第99話:受領の証言
工房を出た俺たちは、その足で南西旧水路の補修工事を管理する事務所へ向かった。
出荷帳簿と受領証の食い違いを確かめるには、現場で部材を受け取った担当者の証言が必要だった。
工房で確認した受領証の署名を手掛かりに、俺たちは当時の資材管理担当者を訪ねた。
応対に出た男は、俺たちが差し出した書き写しを眺め、眉間にしわを寄せた。
「双頭の槌の工房から、特注継手が十二個出荷された記録がある。しかし、工房に戻った受領証には十個と書かれていた。残りの二個について、当時の事情を確認したい」
「……ああ、その件ですか」
男は記憶をたどるように視線を上げた。
「確かに、受け取ったのは十個でした。発注書では十二個になっていたので、現物を数え直したうえで、受領した数量を十個として処理しています」
「残りの二個は、どう記録しましたか?」
ガルドが尋ねる。
「未納です。受け取っていないものを、受領済みにはできませんから。現場側の記録にも、二個が未納であることを残しました」
予想していた答えだった。
現場では、発注内容と現物を照合していた。受領証に記された十個という数字は、単なる記入漏れではない。実際に確認できた数量だったのだ。
「では、残りの二個について、追加納入はありましたか?」
「そこが、はっきりしないのです」
男は困ったように首を振った。
「当時、運送業者から、残りの二個は後日納入になると聞いた覚えがあります。ただ、私が直接、追加納入の日程を決めたわけではありません。現場の作業予定に合わせて調整するという話だったと思います」
「その連絡は、書面で残っていますか?」
「通常なら、追加納入の依頼書や搬入予定の記録を残すはずです。ですが……」
男は棚から古い書類の束を取り出し、何枚かを確かめた。
やがて、探す手が止まった。
「正式な追加納入の記録は見当たりません。未納の二個を記録した書類はありますが、その後、いつ納められたのかを示す記録がないのです」
俺はガルドと視線を交わした。
工房では、受領証が十個だったため、残り二個を追納保留として扱っていた。現場では、二個を未納として記録していた。
双方の記録が示す状況は、ここまで一致している。
だが、未納のまま処理が止まったのか、それとも別の手続きによって納入されたのか。その先が分からない。
「当時の搬入を担当した運送業者は、分かりますか?」
俺が尋ねると、男は別の台帳を開いた。
「工房からの納入は、事業側が契約していた運送業者を通すことになっていました。こちらに搬入予定を記録していたはずです」
ページを繰る音が続く。
やがて、男が一つの記載を指で押さえた。
「これです。当時の運送業者は、こちらの会社ですね」
俺は社名と所在地を手帳に書き留めた。
「搬入当日の記録も残っていますか?」
「通常の搬入記録では、工房から受け取った数量と、現場での受領数量を別々に記載しています。ただ、こちらに残っている控えだけでは、荷馬車に積み込んだ時点で何個あったかまでは断定できません」
「分かりました。確認にご協力いただき、ありがとうございます」
リィネが礼を述べると、担当者は小さく頷いた。
「ただし、ひとつだけ。未納の二個が、そのままどこかへ消えたと決まったわけではありません。追加納入が別の記録に残っている可能性もあります」
「承知しています。確認できた事実と、まだ分からないことは分けて考えます」
俺はそう答え、事務所を後にした。
◆
次に向かったのは、当時の搬入を担当していた運送会社だった。
事務所で事情を説明すると、対応に出た責任者は、古い輸送記録を調べることを了承してくれた。
「南西旧水路の補修事業ですか。少し前の仕事ですが、帳簿が残っていれば確認できます」
責任者は保管棚から分厚い台帳を取り出した。
ガルドが工房で確認した出荷日と、現場担当者から聞いた納入時期を伝える。責任者は該当するページを探し、通常の搬入記録を見つけた。
「これが、工房から現場へ運んだ便ですね。品目は補修用の特注継手。搬入先も一致しています」
「数量は記録されていますか?」
「帳簿上の積み込み数は十二個、受領証には十個と記されていますね。積載時の検品票を見る限り、途中で箱が破損したといった事故の報告はありません」
責任者はページをめくりながら、さらに記録をたどった。
その手が、ある箇所で止まる。
「……おや。これにも記載がありますね」
「何です?」
ガルドが台帳をのぞき込んだ。
「通常の搬入とは別に、夜間の追加便が手配されています。補修事業の資材を運んだ記録です」
責任者は該当箇所をこちらに向けた。
日付は、通常の搬入から少し後。
夜間の出発時刻と、現場方面への輸送。その記録は確かに存在していた。
「この便の積荷は分かりますか?」
「記載されているのは、補修事業向けの資材というところまでです。詳細な品目は、別の運行記録を確認しないと分かりません」
「手配したのは誰です?」
「依頼元の記録を調べる必要があります。運転担当者の記録も残っているかもしれません」
俺は台帳を見つめた。
通常の搬入が終わったあと、夜間に追加便が動いている。
それだけで、未納だった二個が運ばれたと決めつけることはできない。補修事業では、ほかの資材を夜間に運ぶ事情もあり得る。
だが、未納分の追加納入記録が見つからない一方で、同じ事業向けの夜間便が存在しているのは、無視できない情報だった。
「この夜間便について、もう少し詳しく調べさせてもらえますか」
俺が尋ねると、責任者は台帳を閉じた。
「運行記録と手配書は、古い書類と一緒に保管してあります。すぐには出せませんが、確認してみましょう。見つかり次第、こちらから連絡します」
「分かりました。よろしくお願いします」
俺たちは責任者に礼を述べ、運送会社を後にした。
◆
帰り道、リィネが口を開いた。
「夜間便があったことは分かりました。でも、それが未納の二個を運んだ便だとは、まだ言えませんね」
「そのとおりだ」
俺は頷いた。
「まずは、何を運んだのか。誰が手配したのか。それを確かめる必要がある」
ガルドは腕を組み、運送会社の台帳を写した手帳に目を落としていた。
「通常の納入記録と、未納分の追納記録。それに、別口で手配された夜間便。この三つがつながるかどうかだな」
「ええ。記録がつながれば、次に確認すべき人物も絞れるはずです」
リィネが答えた。
俺は手帳を閉じた。
地下で見つかった部材には、双頭の槌の刻印が刻まれていた。
その工房が製造した特注継手は、南西旧水路の補修事業にも納められている。通常の納入では二個が未納となり、その後の追納処理は確認できていない。そして、同じ事業向けに夜間の追加便が手配されていた。
まだ、どの事実も決定的な証拠ではない。
夜間便の積荷も、手配者も分からない。地下の部材が、この納入分に由来するという確証もない。
それでも、調べるべき道筋は見えてきた。
次に追うのは、夜間便を手配した人物と、その積荷。
その記録の先に何があるのか。
俺たちは、運送会社からの回答を待つことにした。




