第11話:漆黒の導師の影
ボロ倉庫の丸テーブルの上。
前回の魔道具店から押収した大量の木箱が、乱雑に積み上げられていた。
俺――クロノ・アルヴァースは、箱からあふれ出た奇妙な符石や鏡、黒い金属製の小さな道具を手に取り、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
(うわあぁぁぁぁ……!! 見ろよこれ! 魔力遮断の符石に、気配を隠す隠蔽鏡! こんなあからさまに怪しい道具がこれだけ揃ってるなんて……!!)
黒い特注ローブの裾をなびかせ、俺はフッ……と前世仕込みの不敵な笑みを浮かべた。
「……なるほど。これだけの『隠蔽用魔道具』を極秘裏に買い集めていたとはな。……これは、ただのコソ泥や小悪党の仕業ではない」
(絶対そうだろ!! 裏社会で何かもっとデカい陰謀を企んでる黒幕組織がいるじゃん! 最高かよ!!)
内心で大歓声を上げる俺の横で、レオンハルトが紫紺の瞳を鋭く光らせ、深く頷いた。
「……仰る通りにございます、ボス。一つ一つは市井でも出回る品ですが、これほどの数を極秘裏に集めるとなれば……我々が追う『漆黒の導師』、その配下の動向と見るのが極めて妥当かと」
「やっぱり!?」
思わずテンション高めに返してしまう俺。
レオンは「ボスの洞察、まさに神眼」と言わんばかりに恭しく頭を下げた。
そこへ、倉庫の古びた扉がギィと重い音を立てて開き、大きめの外套のフードを深くかぶった銀髪の『情報屋の少女』が姿を現した。
彼女はいつものように周囲の気配を警戒しながら俺たちの前へ歩み寄ると、小さな羊皮紙の束をテーブルへ淡々と放り投げた。
「……はい、依頼されてた魔道具の買い手の追跡結果。銀貨一枚ね」
「おお、仕事が早いな! はい、銀貨!」
俺があっさりと銀貨を手渡すと、少女は手の中で転がして刻印と表面の傷を確かめ、ポケットに仕舞った。
そして、積み上がった魔道具を見やり、冷めた声で釘を刺した。
「……言っておくけど、これだけで『漆黒の導師』の仕業だと断定するのは早すぎるわよ」
レオンが不快そうに眉をひそめたが、少女は顔色一つ変えずに言葉を続けた。
「買い手は偽名を使っていたし、足取りも巧妙に消されてる。大規模な潜伏工作なのは確かだけど、裏社会には他にも怪しい組織なんていくらでもあるわ。証拠もないのに一つの組織に絞り込むのは、情報屋としては素人よ」
冷静でプロフェッショナルな指摘。
だが、俺は怖がるどころか、「流石は情報屋、慎重だな!」と目を輝かせた。
「そっか! じゃあ、まだまだ謎が深まるばかりってことか! もっと調べがいがあるな!」
「……あなた、本当に楽しそうね」
少女は呆れたように小さく溜め息をついた。
彼女から見れば、レオンは『漆黒の導師』という巨大な敵を警戒してピリついており、目の前の少年ボス・クロノは「面白い事件が起きた」と無邪気にワクワクしている。
相変わらず、どこまでも噛み合わない三人組。
少女は「……まあ、次の情報が欲しかったら、また買いなさいよ」と素っ気なく言い残し、ボロ倉庫を去っていった。
一人残された俺は、押収した隠蔽鏡を夕光にかざしながら、胸を躍らせていた。
「よし! 噂も少しずつ広まってるみたいだし、俺たちの『クロノ・ヴェール』の名前も、裏社会で本格的に都市伝説化してきたぞ……!」
(闇の組織ごっこ、順調すぎるだろ!!)
◇
――同時刻。
王都の外郊、誰も寄り付かない深い森の地下深く。
松明の炎がゆらゆらと壁を照らす、薄暗く不気味な石造りの部屋。
そこには、頭から深い黒ローブをかぶり、怪しい仮面をつけた男たちが集っていた。
部屋の奥、一段高い壇上に立つ男が、低く掠れた声で問いかける。
「……北地区での『隠蔽用魔道具』の集積状況はどうなっている」
手下の男が、冷や汗を流しながら恭しく膝をついた。
「は……ハッ! 各所からの回収は順調に進んでおりましたが……昨日、北地区の密売拠点の一つが、突如として襲撃を受けました」
「……何?」
壇上の男の雰囲気が一変した。凄まじい威圧感が部屋に充満する。
「押収された魔道具の量は……全体の二割に及びます。……回収部隊は一瞬で無力化されました」
「……衛兵の仕業か? それとも、対立する裏組織か?」
「いえ……」
手下の男は声を震わせ、報告を続けた。
「襲撃者は……黒い服を着た者たち。……裏通りの噂によれば……『クロノ・ヴェール』と名乗る組織です」
「……クロノ・ヴェールだと?」
壇上の男が、仮面の奥で紫の瞳を細めた。
言葉の響きに、部屋にいた幹部たちがざわつき始める。
「なぜ我らの動きを知っている……? 我らの計画は極秘中の極秘! 王国の上層部すら気づいておらんのだぞ!?」
「なぜその『クロノ・ヴェール』とやらは、我らの動きを事前に把握し、寸分違わぬタイミングで影から現れる……!?」
静まり返る地下室。
幹部たちの間に、目に見えない不気味な恐怖が広がっていく。
彼らにとって、『クロノ・ヴェール』は正体不明の脅威だった。
自分たちの計画の足枷となる部分だけを完璧に粉砕し、風のように去っていく謎の影。
「……奴らは、何者だ」
壇上の男が、低く重い声で呟いた。
「……いかがいたしましょう」
「警戒を最大に引き上げろ」
壇上の男は、広げられた地図の上に置かれた黒い駒を、ギチ…と指で押さえた。
「クロノ・ヴェール。その正体を突き止めるまで、計画は慎重に進める」
「「ハッ!!」」
地下室に、重々しい声が響いた。
◇
――その頃。
「……どうだ?」
ボロ倉庫の鏡の前で、クロノは黒いローブの裾をバサリと翻した。
「…………」
「完璧だな」
もう一度、今度は少し顎を引いて深みのある顔を作ってみる。
「……フッ」
――クロノ・ヴェールのボスは、今日も絶好調だった。




