第13話:蛇の刻印
ボロ倉庫の薄暗い一角。
丸テーブルの上には、前回手に入れた『不気味な蛇の刻印が焼印された古い木片』が置かれていた。
俺――クロノ・アルヴァースは、黒ローブの腕を組んでうーんと唸っていた。
(うーん……蛇のマーク。めちゃくちゃ格好いいな。うちの『クロノ・ヴェール』のシンボルマークも、何か格好いい動物か竜のマークにしようかな……)
そんな呑気な妄想に耽っていた、その時だった。
ギィと古びた扉が開き、銀髪の『情報屋の少女』が入ってきた。
彼女は手にした小さく折り畳まれた羊皮紙を、テーブルへ淡々と放り投げた。
「……南地区の倉庫街。あの『蛇の印』が使われていた場所と、ここ最近の資材の動きを追ったわ」
俺は目を丸くした。
「えっ!? もう調べてくれたの!?」
「たまたま裏通りの別の情報を集めてた時に、ついでに引っかかったのよ。……今回は情報が細かいから、銀貨三枚。……買うの、買わないの?」
「買う! 速攻で買う!」
俺が躊躇なく銀貨三枚を差し出すと、少女は手際よく受け取り、検分してからポケットに仕舞った。
彼女にとっては、これは純粋なビジネスだ。事前に需要があると分かっている「良い買い手」のために価値のある情報を揃え、適正な対価を得る。ただそれだけの合理的な行動だった。だが――クロノたちへ情報を持ってくる頻度が明らかに増えているという事実に、彼女自身は特に理由をつけようともしなかった。
「その蛇の印、最近になって南地区の古い資材置き場で何度も目撃されてるわ。……普通の密売人じゃなく、もっと組織化された連中が使ってる拠点ね」
(うわあぁぁぁぁっ!!)
俺の脳内で、大歓声が上がった。
(やっぱり来たぁぁぁぁ!! 秘密結社のシンボルマークを追って、敵のアジトへ突入する定番イベントだ!!)
胸の奥で滾る興奮を押し殺し、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「流石は情報屋だ。よし、さっそくその資材置き場へ向かおう!」
レオンハルトが紫紺の瞳を輝かせ、深く頷いた。
「ハッ! ボスのご命のままに!」
◇
――同時刻。南地区の倉庫街。
暗闇が支配する古い石造りの路上で、『漆黒の導師』の幹部と数人の配下が、息を殺して身を潜めていた。
仮面の幹部が、低く冷たい声で囁く。
「……奴らは必ず『蛇の印』の痕跡を追い、この大通りを通って我が拠点へと向かうはずだ。……配置に抜かりはないな?」
「ハッ……! この正面大通りの左右の建物に、隠蔽符石を用いた伏兵と監視網を完璧に配置いたしました。……『クロノ・ヴェール』が足を踏み入れた瞬間、挟み撃ちにして包囲いたします!」
「……クックック。どれほど凄腕の『古代の怪物』だろうと、この必殺の挟み撃ちの陣からは逃れられん……! 奴らの足止めをし、正体を暴いてくれる……!」
本物の悪党たちが、慎重に絞り込んだ本命ルートに完璧な罠を張り、息をのんで待ち構えていた。
◇
――その頃。
黒ローブ姿のクロノ、レオン、リゼリアの三人組は、敵が罠を張っている大通りの手前までやってきていた。
正面に広がるのは、月明かりに照らされた広い石畳の大通り。
そこへ足を踏み入れようとした、まさにその時――。
クロノの視線が、ふと大通りの脇にある、狭く湿った路地へと向けられた。
建物の隙間に押し込められた、街灯も届かない真っ暗な裏路地。
(……うわ。なにあの路地、めちゃくちゃ暗くて狭くて雰囲気あるじゃん……!)
厨二心が激しく揺さぶられた。
広い大通りを普通に歩くより、あのド不気味で狭い裏路地を黒ローブをなびかせて進む方が、圧倒的に「秘密結社のボス」っぽい。
クロノは迷わず、不敵な笑みを浮かべて指示を出した。
「レオン。正面の大通りを進むのはやめだ。あえてあっちの……あの狭くて薄暗い裏路地から行こう!」
レオンは一瞬、紫紺の瞳を見開いた。
「……! ……あえて見通しの良い大通りを避け、敵が潜伏しづらい死角の狭窄地帯を通る……! 敵の伏兵や挟み撃ちの陣形を完璧に予知し、その前提を無力化されるおつもりですね……!?」
(いや、ただあの裏路地の方が薄暗くて雰囲気あるからだけど!?)
相変わらずの噛み合わなさの中、クロノたちは大通りを一切通ることなく、ルンルン気分で狭い裏路地へと足を踏み入れていった。
◇
数分後。
大通りで息を殺して待ち構えていた敵の幹部は、嫌な汗を流していた。
「……来ない。……なぜだ?」
手下が震え声で報告する。
「か、幹部様……! 奴ら、大通りの手前で急に進行方向を変え、脇の細い裏路地へと消えていきました……!」
「な……なに……!?」
幹部は恐怖に顔を歪ませた。
「バカな……! 我々の挟み撃ちの陣形を……進路予測すら完璧に見破られていたというのか……!? こちらの配置を完全に読んだ上で、あえて罠を無力化して通り抜けたとでも……!?」
「ひ、ひえぇぇっ……! 恐ろしい……! 『クロノ・ヴェール』、まさに神出鬼没の怪物……!」
「引くぞ! これ以上の接触は危険すぎる! 直ちに撤収だ……!」
本物の悪党たちは、クロノの「雰囲気が良さそう」というだけの理由で自分たちの罠が無効化されたことに恐怖し、パニックになりながら蜘蛛の子を散らすように撤収していったのだった。
◇
その頃。
狭い裏路地を通り抜けたクロノたちは、大通りの罠の地点から少し離れた、古い木造の資材保管庫の前に到着していた。
そこは、敵の張っていた罠の本命地点とは別の、同じ『蛇の印』に関係する分遣拠点の一つだった。
重厚な扉の前に立ち、クロノは黒ローブの裾をバサリとなびかせ、少し顎を引いて決めポーズを作った。
「……フッ。ここが、漆黒の導師のアジトか……!」
(言えたー! 一回言ってみたかったやつー!!)
満足感に浸るクロノの後ろで、レオンが感無量といった様子で頷く。
「……お見事でございます、ボス。敵の伏兵を完璧に回避し、最短で敵の拠点へと辿り着かれるとは……!」
そして、建物の陰から静かに様子を見ていた情報屋の少女は、呆れたように溜め息をついた。
(……なんなのよ、この人たち。大きな通りを避けて、変な狭い路地を通ってきたと思ったら……敵の警戒をあっさり抜けてるじゃない)
彼女は不機嫌そうにフードをかぶり直した。
(……まあいいわ。あいつらが無事に拠点を見つけたなら、次の情報も高く売れるでしょ)
自分の行動をどこまでも合理化しながら、彼女は静かに夜の闇の中へ消えていった。
◇
クロノは手元の木箱をコンコンと叩き、目を輝かせた。
「よし! さっそくこの部屋の中を調べて、次の手がかりを探そうぜ!」
「「ハッ!!」」
自分たちが敵の巨大な罠を無自覚に完全スルーし、微妙にズレた分遣拠点にたどり着いたことも知らず、クロノたちは無邪気に調査を開始するのだった。
漆黒の導師は、自らの仕掛けた完全な罠をあっさりと読まれたことに戦慄し、警戒をさらに深めていた。
クロノ・ヴェールは、自分たちの目の前にある「敵のアジト(※実は分遣拠点)」の調査に胸を踊らせていた。
ただし――お互いが想像している相手の正体と状況だけは、どこまでも噛み合わないままだった。




