第9話:持ち込まれた情報
その日の夕方。実家である『アルヴァース商会』の手伝いを終えた俺――クロノ・アルヴァースは、いつものボロ倉庫の陰で木箱に腰掛け、暇を持て余していた。
「……うーん」
腕を組み、うーんと唸る俺の横で、親友のレオンハルトは黒い特注ローブを身に纏い、鋭い眼差しで周囲の気配を警戒している。隣では、同じく黒ローブを羽織った13歳の天才魔導士リゼリアが、静かにたたずんでいた。
夕闇が街を包み込み、建物の壁を染めていた夕日の色も、少しずつ青みを増していった。
前回の『黒い荷馬車』の密輸組織を影から粉砕してから、早くも数日が経過していた。
(うーん……次のイベントが欲しい。猛烈に欲しいぞ……!)
俺は内心で地団駄を踏んでいた。
せっかくレオンという最高の参謀(兼実動隊)と、リゼという超強力な魔導士(兼演出担当)が揃い、俺たちの秘密結社『クロノ・ヴェール』は組織として完璧な形になりつつあるのだ。なのに、肝心の「倒すべき裏の陰謀」が起きないのでは、せっせと用意した格好いい黒ローブも宝の持ち腐れになってしまう。
(うーん、次はどんな設定で遊ぼうかなぁ。『漆黒の導師』の刺客が街に潜入してきた……みたいな噂を、レオンにそれっぽく集めさせてみるか? いや、それだと俺が自作自演で指示を出したみたいで、ちょっとボスとしての威厳に欠けるよなぁ……)
前世の知識と厨二心をフル回転させ、理想のミッション展開を脳内でシミュレーションしていた、まさにその時だった。
「……ちょっといい?」
銀髪の少女が、路地の物陰から静かにこちらを見ていた。
12歳ほどの小さな体躯に、少し大きめの外套を羽織っている。いつものように周囲の様子を確認しながら、路地から姿を現したのだ。
俺はハッと目を見開き、思わず笑顔になった。
「おっ、情報屋じゃん! どうしたの、また美味いものでも食いに行くか?」
この前、大衆食堂で奢った肉料理の味でも思い出して遊びに来てくれたのだろうか。俺が満面の笑顔で手を振ると、少女は呆れたように露骨に眉をひそめた。
「違うわよ、バカ」
毒づくような言葉とは裏腹に、少女はすっと路地の暗がりから一歩踏み出すと、ポケットに突っ込んでいた右手を取り出した。その小さな手のひらには、折り畳まれた一枚の古い羊皮紙が握られていた。
「……これ」
差し出された紙を、俺は「ん?」と不思議そうに受け取った。
羊皮紙を開いてみると、そこには細いペン先で描かれた精巧な地図と、彼女の綺麗な文字によるびっしりとした書き込みが残されていた。
街の北地区にある、古い魔道具店。その周辺の裏路地の構造、さらには不自然な人流の動きや時間帯までが、一目でわかるように整理されている。
「へえ! これって……」
「最近、その魔道具店の裏で、怪しい連中が密かに『特定の魔導具』を買い漁ってるの。衛兵の巡回ルートを露骨に避けてるし、裏通りでも一部の業者の間で噂になってるわ」
(うわあぁぁぁぁっ!!)
俺の脳内で、ファンファーレが盛大に鳴り響いた。
(イベント来たぁぁぁぁ!! 『怪しい魔道具店で禁忌の道具を買い集める裏組織』とか、古典的だけどめちゃくちゃ闇の組織っぽい展開じゃん!! 最高かよ!!)
胸の奥で滾る大興奮を必死に押し殺しながら、俺は前世で100回練習した「底知れぬ黒幕」の微笑みを浮かべ、じっと紙を見つめた。
「すごいなこれ! 流石は情報屋だ……で、いくらだ?」
俺はポケットに手を突っ込み、いつものように銀貨を取り出そうとした。
だが――少女はふっと視線を横へと逸らし、つまらなさそうに吐き捨てた。
「……別に。今回はいいわ」
「え?」
銀貨を出しかけていた俺の手が、ピタリと止まる。
「いいって……お金いらないの?」
「この前、奢ってもらったでしょ。……その分よ」
少女はそっぽを向いたまま、冷たい声で言った。
「おお! じゃああの時の飯代を、情報で返してくれたってこと?」
「……そういうことにしておいて」
少女は素っ気なく言い捨てた。
俺は彼女の言葉を特に深く考えることもなく、手に入れた情報を眺めながら、思わず目を輝かせた。
「そっか! 情報屋からタダで情報もらえちゃった! ラッキー!」
完全に、お小遣いをもらった子供のような無邪気な反応。
だが――俺のすぐ後ろで静かに話を聞いていたレオンハルトは、おもむろに深く頷くと、その紫紺の瞳に狂信的なまでの感服の光を宿した。
(……なるほど……! 前回の食事で一方的な恩義を与えるのではなく、あえて対等な貸し借りを作らせることで、彼女のプライドを傷つけずに情報提供者としてのラインを確立された……! 『クロノ・ヴェール』の情報網として彼女を組み込むための、完璧な計算……! さすがはボス……!)
レオンは一人で深く納得し、主君の恐るべき遠謀に背筋を震わせていた。
俺は即座にジト目を向けた。
「いや、俺マジでなんもしてないけど?」
「……フッ、ボスのどこまでも奥ゆかしいお人柄には、頭が下がる思いでございます」
(だから伝わってねぇぇぇ!!)
すれ違いまくる俺とレオンのやり取りを、情報屋の少女は冷ややかな、呆れたような目で見つめていた。
(……この人、本当に何も考えてないんじゃない……?)
裏通りでは、『漆黒の導師』に対抗する謎の組織として噂されている『クロノ・ヴェール』。だが、そのボスである少年は、ただ「タダで情報がもらえてラッキー」と無邪気に喜んでいるだけなのだ。
少女は小さく溜め息をつくと、外套のフードを深めにかぶり直した。
「……とにかく、情報は渡したわよ。私はこれで失礼するわ」
背を向けて去ろうとする少女の背中に向け、俺はもらった地図を高く掲げて明るく声をかけた。
「ありがとな、情報屋! マジで助かるよ!」
少女は足を止めず、ひらひらと片手を後ろへ振るだけで、路地の夕闇の中へと消えていった。
ボロ倉庫に残された俺は、手元の羊皮紙を握りしめ、胸の高鳴りを抑えきれずに立ち上がった。
「よし、レオン! リゼ! この怪しい魔道具店、さっそく調査してみようぜ!」
「「ハッ!!」」
レオンが凛とした声で応じ、リゼリアも紫水晶の瞳に決意を宿して頷く。
黒いローブを翻し、元気よくボロ倉庫を飛び出していく三人組。
――少し離れた路地の角。
建物の陰から、少女はそっとその背中を見送っていた。
「……ほんと、変な奴ら」
少女は小さく息を吐くと、外套のポケットに手を入れ、そのまま歩き出した。




