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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
83/152

83.未(さき)

 2ヶ月後。

 ――――――聖ケイドン魔法国・某所

「・・・・・・以上となります」

 女は、ロフルト教皇国で起こった一連の事件を、魔法国の支配者たちに報告した。緊張なんてものはとうに通り越していたが、何とか出来たはずだ。現に、女の前、壇上に並ぶ偉大な魔法使いたちは満足げだ。

「なるほど。とにかく秘術の発動は阻止できたわけだ」

「これで50年は安泰ということかしら?」

「さて、どうかな。だが、聖女召喚と秘術をやってのける聖法使いはそう出まい」

「こうなることを予想して、人を送り込んだ甲斐があったというもの」

「あの女に、聖女との絆なんて築けるわけがないと思っていたさ」

「わたしたちは、来る「大災厄」に備えなければならない。全く、ロフルトは面倒な国だ。大人しくしていればいいものを」

 そう。女は教皇と聖女との絆を結ばせないよう、当初から工作していた。教皇には難しいが、聖女と呼ばれる小娘には容易い。

 ――――――帰れませんよ?あなたは生け贄になって死ぬのだから。

 そう言ったら、案の定、恐怖に固まり、ますます頑なになった。あの一言は我ながらよくやったと思う。あの一言で、事態が坂道を転がるように進んだのだから。ただ、その後に世話係としてやってきた3人の娘たちは厄介であった。聖女をあっという間に回復させ、信頼まで勝ち得たのだから。それどころか、聖女に言いなりになるのではなく、自分で物事を考え、判断するよう導くことまでした。おかげで女の言葉にも鵜呑みにしなくなってしまった。

 ――――――このままでは、あの方の元には行けませんよ?

 教皇にささやいた言葉も効果があった。

「さて、此度の働き、大義であった。そなたの献身に我らは報いるとしよう」

 女は我に返り、(こうべ)を垂れる。

「あなたを七人の魔女(セブン・シスターズ)の末席に加えてあげる」

「ありがたき幸せ」

「励めよ、ウェルチカ・ハモン」


 ――――――ラドナ王国王都ラドナ内KMカンパニー(ケイドン魔法国ギルド)事務所

「すいませんね、わざわざ・・・・・・」

 そう言ってラティエースを出迎えたのは、ギルド・KMカンパニーのギルド長、クロム・ファーヴェイであった。年の頃二〇代後半の優男である。中背中肉の青年で、顔立ちは優男とでも言おうか。華やかなとか、端正とかは思えないが、それなりに整った顔立ちだとは思う。ただ、その表情が嘘くさいというか、少しベールに包まれている気がするのだ。商売人には多いタイプだが、それだけではない気がする。どこか油断ならない男だった。

「いえいえ。こちらのごたごたで迷惑をおかけしていますし。魔導転移装置の定期メンテナンスを何度も延期してもらって申し訳ありませんでした」

 魔法国の出先機関であるこのギルドに思うところはあるが、それを態度や表情で見せる必要もない。それに、今回のメンテナンスを最後に、契約は更新しないと決めている。後始末もたかがしれている。装置は元々、ギルドの所有物なので、ラティエースは書類にサインしなければいいだけだ。

 クロムの案内で、ラティエースは地下に向う。魔導装置は地下に据えられ、大の大人が三人くらいは余裕で入る透明の筒が二つ並んでいる。一方の筒の中に木箱が置かれている。これできちんと転移できているかを計るのだ。その隣には、SFマンガで見るような複雑なコンソールではないが、それでも信号機程度の色を使ったスイッチやボタンが並んでいる。

「では、始めますね」

 クロムは言って、コンソール側のインカムを手に取り、装着する。クロム曰く、インカムの内部に魔石が装着されており、同じ魔石で作ったインカム同士であるならば、連絡が取り合えるという。ただし、魔石の影響によるタイムラグがあり、長電話ができる代物ではないそうだ。2、3の単語でやりとりするのが精一杯だという。

「はじめてくれ」

 クロムはインカムに向って言った。やがて、二つの筒が同時に光を帯び始める。

「順調のようですね」

 ラティエースが筒を見やりながら言った。

「ええ。この装置のおかげで魔法国に送る物資の搬送が楽になりました」

「それはよかった」

 ラティエースはもう利用していないが、出資した者の権利として数パーセントの使用料を受け取っている。メンテナンス料を差し引いても、それなりの儲けだ。このまま出資し続けても良いのだが、やはり気分的に受け取りたくない金なのだ。

(へそくり減っちゃうけど・・・・・・)

 光が、金色からゆっくりと緑色へ変化していく。クロムはその変化を見て、「第二段階スタート」と言う。箱の入った方の筒が鳴動し始める。

「ところで、ゴタゴタが続いたと言っていましたが、解決はしたのですか?」

「どうでしょう・・・・・・」筒を見つめながら、ラティエースは言った。「妥協と諦め、譲り合いの果てに、何とか形になったという感じです」

「なるほど。一人勝ちとはいきませんでしたか」

「ソレをしてしまうと、一人以外が不幸になります」

「お優しい」

 クロロの言葉に、嫌味は含まれてはいない。だから、ラティエースは無言で通した。

「さて、準備が整いましたね」言って、「最終段階スタート」とインカムに向けて言う。

「今回も問題なさそうです」

 クロムは書類を挟んだクリップボードを手に書き込みを始める。そのまま移動し、筒の中を確認するようにしてのぞき込む。ラティエースはその様子をコンソールの側でぼんやりと見ていた。

(一人以外、皆、不幸か・・・・・・)

 レンが死んでから、ラティエースは靄のかかった世界で、ぼんやり、なんとなく生きているような気がしてならない。レイナードはそれを喪失感だと言った。では、その喪失を埋めるためには、何をすればいいのだろうか。

「ラティエースさん」クロムが装置の側から呼ばわる。「最終チェック完了です。こちらにサインをお願いします」

 ラティエースは言われたとおり、クロムの元へ向う。クロムが指さした処に、ラティエースはサインする。

「それでは、お疲れ様でした」

 ラティエースはクリップボードを返し、言った。書類を返したのに、クロムはラティエースに道を譲らず、そのまま立ち尽くしている。疑問に思い顔を上げれば、クロムは微笑んでいる。

「何か?」

「いえ。聖女様を元の世界に返すことができたそうですね?どうやったんです?」

 えっ、とラティエースは瞠目する。なぜ、クロムがそのことを知っているのか。躊躇っているうちに、クロムは一歩歩みを進め、ラティエースは一歩後ずさる。

「ぜひ、我々にもお教えいただきたい」

 ラティエースはバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。このままでは、後頭部が魔導装置の筒、透明なガラスに激突する。そう思い、痛みに備えて目を瞑った。

 しかし、そうはならない。そのまま倒れ込み、筒の内部に吸い込まれていった。


 その日から、ラティエースは消息を絶った。


 同日。ロザ帝国帝都にて事件が起きる。皇帝ケイオス一世が行幸中に、何者かに襲撃される。急ぎ、皇城に戻り、治療を受けた。皇城広報部は、「幸い軽傷で済んでいる。念のため、療養して頂く」という簡潔な発表を出して以来、続報はなかった。

 月日が経つうちに、その襲撃によって、ケイオス一世はすでに薨去しているのではという噂が流れていた。あれから一度も本人は表に出てないことも噂を加速させた。

 その噂は、事実であった。

 ケイオス一世逝去。ただしその事実が、国民に知らされるのは先となる。

 ある疑惑が浮上したからである。

 それは、ケイオス一世の襲撃犯は、ラティエース・ミルドゥナではないかという疑惑であった。

 この疑惑によりアレックス・ロザ・リース・アークロッド皇太子(元アレックス・リース公爵)のかねてからの願いであったラティエース・ミルドゥナに対する皇妃打診の話は凍結となった。

 

 また、同じ日。ロフルト教皇国はいくつかの声明を発表した。

 当代教皇ビジーノ薨去の知らせ。また、数ヶ月前に聖女を召喚し、秘術を発動。失敗に終わり、聖女と教皇は命を落した。遺体は残っておらず、空の棺にて葬儀を執り行う。さらに、今後、聖女召喚・秘術発動は、法陣の崩壊により、執り行わないことが発表された。

 また、長老会の最高メンバーが全員死去、殉死扱いとなった。しかし、内部に詳しい者からは「ビジーノ教皇が天鎖を発動させた」のではという意見が多数あった。

 この後、ロフルト教皇国は教皇空位の時代が長く続く。


 さらに共和国は、北端の少数民族自治区による蜂起が勃発。呼応するように、連邦でも同民族が蜂起した。


 これらは、みな同じ日に起こった。

 後に、『大災厄』と呼ばれたこれらの事件は、世界を混沌に落す序章に過ぎなかった。

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