第10話:魔道具店の裏側
夜の帳がすっかり降ろされた、街の北地区。
表通りの華やかな灯りとは対照的に、一歩路地へと踏み込めば、そこには薄暗く湿った静寂が広がっていた。
黒い特注ローブを羽織り、壁の影に身を潜めながら、俺――クロノ・アルヴァースは興奮で血を滾らせていた。
(ついに来た……! 夜の裏通り! 怪しい古びた魔道具店! そして黒ローブ姿の三人組……! うわあぁぁぁ、完璧すぎる! これぞ闇の組織の『極秘現地調査ミッション』じゃん!!)
胸の中で大歓声を上げつつも、俺は前世で鍛えた「影の指導者」としての重厚な雰囲気を崩さず、微小魔法で顔にすっと影を落とした。
隣には、鋭い眼差しで周囲の気配を警戒するレオンハルト。そして、緊張しつつも静かに魔法の準備を整えるリゼリア。
「……ボス。正面の店舗はすでに固く閉ざされております。……あえて正面から入らず、裏口へと回るおつもりですね」
レオンが低く囁く。俺は当たり前のこととして頷いた。
「そりゃそうだろ。正面から入ったら怪しまれるし、鍵も開いてないだろ?」
だが、レオンの紫紺の瞳は感服の光を宿した。
「……なるほど。あえて誰もが思いつく『当然の理由』を口にされることで、私に真の作戦内容を悟らせぬための煙幕……! さすがはボス、どこまでも隙がございません」
俺は即座にジト目を向けた。
「いや、違うって! マジでただ鍵が開いてないからだけど!?」
(伝わってねぇぇぇ!!)
すれ違いまくるやり取りを交わしながら、俺たちは月明かりも届かない細い裏路地へと足を進めた。
◇
曲がり角の先、積み重ねられた木箱の陰に、小さな人影があった。銀色の髪が、わずかに月明かりを反射している。
「……あれ?」
俺が思わず声をかけると、人影が跳ね上がるように振り向いた。
「……声、大きい」
低い、呆れたような囁き声。
12歳ほどの華奢な体に大きめの外套を羽織った『情報屋の少女』が、底の知れない冷めた瞳でこちらを睨みつけていた。
俺は親しみやすい笑顔を向け、声をひそめた。
「君もこの店を調べに来てたのか?」
「そうよ。昨日渡した情報、まだ途中だったから。……あなたたちこそ、本当に来たのね」
「まあね! せっかくだし、一緒に調べようぜ!」
無邪気に提案する俺に、少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「……別に、あなたたちと組むつもりはないんだけど」
「でも、調べる場所は同じなんだろ?」
「……そうだけど」
「じゃあ一緒でいいじゃん! 別々に動くより楽だろ?」
「…………勝手にすれば」
少女は呆れたように肩をすくめ、視線を暗がりへ戻した。
◇
少女は建物の壁に背を預けたまま、小さく口を開いた。
「……あの裏口、さっきから誰も出入りしてない」
俺は首を傾げた。
「出入りしてない? じゃあ、中は空っぽってこと?」
「逆。見張りがいる」
「え?」
「出入りする人間が全くいない場所を、向かいの建物の二階から誰かがずっと監視してる。あそこは『見られたくない場所』よ。普通に出入り口として使ってるわけじゃないわ」
少女の言葉に、俺は手放しで「おおっ!」と目を輝かせた。
(すっげぇぇぇ!! 見張りまで見抜いてる!! これぞ闇の組織の『情報担当』の面目躍如じゃん!!)
「そっか! じゃあ裏口から入るのはやめよう!」
俺があっさりと彼女の助言を受け入れ、進路を変更しようとすると、少女は少し意外そうにまばたきをした。
彼女は短く咳払いし、路地の脇にある小さな搬入口を指差した。
「……あっちの地下搬入口の方が手薄よ。見張りの死角になってる」
「よし、あっちから行こう!」
俺は後ろの二人に振り返った。
「レオン、リゼ、準備はいいか?」
「ハッ! ボスのお言いつけ通り、あの少女の指し示されたルートを制圧いたします!」
「はい、ボス。……あの人の情報、すごく分かりやすいです」
前を行くレオンと、後ろを支えるリゼリア。
そして的確にルートを示す情報屋と、その後ろで雰囲気作りのボスごっこを満喫する俺。
不揃いながらも、どこか妙に息の合った陣形で、俺たちは地下搬入口へと滑り込んだ。
◇
少女のナビゲートにより、俺たちは地下搬入口の扉を破り、魔道具店の地下倉庫へと侵入することに成功した。
カビ臭い地下空間には、怪しげな木箱が山積みにされている。
箱の隙間から覗き込むと、そこにあったのは――。
「……これ、魔力遮断用の魔道具ね。それに、追跡妨害の符石に、衛兵の感知を誤魔化す隠蔽鏡……」
少女が検品票を素早く確認し、冷めた声で分析する。
「……単なる盗品の売買じゃないわね。購入している魔道具の種類が、不自然なほど『追跡と感知の回避』に偏ってる。街の裏で、かなり大規模な潜伏工作が進んでる証拠よ」
(うわぁぁぁぁ不穏!! めちゃくちゃ不穏な事件の予感がしてきたぁぁぁ!!)
俺が内心で大興奮していると、奥の扉が不意に開き、強面の男たちが数人現れた。
「おい! 誰だ、勝手に地下に入り込んで……な、ガキども!?」
「見つかったか。三人。奥の部屋から来るわ」
少女が眉ひとつ動かさずに敵の数を提示する。
「承知――!」
銀光が一閃した。
レオンが踏み込み、一瞬で先頭の二人の武器を打ち砕いて吹き飛ばす。
「な、なんだこの速さは!? 魔法を使え!」
「リゼ」
「はい、ボス……!」
ズンッ!!
透明な重力の波が地下倉庫に広がり、残りの敵が一斉に床へ叩きつけられた。少女の提示した「三人」の敵は、ほんの数秒で完全に沈黙したのだった。
物陰でその光景を見ていた少女は、呆然と倒れた男たちを見つめていた。
(……私が見つけた人数を、そのまま信じたんだ)
レオンとリゼリアに視線を移し、少女は小さく息をのんだ。
(……本当に、迷わないのね)
◇
密輸魔道具の確保と小悪党どもの制圧を終え、俺たちは深夜の路上へと戻ってきた。
俺は黒ローブをバサリとなびかせ、少女に向かって晴れやかな笑顔を向けた。
「いやー、助かった! 情報屋がいると調査がめちゃくちゃ楽だな!」
少女は少し気まずそうに外套のフードを深くかぶり直し、そっぽを向いた。
「……私は自分の仕事をしてただけよ。あなたたちを助けたわけじゃないわ」
「それでも助かったよ! ありがとな!」
底抜けに無邪気な感謝。
少女は「……そう」と短く呟くのが精一杯だった。
俺は親しみやすい笑顔のまま、言葉を続けた。
「また何か怪しい噂とか分かったら、教えてくれよ!」
「……情報は有料よ」
「もちろん! ちゃんと払うよ!」
「……ならいいわ」
少女は背を向け、夜の路地へと歩き出した。
数歩進んだところで、彼女はふと足を止めた。
(……次に何か分かったら、知らせてもいいか)
少女は小さく眉をひそめた。
(……だって、私は情報屋なんだから。良い買い手を見つけるのは、当然でしょ)
そう呟くと、彼女は静かに夜の暗がりの中へと消えていった。




