺すような鋭い眼差しで俺を睨みつけた。


『……ほっといてくれ。どうせお前も、没落した俺を笑いに来たんだろ。俺には何の価値もない。誰からも必要とされていないんだ』


その時のレオンの顔は、ひどく怖くて、そして泣きそうだった。

前世で何者にもなれずに青春を終えた俺は、一人で剣を振り続ける少年の姿に、かつての自分を重ねてしまったのだ。


『英雄になれなくても、王様になれなくてもさ』


俺はレオンの隣に腰掛け、空を見上げながら言った。


『表の世界で誰にも認められないなら……自分たちだけの場所を作ればいいんじゃないか? 誰にも知られない闇の中から、世界を動かす裏の黒幕になるんだ。表の奴らがどれだけ威張っていようが、闇の中からニヤリと笑って見下してやる……格好いいだろ?』


前世では誰にも相手にされなかった俺の理想の闇の組織論。


『誰も君を必要としないなら――俺が必要とするよ』


(……一人で妄想するより、誰かと一緒にやったほうが楽しいしな)


だが――暗闇の底で絶望していた幼いレオンハルトにとって、その言葉は、己の存在価値を根底から全肯定してくれる光だった。


『……私を……必要と、してくれるのですか』


『当たり前だろ! 俺たちの組織には、君みたいな凄腕の剣士が必要不可欠なんだから!』


あの日、レオンの瞳に宿った強い光を、俺は今でもはっきりと覚えている。


 ◇


「……ボス? どうされましたか?」


レオンの声に引き戻され、俺は回想から意識を現実へと戻した。

目の前には、相変わらず真面目な顔でノートを抱える11歳のレオンが立っている。


「いや……なんでもない。ただ、お前と出会えて本当によかったと思ってな」


俺が素の笑顔を向けると、レオンは一瞬だけ目を見開き、それから感極まったように静かに頭を下げた。


「……私もです、ボス。あの日、私を必要としてくださったこと……私は決して忘れません」


(ふふ、相変わらず設定を守るなぁ。あの日からずっと、俺のごっこ遊びに本気で付き合ってくれてるんだもんな。本当に最高の親友だよ)


俺が一人で温かい友情に浸っていると、レオンはスッと表情を引き締め、ノートを開いた。


「さて、ボス。報告の続きですが……先日ボスが仰っていた『裏社会の情報網』についてです」


「ん? 情報網?」


「はい。路地裏のごろつき数名と接触し、我らの『協力者』として確保いたしました。街の噂話や裏の動きが、常に我らの元へ集まる仕組みを整え始めております」


「………………え?」


俺の思考がピキリと凍りついた。


「えっ……協力者? 本当に人を集めたの……?」


「はい。まずは第一歩です。これでボスの仰る『世界を覆う情報網』の基礎が整いつつあります。……次のご指示を、ボス」


誇らしげに、完璧な礼を捧げる親友。

その手元には、なぜか路地裏の噂話がびっしりと書かれた羊皮紙。


(いやいやいや! 設定会議! これまだ『設定会議』の段階だから!! なんで本当に協力者作って情報集め始めてるの!? えっ、ごろつきと接触したってどうやって!?)


冷や汗が背中を吹き出す。

だが、ここで「え、やめなよ」なんて言ったら、こんなに真剣に準備してくれたレオンの顔を潰してしまう。


「……フッ、上出来だレオン。……だが、まだ始まったばかりだ」


「ッ! ハッ! どこまでも御供いたします!」


さらに目を輝かせるレオンを見送りながら、俺はボロ倉庫で一人、頭を抱えた。


(どうしよう……。次は何を言えばいいんだ……!?)


盛大すぎる認識のズレを抱えたまま、僕たちの『闇の組織ごっこ(※本物)』は、いよいよ加速していくのだった。


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