第14話:蛇の刻印を追って
南地区の夜風が吹き抜ける裏路地。
扉に小さく『蛇の刻印』が刻まれた、古びた木造の資材保管庫。
ギィ……と重い音を立てて木扉を押し開けると、中はカビと埃の匂いが充満していた。
「うわ……!」
黒ローブのフードを払いつつ足を踏み入れた俺――クロノ・アルヴァースは、思わず目を輝かせた。
月明かりが差し込む薄暗い室内には、天井近くまで木箱が山積みにされている。その隙間には、魔導具の金属部品や、怪しげな羊皮紙の束が散乱していた。
(秘密結社のアジト(風の場所)調査だーーー!! 薄暗い倉庫! 積まれた怪しい木箱! 散らばる謎の書類! 完璧すぎる雰囲気に生唾が飲み込めるよ!!)
内心で大歓声を上げつつ、俺は前世で100回練習した「底知れぬボス」の表情を作り、木箱をコンコンと叩いた。
「……なるほど。表向きはただの資材置き場を装っているが、この空気……ただの倉庫ではないな」
隣で素早く部屋の四隅を警戒していたレオンハルトが、深く頭を下げた。
「ハッ! ボスの仰る通りにございます。各木箱には魔力遮断の符石が施されており、外からは中身が探れぬよう工作されております」
リゼリアも紫水晶の瞳を輝かせ、棚の上の書類を数枚手にとった。
「ボス、これ……何かの取引記録みたいです。でも、暗号みたいな文字で書かれていて、私には読めません……」
「どれどれ?」
俺が書類を受け取ってみたものの――当然、前世でしがない学生だった俺に、異世界の裏社会の隠語や偽装文章なんて読めるはずもない。
(うわ、マジで何が書いてあるかさっぱり分からん……。雰囲気は最高なんだけどな……)
俺が「うーむ」と格好つけて唸っていると、後ろからすっと小さな影が伸びた。
「……貸して」
建物の陰から入ってきた『情報屋の少女』だ。
彼女は俺の手から羊皮紙をひょいと奪うと、月明かりにかざし、細い指先で素早く文字を追い始めた。
数秒の沈黙。少女は冷めた瞳を細め、不気味に呟いた。
「……これ、変ね」
「え? 何が書いてあるの?」
少女は検品票と搬送記録の二枚の紙を並べ、淡々と指し示した。
「帳簿上の搬入数量と、実際の搬出記録の数値が一致していないわ。搬入されたことになっている品が、どこにも残っていない。帳簿の数字を誤魔化しながら、別の隠されたルートを経由して……どこか全く別の場所へ流されてる」
レオンが眉をひそめた。
「……偽装工作か」
「ええ。この倉庫に集められた品は、帳簿の数字を誤魔化しながら、別の隠されたルートを経由して……どこか全く別の場所へ流されてる」
少女のプロフェッショナルな分析に、俺は手放しで感心した。
(すっげぇぇぇ!! ただの紙切れから一瞬で裏の流通ルートを見抜いたよ!! 流石は情報屋、格好良すぎるだろ!!)
俺は彼女の分析をもとに、腕を組んでうーんと考えてみた。
「……ってことはさ。ここには荷物が集まるだけで、本当に何かを企んでる黒幕は、この荷物が運び込まれた『別の場所』にいるってことか?」
少女は少し驚いたように眉を上げた。
「……まあ、そういうことね。ここは単なる物の経由地にすぎないわ」
「やっぱりか! つまり、ここは本拠地じゃないんだな!」
俺がパッと笑顔を向けると、レオンが感極まったように紫紺の瞳を爛々と輝かせた。
「……お見事でございます、ボス! 情報屋の提示した断片的な数字から、一瞬で敵の組織構造を見抜き、ここが末端の経由地にすぎぬことを見破られるとは……!」
(いや、今言われたことをそのまま言っただけだけど!?」)
相変わらずの深読みコントをかます俺たちを、少女は呆れたような、どこか可笑しそうな目で見つめていた。
俺は気を取り直し、少女に向き直った。
「なぁ、情報屋。この『蛇の印』を使ってる連中って、結局何者なんだ?」
少女は羊皮紙をテーブルに戻し、小さく首を振った。
「……そこまでは、この書類だけじゃ分からないわ。裏社会の何かの組織であることは確かだけど……正体まではまだ不透明ね」
(まだ正体不明……! いいぞ……! 謎が謎を呼ぶ展開、最高じゃないか!!)
俺は胸の興奮を隠しきれず、不敵な笑みを浮かべた。
「そうか! なら、この荷物の流れていった先――『搬出ルート』を追えば、もっと凄いやつらにたどり着けるってことだな!」
「よし! 次は搬出ルートの調査だ!」
「ハッ! ボスのご意思のままに!」
◇
――同時刻。
王都郊外、森の地下深くにある『漆黒の導師』のアジト。
松明の炎が揺れる石造りの部屋で、仮面の男の前に手下の男が青ざめた顔で平伏していた。
「……報告いたします! 南地区の第三資材保管庫との定期連絡が……完全に途絶えました!」
「……何だと?」
仮面の男の低く重い声に、部屋の空気が凍りついた。
「現場へ潜入させた手の者が確認したところ……保管庫内部の極秘帳簿が精査された形跡があったとのこと……!」
「「……ッ!?」」
周りにいた男たちが息をのむ。
「……まさか。あの帳簿から、我が組織の隠された搬出ルートまで追うつもりか……?」
仮面の男は、石机をギチ……と指で苛立たしげに叩いた。
「……『クロノ・ヴェール』め。罠を嘲笑うかのように回避したのみならず……我らの隠された補給線にまで、正確に手を伸ばし始めたというのか……!」
本物の悪党たちは、クロノたちがただ帳簿を見て「流れていった先を追おうぜ!」と無邪気に喜んでいるだけだとは夢にも思わず、自分たちの精巧な裏物流網が完璧に見抜かれたと誤解し、恐怖に戦慄していた。
◇
深夜の南地区。
資材保管庫の調査を終え、表通りへと向かって歩くクロノたち。
少し離れた建物の陰で、情報屋の少女が外套のフードを深めにかぶり直した。
彼女は去り際、足を止めて振り返ることなく、そっけない声で短く問いかけた。
「……次の搬出ルートの情報、必要?」
クロノは一瞬で顔を輝かせ、即答した。
「もちろん! 頼むよ!」
「……じゃあ、銀貨四枚」
「おう! 分かった、ちゃんと用意しておくよ!」
「……そう」
少女は短く答えると、そのまま静かに夜の闇の中へ消えていった。
彼女は自分がなぜ、頼まれてもいないのに「次の搬出ルート」をすでに調べ始めていたのか、自分自身に説明しようとはしなかった。ただ「高く売れる相手がいるから」という、それだけの合理的な理由で。
クロノは手に入れた手がかりを握りしめ、夜空を見上げてニッと笑った。
「よし、レオン! リゼ! 次はどんな怪しい場所につながってるか、楽しみだな!」
「「ハッ!!」」
秘密結社の謎解きイベントが進んでいることに大興奮のクロノ。
自分たちの秘密の補給線を暴かれ、冷や汗を流す漆黒の導師。
蛇の刻印を追えば追うほど、彼らは自覚のないまま本物の悪の核心へと近づいていた。
だが――少年の無邪気な冒険心だけは、どこまでも変わらないままだった。




