第12話:影を追う影
王都の外郊、誰も寄り付かない深い森の地下深く。
松明の赤ぐろい炎が、重々しい石造りの壁をゆらゆらと照らしていた。
巨大な石机に広げられた地図を前に、仮面をつけた『漆黒の導師』の男が冷たい声を響かせる。
「……で? 我が『漆黒の導師』を阻む謎の組織――『クロノ・ヴェール』の調査結果は」
平伏する手下の男が、額に汗を浮かべながら報告書を開いた。
「ハッ……! 構成員は黒ローブの数名。地下水路や北地区で我らの拠点を制圧しておりますが、金銭要求も衛兵への引き渡しもなし。目的は完全に不明でございます」
「……王国の隠密か? 目撃情報は」
「それが……現場で目撃されたボスの特徴が、十二、三歳ほどの『少年』であったと……」
静まり返る地下室。仮面の男は不気味な鼻笑いを漏らした。
「バカめ。……その程度の古典的な偽装に騙されるか。十代の子供が我らの精鋭を一瞬で無力化できるはずがなかろう。……恐らくは、若返りの秘術か変身の魔道具を用いた『古代の禁忌魔導士』……!」
「「……ッ!!」」
「見た目に惑わされるな! 少年の皮をかぶった怪物が、我らを裏から嘲笑っているのだ……! ……南地区の廃倉庫周辺にて痕跡を追え。ただし無闇に刺激するな!」
「「ハッ!!」」
本物の悪党たちが、存在しない「古代の怪物」の幻影に震え上がり、極めて慎重な探索を開始していた。
◇
――その頃。当の「古代の禁忌魔導士(11歳)」は、いつものボロ倉庫で呑気に木箱に腰掛けていた。
「やっぱり黒ローブって最高だな!!」
クロノ・アルヴァースは、黒い特注ローブの袖をバサバサとなびかせ、大満足の笑みを浮かべていた。隣で剣を手入れしていたレオンハルトが恭しく首を傾げる。
「ボス。黒ローブにつきまして、何か新たな見地がおありで?」
「いや! ただ単純に格好いいから! 暗闇に立つとマジで闇の組織のボスって感じしない?」
ポーズを決めるクロノを見て、レオンは深々と頷いた。
「……なるほど。あえて童心のような無邪気さを装うことで、配下の緊張を和らげようというお心遣い……。深遠なるお考え、恐れ入ります」
(いや、ただ格好いいから言っただけだけど!?)
相変わらず会話が噛み合わない二人。そこへ、ギィと扉が開き、銀髪の『情報屋の少女』が入ってきた。
「……相変わらずね」
少女は呆れ顔で羊皮紙をテーブルに置いた。
「……南地区の廃倉庫周辺で、見慣れない黒服の男たちが何かを探し回ってるわ。今回は銀貨二枚。……買う?」
「もちろん! はい、銀貨二枚!」
クロノがあっさり手渡した銀貨をポケットに仕舞い、少女は冷めた声で言った。
「……かなり手慣れた連中よ。誰かの潜伏先を追ってるみたいね」
(追跡者イベント来たぁぁぁぁ!! ライバル悪役組織が俺たちの正体を探し始めたんだ! アツすぎる!!)
胸の奥で大興奮しつつ、クロノは不敵な笑みを浮かべた。
「そうか……。奴ら、ついに俺たちの影を追い始めたか」
「……一応言っておくけど、深追いして殺されても知らないからね」
少女は素っ気なく言い残すと、なぜかすぐには帰らず、壁に背を預けて三人組の様子を伺っていた。
「ありがとな、情報屋! よし、南地区へ出発だ!」
◇
夜の南地区、打ち捨てられた巨大な廃倉庫群。
黒ローブ姿のクロノ、レオン、リゼリアの三人組は、裏路地の物陰に身を潜めていた。少し離れた物陰には、「自分の次の仕事のためよ」と言い張る情報屋の少女もついてきている。
前方から、手慣れた足取りで痕跡を探す黒服の男たちが現れた。
(うわー! あいつらめちゃくちゃ雰囲気ある黒服じゃん!)
大興奮のクロノだったが、ふと前世のライトノベルの「お約束」が脳裏をよぎった。
(待てよ……正面から現れるより、あえて屋根の上から月を背にして見下ろす方が、闇の組織のボスっぽくて圧倒的に格好いいんじゃないか……!?)
厨二心が弾けたクロノは、不敵に笑った。
「レオン。正面から行くのはやめだ。あえて路地を迂回し、あの廃倉庫の屋根の上へ回り込もう」
レオンは一瞬、目を見開いた。
「……! 正面の敵に姿を見せることなく、高所を取る……。敵の見張り網の死角を完璧に見破られたのですか!」
(いや、ただ屋根の上から見下ろした方が格好いいかなってだけだけど!?)
クロノたちは足音を殺し、ぐるりと大きく路地を迂回していった。
◇
その直後。クロノたちが去ったばかりの正面路地で、敵の隊長が不意に足を止めた。
「……待て」
隊長が背中に嫌な汗を流す。
「……消えた。今……正面から感じられた微かな気配が、跡形もなく消え去った……! 奴ら、こちらの存在に気づいたか……!?」
「隊長……! いかがいたしますか」
「深追いは危険だ。一度退くぞ! 態勢を立て直し、別ルートから探りを入れ直す!」
本物の悪党たちは、正体不明の影の存在を極度に警戒し、慎重に撤収していったのだった。
◇
数分後。苦労して屋根に登り、月を背にしてポーズを決めたクロノは、ぽかんと口を開けていた。
「……あれ? 誰もいないじゃん」
せっかく考えた決めゼリフも台無しで、肩を落とすクロノ。屋根の上に追いついたレオンが感無量といった様子で頷く。
「……お見ごとでございます、ボス。我々が高所を取った瞬間に、敵は戦意を喪失して撤退いたしました。戦わずして敵を退ける圧倒的な覇気……!」
「いや、マジでただ誰もいなくなっただけなんだけど!?」
ガックリと肩を落とし、地上へ降りて敵のいた跡地を調べる三人。
そこで、先に地上を調べていた情報屋の少女が、崩れた木箱の影から何かが焼き付けられた古い木片を拾い上げた。
「……これ」
差し出された木片には、不気味な蛇の紋章が刻印されていた。
「うわっ! カッコいい蛇のマークだ!」
無邪気に喜ぶクロノの横で、少女は冷めた瞳で分析する。
「……ただのチンピラや密売人じゃないわね。この刻印、裏社会でもめったに見かけない特殊な組織のマークよ。あいつら、この廃倉庫を単なる捜索場所じゃなく、連絡拠点に使おうとしていたみたい」
「おおっ! じゃあ、そいつらを追えばもっとデカい事件につながるってことか!」
少女は呆れたように息を吐き、フードを深めにかぶり直した。
「……なんなのよ、この人たち」
トラブルの種を見つけて大興奮するクロノたちから背を向け、少女は静かに歩き出す。
(……まあいいわ。あのマークについての次の情報……いくらで売ろうかしら)
自分の行動をどこまでもビジネスとして合理化しながら、彼女は静かに夜の闇へ消えていった。
◇
「よし! 次はあの蛇のマークの元締めを探そうぜ!」
「ハッ! 敵の核心に迫るボスのご英断、恐れ入ります!」
自分たちを狙う敵が「本物の殺意と恐怖」を持って次の作戦を準備していることも知らず、クロノたちは無邪気に目を輝かせていた。
漆黒の導師は、自らの計画を阻む恐るべき『クロノ・ヴェール』を追っていた。
クロノ・ヴェールは、秘密結社ごっこを彩る悪役『漆黒の導師』を追っていた。
ただし――お互いが想像している相手の正体だけは、どこまでも噛み合わないままだった。




