ルピルという精霊
フレイア魔法学校に冬休みはない。正確には夏休みもない、そもそも学生の長期休みというものが存在しないのだ。理由は端的に「時間がない」からだ。
ギル達が住むエドニス国は魔王が住まうといわれる居城からは遠い位置にある。この地域は比較的魔物の脅威は少ない方に分類され、学生が勉学に勤しめる環境には適していた。国が誇る勇者養成機関アルテマ学園を長きに渡り維持できているのも地理的な恩恵が大きい。強力な魔物が蔓延る地域では、勇者は勇者足り得る前に命を落とす確率が格段に増すからだ。それ故に他国からエドニス国にかかる期待もまた大きい。
実際エドニス国は自国で育成した勇者や戦士の半数を他国へ売る事で国の生計を立てていた。
15を超えたら戦場へ……商人以外の男でこの例外から漏れるのは世界広しといえどもアルテマ学園くらいのもので、一言でいえばどこの国も余裕がない。その為15歳になるまでにひとしきりの武芸、魔法、教養を叩き込まれ戦場へと放り込まれる。長期休みなどという余裕は学生にもありはしなかった。
「冬休みはどこの国に遊びに行こうかな〜。景色が良いところとか、美味しいものが食べられるところとか……う〜ん、迷っちゃいますよねぇ」
ベッドに横たわって足を交差させながら「精霊必見! この冬はここがおススメ、レジャースポットベスト30」と書かれた本をペラペラとめくっている。
そんなルピルに目もくれず机に向かい座学を行うギル。部屋からはカリカリとペンが走る音と精霊の楽しそうな声がコントラストしていた。
「ねぇねぇ、どう思いますかギル君。せっかくの長期休暇なんだしやっぱり遠出ですかね?」
……カリカリ
「あ〜でも遠くだとお金がなぁ。あっ! でもここなら宿泊費安そう、何々〜『魔王の居城3泊4日の旅』かぁ。予約状況によっては魔王の側近と相部屋の可能性有り、生命保険加入要、か……う〜ん、それはちょっとなぁ」
……カリカリ
「……ところでギル君。その机の上にあるブタさんの貯金箱っていくらくらい入ってるんですかぁ?」
……カリカリ
「い、いや! 違いますよ! お金の貸し借りなんて言語同断、精霊にあるまじき行為です! ただブタさんもあんまりお金を食べ過ぎると胃もたれするじゃないかなって、精霊的救済処置の観点からの発言ですよ!」
……カリカリ……ボキィ!
「あぁぁぁぁもう! 勉強に集中させて下さいよ!」
机を両手で勢いよく叩きルピルの方へと振り向くギル。その顔は明らかに怒っていた。
「大体ルピルさんは俺の先生なのに、受験を控えた生徒を置いて遊びに行ってもいいんですか!?」
「……大丈夫。ギル君さえ黙っていてくれれば」
「それ大丈夫じゃないヤツですよね!?」
「もう、何をそんなにカリカリしているんですかぁ。レッドペンサーの予習効果が出て内申を上げたばっかりなのに」
「それは……そうですけど。でも、もう少し成績を上げておかないとアルテマ学園の試験すら受けさせてもらえないかもしれないんです。悪いですけどルピルさんの旅行計画につき合っている暇はないんですよ!」
ルピルには感謝している。成績もさる事ながらリザードマン事件の件で死者を出さなくて済んだのは彼女のお陰だからと認識していたからだ。しかしそれを差し引いても、その後ルピルがやっている事といったらベッドに転がってお菓子を頬張る、女性雑誌を読みふける、動物占いに一喜一憂する。といった精霊らしさを微塵も感じさせない体たらくで、一言物申さずにはいられなかったからだ。
「う〜、ちょっとくらいならいいじゃないですかぁ」
「駄目です!」
「幼馴染ちゃんと、いつか旅行に行く時のリハーサルにもなりますよ?」
「……えっ」
ルピルの放った一言に一瞬硬直する。
ティアの話をしたことがあったか……いや、ない。にも関わらずお見通しと言わんばかりの笑顔を見せる目の前の精霊。
「ふっふっふ〜先生に隠し事なんて甘いですよギル君」
「い、いやそれは違くて……」
「隠さなくたっていいんですよぉ。小冊子を読んでゼミに入会する人の動機って『頭が良くなりたい』が5%、『運動が出来るようになりたい』も5%。『小冊子の漫画のように俺も女の子にモテてぇぇぇぇ!』が90%なんですから』
「加入者色ボケばっかりじゃないですか!」
「そうですねぇ〜ギル君……いやギルボケ君」
「ち、違う! 俺は違いますよ」
「大丈夫大丈夫、ギル君が持ってる小冊子……その中で主人公君にヒロインちゃんが告白するページに変な汁が付いてることは黙っておいてあげますから」
「う、嘘だっ!」
「……ただ、凄くありたいとは願う、彼女の期待に応えたいから……キリッ!」
「うわぁぁぁぁぁ! それモノローグだからぁぁ!」
「いやぁ、青春ですねぇ〜」
大きな精神ダメージを負ったギルは勉強どころではなく、顔に両手を当ててその場でうずくまってしまう。
「……死にたい」
「何いってるですか、こんな果報者なかなかいませんよ」
「もう……本当になんなんですか。ルピルさんが俺の勉強の邪魔してるじゃないですかぁ」
恨めしそうにルピルをチラリと見る。そんなギルの様子を気にする素振りもなくゴロンとベッドの上で反転して枕を抱えてこう告げる。
「ギル君は今ちょっと余裕ないですよ。リザードマンの時に予習しすぎちゃったせいですかね」
「……?」
「予習の力を知ったから予習してないと不安なんですよね。でもそれってテストで良い点が取れるだけの優等生さんですよ?」
「それは……そうですけど。勇者になる為にはアルテマ学園の試験に受からないとスタートラインにも立てないんですよ? ルピルさんも望んでいる事ですよね?」
ギルの問いに指を横に振りながら答える。
「ちっちっ、派遣精霊を舐めてもらったら困ります。私が目指すのは思いっきり人生を楽しんで、ついでに世界も救っちゃうようなそんな勇者です。運が悪かったですねギル君」




